爆死の魔術師 4話『爆死の魔術師』
本編
――ユウトの放った致命の一撃は、エリーに掠り傷すら負わせられなかった。
その事実は、戦っていた2人さえも動きを止める。誰もが言葉を失い、パネルに表示される結界値を凝視していた。
「あぁそうだ。これが”爆死”の現実だ」
静寂に満たされた会場の中で、佐々木は無情にも断言する。
「これが魔術戦争だ」
だから、
「どれほど技術で勝ろうが、どれほど経験で勝ろうが、人命保護のために結界値がある限り――”Fランク”じゃ”Sランク”に傷1つ負わせられない」
本当の殺し合いだったならば、さきほどの一撃は確実に致命傷なり得た。だが魔術戦争はスポーツだ。スポーツである以上は健全でなければならず、その結果として格差を生む。
「”Eランク”なら、さっきので半分は削れたろうよ。”Cランク”もありゃ、おそらく全損で決着。――だが、あいつの精霊は”Fランク”だ」
常識外で前代未聞の低ランク。この世界で唯一の”Fランク”。最弱を超えた最弱。
そして、その精霊と契約したのがユウト――”爆死”の魔術師だった。
「…………」
聞こえてくる佐々木の言葉に、エリーは思わず拳を強く握りしめる。
(これが、現実……?)
攻撃を喰らう寸前、エリーは終わりを感じた。戦いの終わり。試合の終わり。――生命の終わりを。
だが事実はどうだ? この身を纏う結界は欠片すら削られず、今もなお戦えることを黙々と示している。
(いや……違う)
その『終わり』はエリーのものではない。
(終わったのは、ユウトだ)
本来ならエリーの敗北を告げるはずの致命の一撃は、ユウトの魔術師としての終わりを告げた。いや、すでに終わっていたのだろう。
(ユウトは、ボクの憧れは……もう、死んでいたんだ)
最弱の”Fランク”と契約した時点で、全ては決まっていた。
「これが『契約の儀』で――巷で言うところの人生ガチャで”爆死”した坊主の末路だ」
結局、この魔術師という存在は精霊という才能にすべてを定められる。己が有能か、無能かを無慈悲に。
「な、なんだよそれ」
「良い戦いだと思ったのに……」
ギャラリーから不満や避難の声が上がり始める。
「ユウト、キミは……」
対戦相手のエリーですら、悲しみを含めた視線でユウトを見つめていた。
勝負が決まっている戦いなど、すでにそれは八百長に等しい。誰もがその熱を収め、期待もやめる中――
「……ふ、はは」
――少年の、笑い声が聞こえた。
「ははははッ! っくくく……」
突如として笑いだしたユウトに、この場の誰もが困惑を隠せない。――否、1体だけは違った。
『マスター、何を笑っているのですか?』
「ごめん。っくく……。あまりにも、可笑しくて」
この場の全員が、対峙するエリーでさえも、戦いを忘れて唐突に笑い出した彼を見つめていた。
「いやまさか結界値を1ミリも削れないとは思わなくてさ。どれほど俺に才能が無いんだって話じゃない? ふ、はは――」
こらえきれないとユウトは空を見上げて、
「――上等」
前髪を掻き上げた。
◇
空気が変わる。
「どれほど才能が無かろうが」
穏やかな雰囲気が鳴りを潜め、
「どれほど精霊が弱かろうが」
諦めかけていた心が熱く滾り、
「どれほど運命が阻もうが」
苛烈で、痛烈な、彼の『本性』が姿を表す。
「教えてやるよ――」
ユウトは剣を構えた。左足を前に、剣を持つ右手は顔の横より若干上に置いて、切っ先を相手に向ける。
それは、彼が初めて見せる攻撃の構え。
「――それでもオレは、”天才”だということを」
ゾクリ。
「――――ッ!?」
あまりの変わり様に、エリーは体全体が大きく震えるのを感じた。それは恐怖か、はたまた武者震いか――
(あぁ、そうだ。そうだった)
――否、それは歓喜の震えである。
(これが彼なんだ、ボクの憧れなんだ)
震えを抑えながらエリーも得物を構えた。見せたのは、両脚でしっかりと地面を踏みしめる守りの構え。
「行くぞ、”凡人”」
「あぁ。キミを倒して、ボクはボクの憧れと決着を着ける――!」
それが再開の合図だった。エリーが言い切るのと同時に、ユウトは迷わず前へと踏み出す。
「……どうして?」
なおも戦おうとするユウトの姿に生徒たちがざわつく。
どうして戦えるのか。どうして諦めないのか。どうして前へと駆けられるのか。
「――決まってんだろ」
小さく佐々木は笑みを浮かべた。
「奴ぁ、”天才”だからだよ」
一足一刀の間合いに入り込んだユウトが、上段斬りを放たんと腕を振るう。ほぼ同時に、エリーは大盾を斬撃上に置きドッシリと体を安定させた。
(ユウトは……彼は、今まで”待ち”のスタイルを貫いていた。それは単にそうせざるを得なかったから)
ユウトの得物が片手剣に対し、エリーの得物は大盾と剣。当然エリーのほうが防御に強く、それを崩せる手はユウトに殆ど存在しない。
(なら、この振り下ろしは確実に罠!)
