爆死の魔術師 10話『疑問』
本編
翌日。1年生の教室では『魔術学』の授業を行っていた。
「ということから、精霊のランクを定めるための項目は大きく5つだ」
黒板のような大きさのディスプレイに映る項目を指差して、男性教師は説明を続ける。
「生成される結界の耐久値を表す『HP』。精霊が溜め込める魔力量を表す『MP』。武装形態の強さを表す『武装』。身体能力の強化レベルを表す『強化』。そして最後に、発現する魔法の強力さを表す『魔法』」
教師が備え付けの機器を操作すれば、画面が切り替わって5角形のグラフ――レーダーチャートが出現した。
「各項目を評価していき、割り出された平均が高ければ高いほど高ランクが割り振られる。つい先ほど送付した書類の中に各自が契約した精霊の評価が入っているため、必ず確認しておくこと」
言い終わるのとほぼ同時に、授業終了を表すチャイムが鳴り響く。
「……と、今日の授業はここまでだ。各自、鍛錬や勉強も良いが程々にな。それじゃあ解散」
「ん〜っ! 疲れたぁ……」
今日の授業が全て終わり、風鳴琴音は固まった体を解すように大きく伸びをした。
(っと、こんなことしてる場合じゃなかった)
放課後の予定があったことを思い出して、コトネは開いていた教科書をそそくさとバッグへ詰めていく。
『明日の放課後、第2訓練場に集まってお互いの実力を確認しようか』
昨日、つまりチームに入ることが決まった日、ユウトから別れ際にそう伝えられたのだ。
「コトネちゃん。どうしたのそんなに急いで」
ワタワタと帰る準備を進めるコトネに気がついたらしく、不意に隣の女子生徒から話しかけられる。
「ぁ……う、うん。今日はチームの人に呼ばれてるんだ」
未だ緊張してしまうため、少し言葉を詰まらせながらコトネは言葉を返す。それを聞いて、隣の女子生徒は「えぇっ!?」とオーバーアクション気味に大きく仰け反った。
「うそー! もうチームに所属できたの!? すごいじゃん、おめでとう!」
「え、えへへ。ありがとう、ナギサちゃん」
我が事のように喜んでくれる女子生徒……ナギサに、コトネは嬉しさと恥ずかしさで頬を染めながら祝福を受け取った。
「それでそれで? コトネちゃんは誰のチームに所属したの?」
興味に満ちた瞳で尋ねられ、コトネはおずおずと答える。
「えっと、リョウヤ先輩とユウト先輩のチーム、だよ」
「……ええええッ!?」
突然張り上げられた大声に、クラスメイトの視線が2人に集中した。明らかに目立ってしまったのだが、ナギサは対して気にした様子もなく顔を近づけて問い詰めてくる。
「コトネちゃん、あの黒井先輩のチームに入ったの!?」
「えっ、う、うん……」
とんでもないほどに驚いた様子のナギサに、コトネは呆気にとられつつも小さく頷いて肯定する。……と、2人のやり取りを聞いていたクラスメイトたちが急にざわつき始めた。
「黒井先輩って、確か”Fランク”と契約した人だよね?」
「あー、あの”爆死”か」
「”白騎士”を倒したあの試合、凄かったよな」
一瞬で”爆死”の噂で持ちきりとなるクラスに、コトネは手に引っ掛けていた鞄をギュッと握る。
(やっぱり皆、ユウト先輩が気になるんだ)
当然と言えば当然だ。”Fランク”が”Sランク”を倒した、というのはそれだけの重みがある。そんな人のチームに入れたのだと、コトネは嬉しさがこみ上げて――
「――まさか、皆あの試合を信じてるのかい?」
「っ!」
ザワつく教室の中で、一際大きく澄んだ声が響く。声の主は、複数の男女に囲われた美形の男子生徒だった。
彼の一言で静まり返ったクラスの中、ひとりのクラスメイトが声を上げる。
「アオイはあの試合を疑ってるのか?」
