爆死の魔術師 2話『魔術戦争』
本編
魔術師の育成機関、光来魔術学園は全寮制だ。加えるなら関東から少し離れた人工島に存在し、俗世から隔離されている。
なにを言いたいかといえば――
「”白騎士”が転入生と魔術戦争をするって本当!?」
「マジだよ! しかもその転入生、例の”爆死”らしい!」
――話題性のある噂は、半刻も経たずに広まるということだ。
「まさかここまで大事になるとは」
スタジアムの観客席に埋まる人の多さに、ユウトはステージの外でため息をついた。……と、不意に巨大な手のひらが背中を容赦なく叩く。
「ハッハハ! まぁ気にすんなよ、坊主」
ビリビリと背中の痛みに顔を歪めながら、ユウトは背後を振り返った。
「そう言いつつ噂を広めたの、貴方じゃないんですか? 佐々木学園長」
視線の先に居たのは『剣客』。
ボサボサの黒いロン毛に無精髭を生やしており、剣呑さを秘めた青い瞳は愉快そうに弧を描いている。深い青色の着物に黒い袴という装いから露出する肌は浅黒く、鋼のような筋肉とおびただしい数の傷が見えていた。
「おいおい、転校するまで色々と手助けしてやったろ? その代金とでも思ってくれや」
『剣客』でありこの光来学園が長――佐々木は、ユウトの指摘を否定せずにおちゃらけた雰囲気で笑う。
「それによ、大事になったおかげでスタジアムも貸し出してやったじゃねぇか。お前さんの復帰戦にしちゃあ、上出来すぎるだろうよ」
「復帰戦、ですか」
小さく言葉を反芻しながら、ユウトは周囲を見渡した。
この光来学園にはスタジアムが建造されている。普通の学園や学校ならば必要ないこの巨大な建物は、しかし魔術師を育成するためには必要不可欠だった。
「確かに魔術戦争というスポーツへ復帰するには、丁度いい注目でしょうね」
現在の魔術師とは『魔術を操る者』ではなく――『魔術戦争の選手』だからだ。
「それならしっかり目に焼き付けて置いたほうがいいですよ、学園長」
好戦的な笑みを浮かべたユウトが右手を握りしめると、赤い光と共に彼の精霊であるアリナが姿を現した。無機質すぎる姿形に、観客席から眺めている生徒たちは息を呑む。
「俺たちの、新たな始まりなので」
「……あぁ、目ぇかっぽじって見ておくさ」
そうして2人はステージへと上がる。一足先に対戦相手――エリー・レンホルムは待ち構えていた。現れた2人の姿を目にして、エリーは嬉しそうに頬を歪める。
「ボクはね、ユウト」
だから彼女は告白した。
「ずっと焦がれ続けてきたんだ。キミと戦えることを」
「まるで”Sランク”が”Fランク”に憧れてるみたいだ」
熱に浮かされたような視線を向けるエリーに、思わずユウトは苦笑を溢す。だが彼女の熱は止まらない。
「そう、キミはボクの憧れだ」
――否、それどころか雷鎚となって彼女の周囲を瞬き始めた。
「だから全力で、キミに挑ませてもらうよ。……レギンレイヴッ!」
首元に巻いてあるチョーカー、その中心に嵌め込まれた紫色の宝石が煌めく。そしてその光はやがて人型を象っていくと、目味麗しい『天女』が現れた。
海外モデルのように体全てが細長く、細かな部分に至るまで精巧なまでに整っている。ハーフアップの紫紺の髪と、同じ色の切れ長の瞳。何よりも目を引くのは両耳の上から飛び出る白鳥の羽だろうか。
整った容姿を持つ精霊の中でも群を抜いて美しい彼女の姿に、この場の誰もが言葉を失い、男女関係なく見惚れてしまっていた。
「貴方がここまで熱くなるなんて珍しいですね、エリー」
レギンレイヴと呼ばれた精霊がエリーに微笑みかける。天女のような彼女の微笑みは、それだけで国を傾けかねない。
「当然」
だがそんな天女に負けない美貌を持つエリーは短く返すと、自らの精霊に手を差し伸べる。
「さぁ往くよ。――武装形態、開始」
「えぇ。貴方の憧れに別れの挨拶と行きましょう」
瞬間、天雷。
視界を塗りつぶすほどの光の奔流が、エリーを中心として巻き起こった。天高く駆け昇る巨大な光は、雷として彼女が掲げた左手に衝突する。光の爆発が一気に溢れて――それが収まれば、”白騎士”がそこにいた。
雷鳴嘶く純白の大盾を左手に持つエリーが、右手を盾上部の突起を掴んで引き抜く。すると清らかな金属の音を鳴り響かせながら、聖純の剣が姿を現した。
――武装形態。これこそ魔術師が魔術師足りうる由縁であり、彼らにとっての杖。
「う、美しい……」
会場の誰かがうわ言のように呟く。まるで芸術品のような美しさに、誰もが息を呑み見惚れた。
「アリナ」
対するユウトも、自らの精霊の名を呼んで右手を伸ばした。だがアリナはそれに答えず、目の前に広げられた掌をただ見つめるのみで。
巨大な力を前に迷いが生じたのだと気付いたユウトは、ただ一言だけ彼女へ問いかける。
「『覚悟』は、出来てる?」
ほんの数瞬の空白。
「……えぇ。再び目覚めた、その時から」
感情は感じられない。……それでも強く、強く、彼女の決意は言葉に表れていた。だからユウトは手を差し伸べたまま、勝ち気な笑みを見せる。
「世界に見せつけてやろう、アリナ。俺たちが、爆死とFランクが、頂に立つところを」
一息。
「――武装形態、開始」
時間にして僅か一瞬だった。先程のエリーの美しく綺羅びやかなものとは違い、ただ瞬きのように光るだけの質素な形態変化。その刹那の光が収まれば、ユウトの右手に武装が握られていた。
顕わとなったその姿に、エリーは感嘆を込めて呟く。
「あれがユウトの、武装形態」
それは、あまりに綺麗だった。
何の変哲もない、ありふれた一般的な造形の剣。強いて特徴を挙げるとするならば、鍔部分に嵌め込まれた真赤な宝石だけだろう。
なのに、それを無骨と称すことなど誰も出来ない。言葉にできない美しさが、言葉にならない感情が、その剣には秘められている。
「――――ふッ!」
何度か具合を確かめるように空を切り裂いたユウトは、独特な構えを見せた。剣を持つ右腕を正眼に構え、フリーとなった左腕が右の前腕へと軽く触れている。
「じゃあ始めようか、エリー」
対するエリーの構えは、体を斜めに向け盾で体半分を隠しながら全面に押し出す――クローズド・ガードの構えだ。剣を持つ右腕は若干後ろへ引き、柄頭をユウトへ向けている。
「こちらはいつでも、ユウト」
ユウトは首肯すると、チラリと佐々木へと視線を向けた。それを受けて何を求められているのか察した佐々木は、そっと両者の間へ入り込むと右手を挙げる。
「両者、構え――」
ヒリつく開始前の空気。嵐の前の静けさ。
ゴクリと誰かが喉を鳴らした。……それは切っ掛けだったのか。
「――始めッ!」
”爆死”と”白騎士”の、戦いの火蓋が切って落とされた。
