爆死の魔術師 3話『現実』
本編
開始の合図。先に動いたのは”白騎士”、エリー・レンホルムだった。
「【神雷:黄金時代】」
瞬間、雷鳴。
紫電を纏ったエリーが、溜め込んだ脚で地を蹴る。足元で爆発音が鳴り響き、人知を凌駕した速度でユウトへ突っ込んだ。
「ッシ!」
瞬きの間にユウトへ肉薄したエリーは、大盾の裏に隠した剣を迷いなく振るう。狙いは正確、首元。
近づく刃を前にユウトはピクリとすら動いていない――否、動けない。
当然だ。魔術師の身体能力は精霊に左右される。低ランクほど低く、高ランクほど高くに。つまりユウトは、エリーの速度に反応すら出来ていない。
「終わった」
そうこの場の誰もが思った。
これで終わりだと。”Fランク”は”Fランク”であり、”Sランク”に勝てるはずもないのだと。
故に、全力で放たれた”白騎士”の一撃は――
「なっ!?」
――鮮やかに振り切った。
まるで素振りしたように。
一切の抵抗を感じなかったため、そのままエリーはユウトを通り過ぎてしまう。慌てて体制を立て直しながら背後を振り返り、目を見開いた。
「これ、は……」
彼女の視界には、傷1つ無くこちらを向いて同じ構えを行うユウトの姿が映っている。
一体何が起こったのか。それを判断できない、する必要がない。――なぜなら。
「あは」
エリーの頬が釣り上がり、歓喜に打ち震えた。
(これだ! ボクが憧れていた背中は、これなんだッ!)
戦意に滾る衝動のままに、エリーは2度3度と高速の攻撃を放つ。
だが当たらない! 当たらないっ! 当たらないッ!
――否、当たっているはずなのだ。だがまるで残像を斬りつけているかのように、手応えが一切として感じられない。
身体能力は雲泥の差があるはずなのに。ユウトにはエリーの動きが殆ど見えてすらいないはずなのに。
「なに、これ……?」
「どうなってんだ?」
「レンホルムさん、どうして見当違いの方向へ剣を振っているの……?」
観客席で見つめる人々からも、それは異様な光景として映っていた。何故かエリーの放つ斬撃が、全てユウトから逃げているのだ。
訳も分からずざわめく生徒たちを尻目に、戦いを眺めていた水月が佐々木へと近づいた。
「これが理由ですか。黒井悠隼をこの学園に転入させた」
「……ま、これが一因ってのは間違いない」
あらゆる攻撃を一歩も動かずに避け続けるユウトを見つめて、佐々木は水月だけ聞こえるように呟く。意味を含んだ佐々木の言葉に、水月は眉をひそめた。
「一因、ですか?」
「あぁ、なにせ――アイツのアレは魔術じゃない」
佐々木は呆れたような表情を見せて、こう続ける。
「ありゃただの剣術だ」
「――剣術、ですか」
信じられないといった風に言葉を詰まらせる水月へ、佐々木は頷いた。
「簡単に言やぁ、攻撃に対して負荷をゼロで受け流してる。そうでもしねぇと、ユウトの結界値は一瞬で消し飛んじまうからな」
「……!」
佐々木の言葉に、水月は驚きと共に戦いを見つめて……気づく。
(結界値は精霊によって左右される。つまり黒井の結界値は限りなく低いはず……!)
水月は顔を上げ、スタジアム上部に設置されているパネルを見つめた。そこには現在、魔術戦争を行っているエリーとユウト、2人の結界値が映っている。
ゲージとして表示されるそれは、2名とも欠片も減っていないことを示していた。
(戦えているのは、一度たりとも真正面から刃を交えていないからなのか)
エリーの攻撃の尽くを操るユウトに、水月は納得すると同時に未だ信じきれない。なにせ、
「負荷ゼロで受け流すと簡単に言いますが、学園長は出来ますか?」
「無理。まー相手が格下ってんならやれんこともないけどよ」
”剣客”の魔術師、魔術師の中でも随一の剣士として高名な佐々木ですら、即座に不可能と言い切るレベルの話だからだ。
「普通の受け流しでも、相手の放つ衝撃の角度、スピード、威力。それらを見極めてようやく成立するモンだ。それを受け側の負荷ゼロってのは、もう人間業じゃねぇ」
そしてそれを、齢16の少年は為している。それも――
「――原付で戦闘機相手にやってやがる」
◇
相手との身体能力差が天と地ほど離れていることを、ユウトは誰よりも思い知っていた。
(踏み込み音が強い。地面を滑る音……回転からの切り上げ)
エリーの動きは速い。速すぎて黒い線にしか見えないほどに。
だから視覚以外で感じ取るしかなかった。足音や空気の流れ、何よりも相手の思考を感じ取り、思考を巡らせる。
――次の1手が見えないならば、3手先を予測する他ない。
「はっ!」
素早くかつ的確に攻撃をユウトは捌き続ける中で、突如としてエリーが大きく距離を取った。