彼ならどうするか。エリーは脳裏でシミュレートして、
「――ッ!」
(アタリ……!)
読みが当たる。
ユウトの振り下ろした右手には、片手剣が握られていない。振り下ろす直前、手から離したのだ。そのままフリーの右手で大盾を掴み、体をクルリと前回転。途中でしっかりと左手で片手剣を回収していた。
恐らくこのまま背後に着地後、攻撃を放ってくる。
(この動きに合わせる手は、これッ!)
大盾を左手から離して両手で剣を持つ。後は背後で着地するユウトに向けて、振り向きながら渾身の一撃を放てば良い!
結果、エリーの一撃とユウトの一撃が真正面から打ち合うこととなり、そうなれば最後。圧倒的な力の差で結界値を砕いて終わりだ。
(これでボクの勝ちだよ、ユウトッ!)
容赦などしない。今から放つは今の自分が出せる、最大の一撃。
「【神雷:青銅世代】ッ!」
紫電が瞬き、剣へと伝わり巨大な雷撃となる。余波で地面は砕かれ、土の欠片は宙へと浮きあがった。
彼女が宿すは極光。次世代の神となることが約束された、”神”の力!
「……すぅ」
神の鉄槌を背後で感じながら、地面に着地したユウトは両手で片手剣を持つ。
「……はぁ」
深呼吸をひとつ。高鳴る心臓を沈め、意識を深層へと沈ませていく。
視覚も、聴覚も、触覚も、嗅覚も、味覚も、いらない。
あらゆる感覚を消し去れば、あるのはただひたすらの暗闇。自分の存在さえ曖昧になって、あらゆる境目が溶けていく。
――それでも、感じるものがあった。
”ソレ”は無を漂っている。”ソレ”は『世界の外』にある。
あらゆる超常現象の糧であり、精霊の生きる糧――<魔素>。それらは確かに目に見えずとも、聞こえずとも、触れずとも、嗅げずとも、味わえずとも、すぐ側にあった。
脈動していた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ひとつひとつの魔素が呼吸をするように脈動し、『世界の外』の調和を保っている。それに意識の手を伸ばして、丁寧にかき集めていくイメージ。
バラバラだった脈動を整え、さもひとつの塊のように呼吸を合わせる。
(いける)
そう感じた。
「――――」
ならば放つ。
これは局限に澄まされた一撃。故に才能は関係なく、故に摂理を破壊し――故に運命を否定する一撃である。
オレが、”最強”たることを世界へ示すために。
「――【局撃】」
瞬間、爆轟。
「きゃぁああああああ!?」
「うわぁああああああッ!」
会場全体を揺らがすほどの巨大な爆発が、エリーとユウトの中心から巻き起こった。
「は、ははは」
半ばパニックに陥る会場の中で、佐々木はひとり抑えきれない笑みを溢す。
「おい、おいおいおい。やりやがったぜ、アイツ」
「……まさか、これは」
隣の水月も、信じられない様子で目の前の光景を眺めていた。
「――――」
煙が晴れてゆく。会場中の視線を集めた場所には――
『それならしっかり目に焼き付けて置いたほうがいいですよ、学園長。俺たちの、新たな始まりなので』
――剣を掲げる少年と、倒れ込む少女がいた。
「ユウトの野郎、勝ちやがった」
一拍の間、佐々木の声だけがやけに響いて。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
会場は、絶叫と歓喜と喝采の渦に包まれた。
この戦いを以て、この学園は、この国は、この世界は、知ることとなる。
”爆死”の魔術師の存在を――。
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