爆死の魔術師 9話『編入生』
本編
『ちょうど今から空いてるらしいから、連れてくるわ』
そうリョウヤが、例の心当たりの人物を呼びに自修室を出ていってから約20分ほど。ユウトが武装形態となったアリナを片手に修練を行っていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。
『来たみたいですね』
それに頷くと、ユウトは扉へと近寄り小さなボタンを押す。プシューっという音とともに、スライド式の扉が開いた。
「待たせたな、ユウト」
「大丈夫だよ」
開いた扉から入ってきたのは、まずなんの躊躇もなく入るリョウヤ。そして、そして……。そして?
「……リョウヤひとり?」
追加で誰も入ってくる気配がなく、ユウトは首を傾げた。
「え? あー……」
廊下を振り返るリョウヤだったが、確かに人影が見えない。思わず呆れたような表情を浮かべると、ピアスに手を伸ばす。
「フウカー、連れてきてくれ」
「りょーかいっ!」
姿を現したフウカが廊下へ出ていき、数秒後。
「ほいっと!」
「きゃっ」
フウカに背中を押されて、可愛らしい声と共に自修室に入ってきたのは1人の女子生徒だった。
「え、えーと、あの、その……」
パッと見た印象は、小動物だろうか。
栗色の長い髪に、同じく栗色のクリクリっとした大きな瞳。この学園の制服を着ているため学生なのだろうが、それにしても全体的に小さい。身長など横にいるフウカと殆ど一緒だ。
更に、長めの髪をひとつに編み込んでいたり、丸眼鏡をつけているところが余計に小動物感を引き立たせている。
「リョウヤ、彼女がその”心当たり”?」
「あぁ。ほら、コトネ」
「う、うん……」
リョウヤに背を押され、『コトネ』と呼ばれた女子生徒は緊張した様子でユウトの前へと出てくる。両手を胸の前で何度も弄りながら、上目遣いでユウトを見上げた。
『可愛らしい人ですが、戦えるんでしょうか?』
(うーん……まぁ、│魔術師《ウィザード》って見た目で決まらないことが多いからね)
精霊の力が大きく左右するため、細身でもパワー型だったり、逆に筋骨隆々でも遠距離型だったりする。そういう意味では、コトネが戦力になるかはまだ分からない。
(それに一番大事なのは、強さじゃなく意思だから)
『……えぇ、その通りですね』
最弱の│魔術師《ウィザード》だからこそ、ユウトたちは強さの捉え方が異なる。何よりも『最強になりたい』という意思だけで、ユウトとアリナは巨大な壁と立ち向かっているのだから。
2人で話していれば、ようやく勇気を出せたらしいコトネが、ふんすっと小さく鼻息を鳴らした。ゆっくりと、上擦った声で彼女は自己紹介を始める。
「わ、わ、わたしは……い、1年生の風鳴琴音と言います。あの、コトネと、呼んでください。えと、その、よ、よろしくお願いします……!」
なんとか自己紹介を終えたコトネだったが、、不憫なほどに緊張している様子だ。
「俺は2年生の黒井悠隼。好きに呼んでくれて構わないよ。よろしくね、コトネさん」
ガチガチなコトネに優しげな声色で自己紹介を返しつつ、ユウトは記憶を巡らす。
(風鳴琴音、ね。知らない顔だ)
魔術学園に通う者の大半は、│魔術演習《メイガス》を通っている。そのため生徒の殆どは、お互いに顔馴染みであることが多いのだ。
しかし、ユウトは目の前のコトネを一度も見たことがない。
(つまり彼女は――)
彼女を”心当たり”と呼んだ意図を察して、ユウトはリョウヤへ視線を向ける。幼馴染の彼はその視線に対して、ニヤリと笑ってみせた。
「想像通り、コトネは”編入生”さ」
「やっぱり」
”編入生”。リョウヤから出てきた単語に、合点がいったとユウトは頷く。しかしアリナは単語の意味合いがわからなかったようで、現実に姿を現すと首を傾げた。
「編入生、ですか?」
ユウトは首肯すると、説明を始める。
「│魔術演習《メイガス》を通ってた生徒が大半だから、魔術の扱いや戦い方を入学当初からある程度身につけてるんだ」
逆に言えば魔術学園に入学するためのハードルは、他の学校などとは桁が違うということ。
「ただ極稀にいるんだ。魔術演習の経てなくても入学できる人が」