「凄い」
頬に汗を垂らしながらも、彼女は心の底から楽しそうに笑っている。
「やっぱりユウト、キミは凄いよ。それでこそボクが憧れる背中だ。――でも」
キラリと、大盾にある紫紺の宝玉が煌めいた。
「【神雷:白銀時代】」
瞬間、天雷。
天空から紫色の雷が放たれて、エリーを直撃した。膨れ上がった魔力の波を全身で感じ、ユウトは無意識に体が震える。
「今までは序の口。……ついてこられるかな?」
更なる紫電を纏い、エリーは勝ち気な笑みを浮かべて大盾と剣を構えた。対するユウトも深呼吸をひとつしてから構える。
(今から本気ってことか。笑えないね)
『笑ってますよ、マゾマスター』
片手剣に指摘され顔を触ってみれば、たしかに頬が吊り上がっていた。無意識でこの状況を喜んでいる事に気づき、ユウトは更に笑みを深める。
「当然、ついていくさ」
「上等――!」
先程よりも数倍ほど速くなった速度で、雷鳴と共にエリーは剣を振るった。放つは純粋な上段斬り。それは雷槌の一撃となりて、受けた武具ごと相手を吹き飛ばすだろう。
「――――」
対するユウトは左手で片手剣の刀身を掴み、襲いかかる刃に合わせた。エリーの刃とユウトの刃が触れ合う――その一瞬、ユウトはその戦いで初めて前に出る。
「――!?」
振り下ろされる刃を横へと受け流しつつ、自らは前へ。片手剣の切っ先がエリーの顔面へと迫った。
(これ、はッ!)
防御と攻撃を同時に行うカウンターだと気づいたエリーは、すぐさま大盾で刃を防ぐ。
(防がれるか……!)
(これで、どうかなッ!)
ほぼ同時に、密着状態のユウトへ右肘で突きを放った。その行動を先読みしていたユウトは、片手剣を防ぐ大盾を軸にして体を回転させ、クルリとエリーの背後に回る。
背中合わせとなる2人。エリーは肘突きが空振った瞬間に、ユウトはそのまま回転する力を用いて、それぞれの得物を振るう。
「ッシ!」
「フッ!」
この試合初めて、鍔迫り合いが起こった。
「すごっ……!」
「何だよ、このレベルの高い試合……!?」
ユウトとエリー、2人が交わした一瞬の攻防にギャラリーの生徒たちがどよめき立つ。
「まるで魔術戦争じゃないみたい……」
(あながち間違ってねぇなぁ)
生徒の誰かが溢したその感想に、佐々木は内心でそう独りごちた。
(本来、魔術戦争って言やぁ魔術中心の綺羅びやかなものだ。なにせ魔術戦争ってのはあくまで『試合』なんだからな)
しかし目の前で行われるアレは、すでに『試合』ではない。――力と技が交錯する『死合い』だ。
「……学園長、これは」
隣で戦いを眺めていた水月が、両手を握りしめて呟く。彼女が考えていることが、佐々木には痛いほど分かった。――分かってしまった。
(”Fランク”という圧倒的なハンデを負いながら、ユウトの坊主は互角に戦ってやがる。あぁ、確かに『戦い』としてなら互角だろうよ)
エリーが高速で斬撃を繰り出し、それを受け流しつつ反撃するユウトを見ながら、佐々木は目を細める。
まるで直視しがたい現実から目を背けるように。
「――だが、これは戦いじゃねぇ。魔術戦争なのさ」
ふとギャラリーたちの耳にも聞こえた佐々木の独白。一見、現状とは異なる言葉の意味は、すぐさま白日の下へと晒された。
「ハァッ――!」
突撃からの切り上げを行うエリーに対し、ユウトは自ら右前方――大盾のある方向へとステップを踏む。視界のすぐ横で通り過ぎていく刃を尻目に、空中で左右の足を組み換え回転するように剣を振るおうとした。
「まだま、だ!」
しかしエリーは驚異的な反応速度で、大盾に隠れたユウトへとシールドバッシュを放つ。迫りくる大盾に、ユウトは回転力をつけた片手剣の柄頭で殴りつけた。
鋼鉄同士が衝突しあい、鈍く腹底から揺れるような音が響く。
「――ッ」
当然、単純な力比べではユウトに勝ち目はない。
一瞬でユウトは吹き飛ばされそうになるが、その力を利用して更に回転。シールドバッシュ分の加速を用いて、強烈な速度でエリーの背後をとった。
相手の力を利用し背後へと回ったユウトに対して、エリーの対応する術はない。
「【ストライク】ッ!」
故に片手剣から生まれた魔術――爆炎は一寸の狂いもなく、正しく致命の一撃となってエリーに直撃した。
(普通なら、これで終わりだ)
いくら”Sランク”と言えど、隙を突かれての一撃にはひとたまりもないだろう。しかし、そう考える水月の表情は厳しいままで、上部のパネルを見上げ――
「――やはり、か」
嫌な予感が当たったのを確信する。
パネルに表示されているエリーの結界値。それは、1ミリすら変動していなかった。
