爆死の魔術師 6話『転校初日』
本編
ユウトとエリーの魔術戦争を終えて、翌日の月曜日。
「はぁ……」
今日から授業に参加するユウトは、転校初日でありながら疲れ切った表情を見せていた。
『ご気分が優れない様子ですが、どうしましたか』
(……あんまりにも向けられる視線が多くて)
原因は登校中から突き刺さる視線たちである。
『昨日はあれだけ派手に目立ちましたからね、仕方ないとは思いますが』
(まぁ、予想通りっちゃ予想通りだけどね)
なにせ”Fランク”でありながら”Sランク”に勝利したのだ。精霊の強さが全ての魔術師にとって、これほど目立つ所業もそうないだろう。
「はぁ……いつまで経っても慣れないな」
そう言ってユウトは溜め息をつき、
「なーに朝っぱらから溜め息ついてんだよ」
「ぅわッ!?」
不意に背中を強く叩かれて体をビクッと震わせた。
「誰だ……あっ」
思わず憤りを込めながらユウトは振り返り――驚愕で目を見開く。振り返った先に見えたのは、思いもよらない顔だったから。
「よっ、久しぶりだな。ユウト」
「リョウヤ!?」
視線の先に居たのは『軟派男子』。
ブリーチによって脱色した茶色の髪に、面長で整った顔立ち。身長が180cm後半と、ユウトを軽く見下ろすほどの長駆で、軟派な笑みが容姿に対して妙に似合っている。
そんなリョウヤと呼ばれた少年を見て、ユウトは頬を緩めた。
「ほんと、久しぶりだね。大体2年ぶりかな」
「あぁ、2年ぶりだな。オレも噂の転校生がユウトって聞いた時はエラい驚いたぜ。苗字も変わってたしよ」
おちょけるように肩をすくめたリョウヤにユウトが苦笑する。
「リョウヤこそ、│光来《コウライ》学園に入学してるとは思わなかったよ。てっきり│天宮《アマノミヤ》学園に行くものかと」
天宮学園の名前を出した途端、リョウヤの顔が真っ青になって全身がブルブルと震えた。
「無理無理無理! あそこにゃ行きたくねぇよ」
「ははっ、まぁリョウヤは嫌だよね」
過剰な反応を見せるリョウヤに、ユウトは頬を綻ばせて……不意にアリナの声が脳内に響く。
『ユウト、そろそろこの方を紹介してもらえますか?』
「っと、そうだ」
宝石の中にいるアリナのことを思い出して、ユウトは右手を軽く空へと突き出す。
「リョウヤ、紹介するよ。俺と契約した精霊のアリナだ」
その言葉と共に指輪の宝石が赤く輝いて、アリナが姿を現した。
「初めましてリョウヤさん。アリナと申します」
「――――。あぁ、はじめまして」
アリナの姿を見てリョウヤは思わず息を飲み、それでもすぐに優しげな笑みを見せた。
「俺はユウトの幼馴染の南茂亮也だ。んで、コイツが――」
そう続けつつ、リョウヤは左耳のピアスに触れる。するとピアスにある水色の宝石が瞬いて、小さな人影を生み出した。
「――俺と契約した精霊」
「はじめまして、フウカだよ!」
小さな人影の正体は、幼い少女の姿をした精霊だった。
地毛らしい明るい茶色の髪に翡翠色の瞳。顔は……というより全体的に幼く、身長に至ってはリョウヤのお腹ほどしかない。ニコニコと笑みを浮かべているのもあって、可愛らしいという言葉がよく似合う。
自らをフウカと名乗る精霊は、ユウトとアリナを見比べて満面の笑みを浮かべた。
「よろしくね、ユウっち! リナっち!」
「あぁ、よろしくね。フウカ」
「こちらこそよろしくお願いします、フウカさん」
独特なネーミングセンスであだ名を付けられたユウトたちは、2人と2体で校舎への道を再び歩き始める。幼馴染との再会に話を弾ませていれば、不思議と周囲の視線も気にならなくなっていた。
◇
授業前のホームルーム。ユウトはクラスメイトたちを前に水月から紹介されていた。
「というわけで、もう全員が知ってるだろうが、今日から授業を共にする黒井悠隼だ。
諸事情により転校が遅れたため不慣れな点も多いだろうが、周りが手助けをすること。良いな?」
「はい!」