「当然。少し考えてみたらわかるだろう? 相手はあの”白騎士”エリー・レンホルムなんだよ?」
アオイと呼ばれた男子生徒は、そう言いながら演技掛かった所作で自身の胸に手を当てた。
「”Aランク”であるボクでも勝つのが難しい相手を、低ランク――しかも最弱の”Fランク”が倒す? そんなこと、ありえないよ」
やれやれと肩をすくめながらアオイは続ける。
「あれはレクリエーションだよ、レクリエーション。学園長が生徒のやり気を引き出すための作り物。それなら私闘なのにスタジアムを使ったり、学園長がわざわ関わったりしたのも説明がつくだろう?」
アオイの言葉に、クラスメイトたちは顔を見合わせる。
「まぁ、確かに常識で考えれば無理だよなぁ」
「普通は1つランクが上なだけでも殆ど勝てないのにね」
段々とあの試合は嘘っぱち、という雰囲気になりつつあるのを感じながら、コトネはそっと視線をアオイへと向けた。
(赤条葵くん。確か、1年生で数少ない”Aランク”の魔術師……だったよね)
魔術師を育成するための場所である魔術学園は、実力が高ければ高いほど相応の発言権を持つ。1年でも上位に位置するアオイの言葉は、”Aランク”が故の説得力があった。
「でもさー、ユウト先輩が最後に凄い一撃を放ったのも事実じゃない? スタジアムって周りからの介入を防ぐために結界を張ってる訳だし」
そして、このクラスで同様の発言権を持つのがもうひとり。
(同じ1年で”Aランク”の、三波渚沙ちゃん)
コトネの隣の席に座る女子生徒であり、1年でも有数の実力者である。
「ナギサ、キミはあの試合を信じるってことかい?」
自身の持論に反論され、気分を害した様子のアオイは苛立ちを込めた声色でナギサに問いかけた。
「信じる信じないじゃなくて、事実を話してるだけなんだけど?」
対するナギサは呆れたと言わんばかりに、ため息交じりで言葉を返す。それにアオイは僅かに目を細めながら椅子から立ち上がると、数歩だけ近寄って嘲笑を浮かべた。
「ならキミはどう説明するつもりなんだ? ”爆死”が”白騎士”を倒した魔術について」
「それはっ……」
痛いところを突かれたようにナギサは顔をしかめる。
先日の試合を見た者ならば全員が覚えているだろう。”Fランク”精霊でありながら”Sランク”精霊を打倒せしめた、あの奇跡のような一撃を。
結局のところ、アレのカラクリを誰も知らない。知らないのならば、それが真実という証明は不可能だ。
思わず口籠るナギサに、アオイは「まぁ?」と言葉を続ける。
「ヤクでも使えば、話は別だろうけど」
(……”ヤク”?)
聞き覚えのない単語に首を傾げるコトネだったが、ナギサはそうでもなかったらしい。
「……ッ! ちょっとアオイ! 言って良いことと悪いことがあるでしょッ!」
眉をひそめ、突き刺すような声でナギサは強く非難した。あまりの剣幕に一瞬アオイはたじろぎ、すぐに咳払いと共に気を取り直すと廊下へと歩き出す。
「ともかく、コトネも災難だね。あんなイカサマ野郎のチームに入るなんて。さっさと抜けておくのをオススメするよ」
最後にそれだけを言い残し、アオイとその取り巻き達は教室から姿を消した。
「……はぁ。アイツの言葉、何も気にしなくて良いからね、コトネちゃん」
「う、うん」
ナギサの言葉に頷きつつも、コトネは脳裏で先程の会話を思い出す。
『”Aランク”であるボクでも勝つのが難しい相手を、低ランク――しかも最弱の”Fランク”が倒す? ……ありえないよ』
『ヤクでも使えば、話は別だろうけど』
思い出せば思い出すほど、コトネの中でも疑問が浮かび上がっていった。
(……どうやってユウト先輩はエリー・レンホルムさんを倒したんだろう?)
