これからの子育て・教育では行動遺伝学を無視することはできない
行動遺伝学では「人間の行動の全てに遺伝の影響がある」といっています。運動、音楽、学力、性格、神経発達症の行動特性など全てです。そして、どの能力にどの程度の影響があるかを示す遺伝率も示しています。
大まかにいうと音楽の遺伝率は約80% 、運動は約70% 、学力は約50%です。
この数字を見ると「音楽の遺伝率が80%なら、努力してもムダ」と誤解されがちですが、そういうことではありません。なぜなら、遺伝率とは「個人の能力における遺伝の割合」ではないからです。
つまり、「音楽の遺伝率80%」とは、「個人の音楽能力の80%が遺伝で20%が努力」という意味ではなく、「世の中の人々の音楽能力の『個人差(ばらつき)』のうち、80%が遺伝の違いによって説明できる」という一般的な統計データに過ぎません。
ですから、遺伝的に特に優れた才能がなくても、よい環境があって本人の自由意思で努力を継続すれば、それなりのよい結果が得られます。逆に遺伝的に優れた才能があっても、環境が整っていなかったり本人の努力がなかったりすれば才能も開花しません。
当たり前といえば当たり前ですが、改めてこのことは心にとどめておく必要があると思います。
念のためにいっておくと、もちろん環境と努力が同じ程度ならば、遺伝的に優れた才能がある人にはかないません。逆に、遺伝的な才能が同じならば、環境と努力によって大きな違いが出てきます。
こうしたことは音楽だけでなく、運動、学力、性格、行動特性の全てにいえることです。本書でも既に「宿題をやらずに遊ぶ、だらしがない、片づけが苦手、忘れ物が多い、マイペース、字が雑、内気で消極的、発達特性がある、などは全て生まれつきの資質による影響が大きい」と書きましたが、その通りなのです。
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でも、だからといって「何をやってもムダ」ということではなく、後天的なものも大きいので、子育て中の親としてはそこを大事にすればいいわけです。つまり、できるだけよい環境にしてあげることが大事です。
具体的には、適切な食事・良質な睡眠・適切な運動・肯定的で共感的な親の言葉・苦手なことをやりやすくする合理的な工夫・内容やタイミングも含めて適切な療育などです。これらの環境を整えることで、それなりのよい結果が得られる可能性が高まります。
「よい結果が得られる可能性が高まります」と書きましたが、それは子育ては結果を出すのは他者である子どもであり、親がコントロールできない部分が残るからです。つまり、親がいくら環境を整えても、子ども本人の意思がそこまで強くなければ”親が期待した”程度のよい結果に結びつかない可能性もあります。
大人である親が自分自身に成長を求めてよい環境を整える場合、当然ながら同時に「成長したい」という親自身の強い意思も働いているので、よい結果が得られやすくなります。でも、子どもは他者なので、親がその意思までコントロールすることはできません。
そして、子どもは苦手や短所について「直そう。成長しよう」という意思を持つことができにくいものなのです。ですから、子どものうちに苦手や短所を直すのは難しいのです。
昔からよく「しょうもない性格も子どものうちなら直る」と言われてきましたが、これは勘違いです。実は大人になってからの方が直ることが多いのです。早くても思春期後半でしょう。
なぜなら、大人の方が真剣に直したいと思うからです。大人の場合、だらしがなくて取引に遅刻したり大事な書類をなくしたりすれば、周囲の信用ががた落ちします。仕事を失って生活できなくなってしまうかもしれません。ですから、大人だったら本気で困って直そうという強い意思を持つことができるのです。
でも子どもは本気で困ることがありません。ただ叱られるから困るだけであり、仕事を失うかもしれないとか生活ができなくなるなどという本気度で困ることはありません。なので、強い意思を持つことができにくいのです。
ですから、親としてよい環境を整えつつも、よい結果を期待しすぎないようにしましょう。親にできることをやってもなかなか改善しないときは、叱ることに戻るのではなく、手伝って一緒にやってあげたり、それでもムリなら代わりにやってあげたりしてください。
「そんなことをしているといつまでも自立できない。自立の妨げだ」という人がいますが、決してそんなことはありません。できないことをいつまでも叱っているより、親や先生が手伝って一緒にやったり代わりにやってあげたりしたほうが、親子関係もよくなり子どもの自己肯定感も上がり、着実な自立に繋がることが発達心理学の研究でわかっています。
叱られてばかりいると親子の人間関係が悪くなり、子どもの自己肯定感も下がります。自己肯定感が下がっていると、思春期後半、あるいは大人になってから「直したい」と本気で思ったときにも「でも自分なんてダメだろうな」と思ってしまい、いまひとつスイッチが入りにくくなってしまいます。
以上のことを頭に入れておきながら、結果を期待しすぎることなく、親としてできることを楽しみながらやってあげてください。
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私は人生を決めるのは1,生まれつきのもの、2,環境、3,自由意志の3つだと思います。そして、どれもこれも大きいです。
私は、親御さん向けの講演では1の生まれつきと2の環境の大切さを強調します。子ども向けの、講演では3の自由意志を強調します。子育て以外のテーマで大人向けの講演をするときも3の自由意志を強調します。
遺伝や環境の影響は大きいですが、人間はそれらの奴隷ではありません。人間には自由意思というものがあります。猫は猫でしかなく犬は犬でしかありませんが、人間は自らの自由意思でなりたい自分になる(あるいは近づく)ことができます。