聞きながら考え込むように唇に手を当てていたアリナが、そこで口を開く。
「それはつまり、それだけ学園側が欲しい人材――高ランクの精霊と契約した人、ということですか?」
「あぁ、うん。そういうことだね」
理解の早いアリナに少し驚きつつ、ユウトは肯定する。
「そういう人のことを、俺たちは”編入生”って呼んでるんだ」
「したら当然、編入してきたコトネは基本的に知り合いもいない」
ここまで説明されれば、アリナも彼女を”心当たり”と言ったリョウヤの意図を理解できた。
「なるほど。つまりコトネさんは”編入生”が故に未だにフリーで、それでいて素質も高い。私たちがチームへ誘うには最適な人材ということですか」
「まぁ損得勘定で言っちゃうとそんな感じだね。ただコトネさんも魔術戦争の経験も積めるし、WINーWINだと俺は思うよ」
ひとまずの説明を終えたユウトは、そのまま立ち位置に困っている様子のコトネへ視線を向ける。
「ということで、俺たちとしてキミがチームに入ってくれるのは大歓迎な訳だけど、コトネさんはどうかな?」
「ぁ……あ、はい! わ、わたしも、問題、なければ、ぜ、是非お願いしたい、です!」
まるで赤べこのようにコクコクと頷くコトネに、ユウトは少しだけ屈んで彼女と視線を合わせた。そして真剣な表情で、語りかける。
「多分コトネさんも知ってると思うけど、俺は”爆死”だよ。前代未聞に弱い、文字通り最弱の精霊と契約した魔術師。……それでも、俺たちのチームに入ってくれる?」
”爆死”と同じチームになるということは、極悪のギャンブルに等しい。例え過去に”神童”と呼ばれていようと、今や最弱の存在である。普通なら賭けることのもバカバカしい。
「はいッ!」
けれど、コトネは一瞬たりとも迷うことなく頷いた。小動物のような雰囲気とはかけ離れた、力強い眼差しに穿たれてユウトは少し怯む。
「わ、わたし、ユウト先輩とエリーさんの試合、見てました」
あの試合はかなりの騒ぎになっていたため、彼女が見ていても不思議はない。
編入してすぐにあの試合を見たコトネが何を思ったのか。それが『黒井悠隼が凄い』というのなら、その誤解は解かなければとユウトは思う。
「――感動しました!」
だが彼女の感想は彼のイメージと大きく違っていて。
「感、動?」
予想外の単語に反芻するユウトに、コトネは申し訳無さそうに少しだけ顔を伏せて言葉を続ける。
「だって、どう見てもあれは勝てない試合だったと思うんです。ユウト先輩の精霊は”Fランク”で、相手の精霊は”Sランク”だったんですよ? 1つランクが違うだけで勝率が凄い下がる世界で、そんなの勝てるわけないじゃないですか」
彼女の言うことは正論だ。なにせプロの魔術戦争では、”Aランク”が”Sランク”への勝率はたったの3割。ならば”Fランク”が”Sランク”に勝てる見込みは、燕の涙ほども無いだろう。
「でもユウト先輩はアレだけ身体能力が離れていても技量で補って、自分の攻撃が効かないとわかっても諦めずに戦って、勝ちました」
グッと、コトネは両手を握りしめた。
「……皆が、わたしが『無理だ』って思う中で、ユウト先輩は『出来る』ことを証明しました。すごいです、本当に」
「…………」
彼女の浮かべる表情は、顔を伏せているため見えない。だがその声色から、その言葉から、彼女のユウトに対する尊敬の念は本物だと誰でも理解できた。
「だから、わたしこそお願いしたいです」
いつの間にか、彼女の緊張は嘘のように消えていて。
「追いかけさせて欲しいです。私が初めて尊敬したい人の背中を」
一呼吸。
「――わたしを、ユウト先輩のチームに入れて頂けませんか?」
ゆっくりとユウトは目を閉じる。
(見誤っていた)
語りから溢れる感情だけで、彼女の魔術師への想いは十二分に高かった。――尊敬とは、そこに辿り着きたい人が抱く感情だから。
なればこそ、その多大な尊敬の念を受け取った時点で、ユウトの中で返答は決まっていた。
「こちらこそお願いするよ。……これからよろしくね、コトネさん」
「……! はいっ。お願いします、先輩!」
ユウトとリョウヤに向けて、コトネは大きく頭を下げる。
こうして、ユウトたちのチームは結成したのだった。
