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100年前の日本人はミサンガのかわりに何を作っていたの?

 皆さまこんにちは、owarimao です。昔の手芸の本に興味を持ち、note でたびたびご紹介しています。

 先週の記事↑では、
「平成の若者が南米で出会ったマクラメが、実はすでに昭和初期に日本で紹介されていた」
 ということを書きました。
 その若者、鎌田武志さんが、1ヶ月かけて独力で作り方を解明したのがこれです。

(出版社から公開されている写真。アマゾンから借りてきました)

 鎌田さんのすばらしい情熱の「おすそ分け」にあずかるような気持ちで、私も同じミサンガを作ってみました。

これは練習中
これも練習

 初めて作る模様なので、慣れないうちは曲がったりしがちです。残り糸で少し練習してから、本番用の糸を切ります。約160cm の長さで各色2本ずつ。2つ折りにして使うので、実質4本ずつになります。
 鎌田さんの本で指定されている材料はブラジル製の「ワックスコード」(ロウ引きされたポリエステル糸)ですが、私は昭和初期の本に倣って、リリヤーンを使います。材質は同じポリエステルですけど。
 クールで都会的な雰囲気を狙って、グレーの濃淡に、濃い青紫を合わせてみました。慣れてきたら、半日くらいで1本作れます。

結び終わりは2本の三つ編みにして、
片方をループに通してから結び合わせて装着
ミサンガって、ポルトガル語でビーズのことらしいよ 

 日本でミサンガが流行ったのは、Jリーグの発足(1993)がきっかけだったと記憶してます。それまで「ミサンガ」なんて言葉は聞いたこともありませんでした。

 そこで今日のタイトル
 「100年前の日本人はミサンガのかわりに何を作っていたの?」

 100年前……つまり大正から昭和初期は、日本に洋装がどんどん広まり始めた時期でした。でも成人女性は、まだまだ和装が主流でした。
 だからマクラメで作る物も、和装アイテムが中心になります。
 昔のマクラメの本に、必ずといっていいほど載っているのは「帯止め」。今でいうところの「帯締め」ですね。本によっては「帯〆」とも書かれています。

現在「おびどめ」と言ったら、紐じゃなく
紐に通して使うブローチみたいなのを指します

 この時代に日本でマクラメが大流行した理由の一つは、この帯締めだったのではないかと私は考えています。まだ和装が中心だったからこそ、帯締めというおしゃれ小物に出番がある。それを自分の手で作れるとなったら「やってみたい」と思う人は多いでしょう。職人の手で作られた正絹の組紐は贅沢品でも、「人絹」のリリヤーンなら手が届きやすかったと思います。

 先週から話題にしている3色の紐も(下の写真右端)、実は帯締めとして本に載っているのです。

 「鎌田ミサンガ」の12本に対し、この帯締めは9本のリリヤーンでできています。
 本当に帯締めにしようと思ったら 150cm くらい作らないといけませんが、それはちょっと大変。短く作って「これはしおりだよ!」と言うことにします。栞も初心者向けアイテムとして、この時代の本にときどき載っています。(過去の記事参照↓)

 わりと短時間でできるので、調子に乗って2本作りました。両端に少しだけ三つ編みを加えたのがオリジナルです。そのあとリリヤーンをほどいた糸を使って、小さく束ねています。結び目が大きいと、栞としては使いにくくなってしまうから。

3色のうち1色を違えるだけでも、雰囲気はかなり変わる
右下は、ちょっと下手くそな試作品

 ところで下の白黒の写真をよく見ると、作っているとき「裏」にあたる面が写っているんですね。 これは間違いではなく、どっちを表として使ってもよいのです。 「表」はウネが立体的に盛り上がって、方向性があり、力強い感じに見えます。「裏」は、より平面的で軽やかな感じです。

紫は「表」 黄色は「裏」 白黒も「裏」

 「和装アイテムとしてのマクラメ」については、まだ話がありますが、それはまた別の機会に。

一回くらい  つぶやいてみたかったよね

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