人間は自己創造する唯一の生き物です。神に近づくか動物以下になるか、それを自己決定することができます。断固たる決意と強い意思をもって、自分を創っていくことができます。それが人間の尊厳だと思います。
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これをお読みの皆さんの中には、「自分の親は毒親だった」と感じている人もいるはずです。そこまででなくても「毒親の要素があった」と感じている人はかなり多いでしょう。
その場合、自分が子育てをするに当たって2つの方向性がありえます。1つめは自分が育った環境の影響をもろに受けて、自分の親と同じ方向で進んでしまうことです。2つめは自由意思を発動して、環境の奴隷にならずに「自分と同じ辛い思いをわが子にはさせたくない」という決意で別の方向に進むことです。
うっかりしていると、自分の親と同じ方向に進んでしまいます。自分の親が子育てのモデルになることが多いからです。
でも、そこで自由意思を発動させて断固たる決意をすれば、自分の親とは別の方向に進むことができます。本や講演やネットで子育て・教育の知見や情報を積極的に取ることも効果的です。トラウマなどで自分一人では難しい場合は、専門家やカウンセラーなどのサポートも受けましょう。
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私が親向けの本や講演で遺伝の影響の話をするのには理由があります。ひと言で言うと、親が子どもを責めたり自分を責めたりしないでほしいからです。
例えば片づけが苦手な子がいたとします。その子の親は子どもを責めて否定的に叱ることが増えます。
同時に、自分の育て方やしつけのせいでそうなってしまったと感じて、無意識のうちに自分も責めます。そう感じれば感じるほど、子どもに向ける言葉はさらに否定的なものになります。
でも、本当はその子は特にサボっているわけではなく、生まれつき片づけが苦手なのです。そして、直そうと本気で思うこともできないのです。ですから、子どもを責める必要は全くないわけです。
そして、親の育て方やしつけが悪いせいでもないのですから、親が自分を責める必要も全くないわけです。
片づけのことだけでなく、子どもの全ての短所、苦手、気になる部分について同様です。とにかく、子どもも自分も責めないでください。そして、自分にできることを楽しみながらやってください。
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同時に、短所ばかりに注目してないで、生まれつき好きなこと、才能があること、長所などにもっともっと注目してそこをどんどん伸ばしましょう。そこで大事になるのが観察とお試しの2つです。
子どもを観察していれば、その子の生まれつき好きなことや向いていることがわかることが多いです。物の構造やメカに興味がある子もいれば物語や空想が好きな子もいます。絵を描くのが好きな子もいればペットの世話や人形遊びが好きな子もいます。
頼まれもしないのにしょっちゅう絵を描いている子がいたとしたら、その子はそれが好きなのであり才能がある可能性も高いです。だったら、それを応援してもっとたくさんやらせてあげましょう。
ですから、第一に大事なのは日頃の観察です。でもそれだけでは不十分で、いろいろなことをお試しでやらせてあげることも大事です。
ある子は書店であやとりの本を買ってもらい、それからあやとりにどハマりしました。動画なども参考にしながら、暇さえあればやっているそうです。またある子は、公民館の口笛教室がきっかけで口笛が大好きになりました。この子も暇さえあれば練習しているそうです。
また別のある子は、たまたまおじさんがくれたプラモデルを作ってみたら面白くて、今はすごく熱中しています。図書館で見つけた段ボール工作の本がきっかけになり、毎日段ボール工作に励んでいる子もいます。
こうしたものは全て観察しているだけでは見つけられなったわけで、やはりいろいろなことをお試しさせてあげることが大事です。好きなことが見つかってそれに熱中する時間は至福の時間です。
それが将来の役に立つのかとか、そんなことを考える必要はありません。熱中できる好きなことがあれば、毎日が楽しくなりますし元気も出てきます。気持ちが満たされているので、メンタルも安定しイライラしなくなります。兄弟や友達にも優しく親切になれます。
好きなことをやらせてくれてほめてくれる親への信頼感が高まり、親子関係がよくなります。同時に子ども自身の自己肯定感も高まります。また、シナプスが最適化されて地頭がよくなり非認知能力も高まります。
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ここまで行動遺伝学に対する私の考えを書いてきました。これからの子育てや教育を真剣に考える上で、さらには社会のあり方を考える上でも、行動遺伝学の発見は無視できないものがあります。
行動遺伝学が発見した真実に目を瞑ってはいけません。それに、それらの発見は一見すると受け入れがたい不都合な真実に見えますが、よく考えてみると希望に溢れていることにも気づきます。
つまり、遺伝的な資質にそって伸ばすことが大事であり、どの子・どの人も生まれながらの資質を開花させて、楽しく活躍できるように子育てや教育はもちろん社会のあり方も変わっていくきっかけになる
今までは、ペーパテスト・偏差値・学歴などが必要以上に過大評価されてきました。遺伝的にそれらに向いている人たちばかりが恩恵を受けてきたのです。その反面で、そうでない多くの子・多くの人たちが苦しんできました。
行動遺伝学の知見を活用して、どの子・どの人も自分の人生を自分らしく生きられる世の中にしていく必要があります。そして、それは既に始まっています。それについては、次回「わが子に将来ホワイトカラーになってほしいですか?」で詳述します。↓↓↓
わが子に将来ホワイトカラーになってほしいですか?|親野智可等
