爆死の魔術師 5話『少年の終わりと始まり』
本編
”爆死”が”白騎士”を倒してから数刻後、佐々木は学園長室にいた。夕焼けを背に黙々とパソコンを操作していると、不意に扉のノック音が響く。
「あぁ、入ってくれ」
「失礼します」
扉を開けて入ってきた人影は『キャリアウーマン』――水月だ。
「水月センセーか、どうした?」
パソコンを操作する手を止めて、佐々木は水月へ視線を向ける。
「……説明をして頂こうかと思いまして」
「おいおい水月センセーよ、主語がねぇぜ?」
おちゃらけたように笑う佐々木に、水月はピクリとも表情を動かさない。
「私は彼の、黒井悠隼の担任です。知る権利があるとは思いますが」
「……いらねぇ心労を掛けるぞ」
ただ水月のサングラスの奥に輝く瞳が、薄長く細められていた。
「受け持つ生徒に関して無知なのは職務怠慢です。私としてはそちらの方が心労ですので」
「ははっ! 違ぇねぇ」
佐々木は気持ちのいい笑みを浮かべると、椅子から立ち上がって窓を見つめる。それは夕焼けを通して、どこか遠くを見つめているようで、
「――”神童”を知ってるか?」
いつもの快活な声とは真逆の、静かな声色で水月に投げかけた。唐突な問いに、水月は片眉を上げる。
「世界中見渡しても、それを知らない者は居ないと思いますが」
その呼び名は、それを冠する彼らは、言葉通り響き渡っていた。日本ではなく、世界に。
「誰の呼び名だったかも覚えてるか?」
「えぇ、当然」
言外に説明しろと、そういう事なのだろうと水月は言葉を続ける。
「”神童”。それはかつて、2人の魔術師見習いの少年に付けられた呼び名です」
人間が精霊と契約できるのは、つまり魔術師へとなれるのは15歳。それ未満の子どもは魔術戦争に参加できない。
そのため魔術師を憧れる少年少女たちは、魔術師見習いと呼ばれ別のスポーツに参加していた。
――それが魔術演習。
それは模造武装と呼ばれる武器で戦う、文字通り魔術戦争の演習を目的としたスポーツである。
「彼らは魔術演習に参加可能な年齢……12歳から15歳までの3年間で、3年連続全国優勝を果たしました」
契約する精霊について、昔から信じられてきた通説がある。
――曰く、契約する精霊の強さは人間の魔術師としての才能に左右される。
2人の”神童”はその突出した才能を、全国優勝し続けることで証明した。
「1人は今や齢16にして世界最強となった、”最強”の魔術師。イギリスのアーサー・クラウン」
アーサー・クラウンはその望みに、願いに応えた。まだ精霊と契約して2年目だというのに、すでに魔術師の頂に立っている。
――だが、もう1人は違った。
「そして魔術界隈から突如として消えた、日本のテングウジ・ユウト」
ふと、そこまで告げた水月の脳裏に何かが閃く。
「まさか……」
それは突飛な思いつき。だが学園長が今この話をした理由が、先の戦いの光景が、それに現実味を帯させた。
「日本の、天宮寺悠隼」
水月は思わずといった風に、スマホを取り出して検索を掛ける。検索ワードは『天宮司悠隼』。種別は、画像。
「これ、は」
「気づいたか」
――黒髪黒目の少年だった。
掻き上げた髪にギラついた瞳が特徴的で、どの画像も常に不敵な笑顔をみせている。
それは正に、エリーとの試合でユウトが最後に見せた姿そのもので。
「……そういう、ことか」
水月の脳裏にこびりついていた疑問が次々に氷解していった。
なぜ入学すら非常に困難な魔術学園に、2年生から転校できたのか。なぜそれを成し遂げたのが”Fランク”精霊と契約した魔術師だったのか。
なぜ剣技を極めた佐々木を以てしても『不可能』と言わしめた、神業のような剣技を扱えるのか。
(――彼は、)
才能に恵まれ、神に愛された少年。
そして、
「彼は、”神童”だったんですね」
運命に裏切られ、神から見放された少年だった。
◇
分厚い雲が月を遮っていた。普通ならば誰しもが寝入るこの時間だが、綺羅びやかな街並みは今もなお活気づいている。
