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日本の学校は好き。でも“窮屈”を感じた瞬間、教育移住が現実になった

最初に言っておくと、私は日本の教育が嫌いなわけじゃない。

むしろ、先生方の真面目さ、カリキュラムの丁寧さ、集団の中で学ぶ価値はすごくあると思ってる。

でも、ある日。

息子が「学校、行きたくない」とポツリと言ったあの日。

「なぜ?」と聞いても、明確な理由は返ってこない。

ただただ、「つかれた」「なんか、いや」――。

この曖昧な違和感が、すべての始まりだった。


わかりやすい“いじめ”ではない。でも確かにあった“圧”

そのとき息子が抱えていたのは、目に見えるトラブルではなかった。

仲間外れでもない。
先生との衝突でもない。

ただ、「空気」が重たかったのだと思う。

・同じスピードで発表しなければならない
・みんなと同じ答えを出さなきゃいけない
・休み時間に外で遊ばないと“変”と思われる

「学校=正しくあることが正義」になるとき、子どもの心は自由を失う。


「学ぶ」って、こんなに“縛る”ことだったっけ?

あの頃の私は、まだ“教育移住”なんて考えてもいなかった。

でも、「学ぶって楽しいはずなのに」と感じ始めたとき、少しずつ検索ワードが変わっていった。

「ホームスクーリング 選択肢」
「子ども 海外 学校 自由」
「タイ インターナショナルスクール 日本人」

そのうち、ふと出てきた写真の中の笑顔に惹かれた。

芝生の上で、裸足で本を読んでいる子どもたち。

「なんだろう、この伸びやかな感じ」

この違和感と写真の温度差が、“教育移住”という現実を引き寄せてきた。


決断ではなく、試してみる感覚で

そして今。
タイのインターナショナルスクールに通うようになった息子は、毎日話が止まらない。

「今日ね、英語で“うまく伝えられなかった”ことがあったけど、通じたんだよ!」
「クラスに“魚博士”みたいな子がいて、図鑑マニアなんだよ!」
「この前、“お昼寝の時間”があったんだけど、超よかった」

いろんな文化、いろんな価値観の中で、自分の“好き”や“言葉”を試しながら育っている。

親としても驚いたのは、「正解を出そう」としなくなったこと。

失敗しても、それが経験になる環境。
それが、子どもの心を少しずつ解放していく。


教育移住は「反抗」じゃない。「再設計」だと思う

日本の教育を否定する気はない。
むしろ、帰国したらまた通わせてもいいとすら思ってる。

でも、いったん外に出てわかった。

「教育はひとつじゃない」
「子どもの心のサイズに合う場所が、必ずある」

だから、もし今、あのときの自分と同じように、
「なんか、うまくいってない」と思っている親御さんがいたら伝えたい。

教育移住は、何かから“逃げる”選択じゃなくて、
“もう一度、子どもにフィットする形を見つける”という、親の挑戦なのだと。




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