ハキハキと返事をする生徒たちに頷くと、水月は自らの横に立つユウトへ視線を向ける。
「黒井、空いている席へ着け。すぐに授業を始めるぞ」
「分かりました」
1つだけ空いていた席へと移動すると、ユウトはバッグを置いて薄型のノートPCを取り出した。電源を立ち上げてログインを潜れば、本日の授業日程と授業資料が画面に現れる。
(……ほんと、びっくりするぐらいハイテク)
『通常はこのような電子機器を使わないのですか?』
(やってるとこはあるけど、大体は未だに紙媒体だよ。ここまでお金を掛けられる学校はそう無いからね)
アリナの疑問に答えつつ視線を前へ向ければ、水月が巨大なモニターを操作して資料などを表示していた。
「さて、転校した者もいるので改めて言っておこうか」
キリのいいところまで操作し終えたらしい水月が、手元の端末から離れて教壇の前に立つ。ピリッとした威圧感が水月から放たれて、思わず生徒たちは姿勢を正した。
「お前たちは魔術師だ」
<魔術師>。それは魔法を発現する精霊と契約することで、術理を操れるようになった者のことを指す。
「同時にお前たちは魔術戦争というスポーツの選手でもある」
<魔術戦争>。それは魔術師同士が時に決闘形式で、時にチーム戦形式で戦い合う競技を指す。
「お前たちが知っての通り、魔術戦争は今やこの現代で最も熱狂されているスポーツだ。誤解を恐れず言えば、魔術戦争の強さが国力を左右する」
この学園が金を掛けられている最大の理由はこれだ。国力さえ左右するほど影響力の高い魔術師を育てるため、日本を限らず世界中の国は努力を惜しまない。
「そして日本に4校存在する魔術学園が1校、ここ光来学園も理念は同様だ」
一瞬の間。
「最強の魔術師を育てる」
「――――っ」
静寂に包まれた教室の中で、誰かが息を呑む音が聞こえた。
最強の魔術師。そう呼ばれて誰もがとある人物を思い浮かべた。
「そう、お前たちの目標は”彼”だ」
水月は教壇の機器を操作すると、巨大モニターに写真が映し出される。それは先ほど誰が想像した通りの人物だった。
「アーサー・クラウン。世界で唯一”SSランク”精霊と契約した人物であり――契約してたった1年で世界最強へと上り詰めた、文字通りの”最強”だ」
誰かが言った。彼は生まれ持っての最強だと。神の愛子だと。天上のギフテッドだと。何より、”神童”だと。
「故に、私たち教師が生徒であるお前たちに望むことはたった1つ」
求められる期待の重さを感じて、生徒たちが浮かべた表情は多岐にわたる。
懐疑。絶望。諦観。苦悶。――奮起。
「強くなれ」
たった1人、威勢のいい笑みを浮かべる黒髪の少年を尻目に、水月は言葉を続けた。
「強くなるために鍛えろ。考えろ。経験を積め」
モニターの画面が切り替わる。そこに映るのは1つのポスターだった。
「そして魔術戦争で勝利し、世界へ示せ」
少年少女たちがそれぞれの武装形態を手に武器を構えるポスターの中央に、大きな文字で『魔術戦争日本選手権大会』と書かれている。
「まずはこの大会の選手を決める『学内大会』が6月初旬に始まる。参加は自由だが……できる限り参加するように」
そこまで言い切った水月はひとつ息を吐いた。彼女の纏っているピリピリした雰囲気が一気に消えていく。
「前置きは以上だ。それでは授業へと移る。まずは――」
(魔術戦争も、大会の流れは普通のスポーツと変わらないみたいだね)
流れるように授業を始めた水月を見つつ、ユウトは心のなかで決心した。
(ならまずは日本最強、目指そうか)
『難しいことを簡単に言いますね』
言うだけならば簡単だが、現実はそう簡単にいかないだろう。なにせユウトは”爆死”だ。
(でも、日本最強ぐらい簡単になっておかないとね)
そう考えるユウトの脳裏によぎったのは、金髪碧眼の因縁の相手。かつて同じ”神童”と呼ばれ、今や”最強”の名を欲しいままにする少年だった。
(――じゃなきゃアイツとの約束を叶えられないんだから)
