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昭和3年。1冊1円の『手芸全集』に狂喜した人々と、そのウラ事情(後篇)

 皆さまこんにちは! 手芸の本が大好きな owarimao です。
(前回の記事はこちら↓)

 昭和3年に「三瀬みつせ商店出版部」から刊行された『現代婦人手芸全集』全6巻は、当時の手芸ファンから熱烈に歓迎されました。

各会員諸姉より熱誠なる御申込に接し製本印刷共に日も足らざる盛況に、深く感銘して居る次第であります。(中略)
この廉価版たる全集は津々浦々に到るまで普遍的に読まれ以て本書の使命を全うして居るのであります。

三瀬商店出版部『現代婦人手芸全集ニュース』

そのラインナップをご紹介しておきましょう。

第1巻『クレープペーパー篇』  龍野都代子
第2巻『ビーズ篇』   田中敏子・田中静枝
第3巻『マクラメレース篇』       河野富子
第4巻『表情人形及摘細工篇』      大妻コタカ
第5巻『毛糸編物篇』         石藤壽子
第6巻『欧風刺繍篇』          山脇敏子

けっきょく6冊とも買ってしまった
函もついています

 これらの巻末にはすべて「非売品」という文字があり、価格が記されていません。しかしもちろん無料ではなかったのです。

 当時の日本は、大正15年から続く「円本ブーム」のさなかでした。全部で十何冊にもなるような「○○全集」の予約を、1冊あたり1円で募集し、毎月1冊ずつ配本するというものです。『現代婦人手芸全集』全6巻もその流れの中にあることが、『手芸全集ニュース』には誇らしげに記されています。
 三瀬商店では予約申し込み者を「会員」と呼び、「会費」と引き換えに本を配る、という建前になっていました。実質的には売っているんですが、「非売品」と称したのはそういうわけです。
(円本ブームについて、詳しくはこちら↓)

 手芸の本は図版がたくさん必要なので、印刷費がかさみました。その中での「1円」という値段は、目立って安かったようです。

手芸材料店の「みつせ」が手芸普及のために営利を離れて、在来の手芸書の三分の一又は五分の一の定価にて叢書を刊行するから執筆せよとの申込みで御座いましたので、私もその意に賛成致し(後略)

『クレープペーパー篇』 龍野都代子

 読者からの手紙の中には、値段の安さに感激する言葉があります。

●わずかに一円くらいでどうしてこんな立派な本が出来るかしらと思いました。
●ほんとうに一円本とは思われない美しい立派な本だと思いました。
●本全集を営利的気分を離れてかくまでも安価に発行して下さいました御貴店に深くふかく感謝致します。

『現代婦人手芸全集ニュース』第2号

 大正15年から約5年ほど続いたこの「円本ブーム」は、私が「第一次マクラメブーム」と呼んでいる時期とちょうど重なります。 
 廉価版といっても当時の1円は、今の数千円に相当したといいます。それを毎月買うのですから、今の人なら「けっこう高いじゃん」と思うかもしれません。
 でも当時、ハードカバーの本はもっと高価なのが当たり前でした。人々の、読書や書物に対する熱意も今とは違いました。もともと 1万5千円の物が5千円で買えるとなったら、「安い」と思いますよね。
 「手芸普及のために営利を離れて」という言葉が示すように、三瀬商店出版部には、ある種の使命感があったようです。単なる商売ではなく、「手芸界の向上発展」「社会生活の改善」にたずさわっているのだ、というような。『手芸全集ニュース』の1ページ目と2ページ目には、そういう自負の言葉があふれていますし、著者の一人はこう書いています。

単に、手芸材料店としての立場からのみではなく、現代婦人の生活を美しく豊富に潤いあるものとせんが為に、新しき手芸全集を計画され、この出版に就いて、著者に多大の援助を惜しまれなかった三瀬出版部の御好意は、ここに厚く御礼を申します。

『欧風刺繍篇』山脇敏子

 と、ここまでは結構なのですが……。
 『全集ニュース』の後ろのほうには、前のほうの高揚感とは裏腹のボヤキが記されています。

 配本の荷がいまだ着かない
 配本は何時頃になるのか
 出版部は月給がないのか
 人間が不足なのか

出版部「N生」氏の言葉

 つまり「営利を離れた」理想主義的出版は、やはり楽ではないという現実が、ここにはすでに顔をのぞかせているのです。

 『婦人手芸全集ニュース』は、今までご紹介してきた第2号のほかに、第5号も入手できました。
 そこには大々的な広告があります。『手芸全集』全6巻に、『婦人子供服篇』上下2巻を加えて、全8巻に延長すると。ここにもやはり「営利を離れた奉仕的事業」というような言葉があります。

著者は「久萬先生」とあるけど、フルネームはわからない

 現在この全集は、第1〜6巻までは、ネット古書店を通じてわりと容易に入手できます。だからかなりの部数が印刷されたと推測できます。
 でも上に告知されている第7巻・第8巻については、私は一度も、古書として売られているのを見たことがありません。広告文には華やかで力強い言葉が踊っているにもかかわらず。
 これはどういうことでしょう?
 第7・8巻は、ほんとに出版されたのでしょうか?
 今のところわかりません。

 ただし「三瀬商店」のその後については、たまたま見つけたある資料の中に、興味深いことが書いてありました。
 その資料はとても価値があると思うので、来週もう少し詳しくご紹介しようと思います。

マクラメもひそかに進行中

 
 

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