そんな光景を少年はひとり、高度80mほどの高さから見下ろしていた。
――イギリス、ビックベン。
「我が君」
「……どうしたんだい」
不意に少年の影から声がする。『我が君』と呼ばれた少年は綺羅びやかな街を見下ろしたまま応えれば、影は抑揚の少ない声で続けた。
「速報にございます。――彼が復帰したと」
「――――。それは、本当?」
夜に紛れて顔が見えない少年だったが、真偽を問いかける声は微かに震えていた。
「はい」
躊躇いもなく肯定した影の声に、少年は大きく息を吸う。長い時間を掛けて胸を膨らませた少年は、溢れる息とともに言葉を漏らした。
「そっか。彼が再び、ね」
雲に隠れていた月の光が、その隙間を縫うように差し込まれる。まるで天から舞い降りるスポットライトのように、月光は細い筋で街を照らすと――
「これで僕と彼、2人の”神童”が舞台に揃った」
――最後に少年の姿を照らし出した。
それは『黄金』。
あしらえたように完璧な金髪碧眼を持ち、その容姿は俳優さえ凌ぐ。例えるならば、世界の美を結集したような少年。世界の愛し子。
「ようやく物語を動かすことができるね」
『黄金』の少年が右手を掲げる。透き通った黄金の宝石が、指輪の中でまるで極光のような輝きを放っていた。
「……ねぇ、キミはこの世界をどう思う?」
しばらく極光の輝きに目を細めていた少年は、不意に背後に控える影へと問う。
「私は影ゆえ」
遠回しに「答えられない」と伝えた影に、少年は面白くなさそうに眉をひそめた。
「キミの意見が聞きたかったんだけどね、残念だ」
「……。一般論ならば、現実と幻想が入り混じった世界だと」
あくまで自分の意見ではないことを主張しつつもそう口にすれば、少年は先程の表情が一転、嬉しそうに頬を緩める。
「現実と幻想が入り混じった世界、か。――歪だよね」
「…………」
それに影は答えない。少年も答えを求めていなかったのか、そのまま独り言のようにつぶやき続ける。
「幻想は幻想であるべきだ。人間がまだ幼い、神代の時にしかあってはならぬもの。――だけど、人間は未だに精霊を中心としている」
凄まじい力を手に入れることで『英雄』と祀られる時代は、もうすでに過去の話。現代にとって、超常の力はただの『駒』でしかなかった。
「時に集金力として」
魔術戦争は現代で世界が最も熱狂するスポーツである。故に国の経済に対して多大な影響を及ぼしていた。
「時に国力として」
戦力としても経済力としても魔術師は存在するだけで他国への牽制となり、つまり強力な外交のカードとなる。だからこそ、特に”Sランク”精霊と契約した魔術師はこう比喩られた。
――『核兵器』と。
「本当、人間っていうのは歪だね」
同時に自分自身も人間であることに、少年は自嘲の笑みを浮かべて、すぐに「いや」と否定する。
「僕こそが、この世界で最も歪な存在だったか」
「アーサー様……」
影が小さく『我が君』の名を呼んだ。世界で最も有名な王の名を継ぐ少年の名を。
「なにせ僕は世界でただ1人、”SSランク”精霊と契約したのだから」
強すぎる力ゆえに『核兵器』と比喩られる”Sランク”を超えた、”SSランク”の精霊。その最強の力を持つアーサーが居ることによって、イギリスは世界最高峰の経済力を手にしていた。
「だから、僕はキミを待っているよ」
差し込む月光を見上げながら、アーサーは眩しそうに目を細める。
アーサー・クラウンは幼き頃から”神童”と謳われた。そして人生ガチャにて神引きし”最強”の魔術師となる。
「ボクと同じ『世界でただ1体』でありながら、ボクとは真逆の最弱の精霊。そんな彼女と契約したユウト、キミをね」
黒井悠隼は幼き頃から”神童”と謳われた。そして人生ガチャに爆死し、”爆死”の魔術師となる。
2人の”神童”は、それぞれ最強と最弱となり――
「『いつか世界の頂の上で戦おう』。その約束を果たせる時まで」
――それでも、かつて交わした約束は色鮮やかに刻み込まれていた。
