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野良新人小説月評  海黒夜男



 櫻木みわ「アカシアの朝」(小学館)コークス、カサティーの情報収集力・構成力が進化していて面白かった。翻訳してサンウォンに読ませよう。途中K Hさんじゃんと思ったらホントにK Hさんだった。タイトルに偶像としてのアイドルがかかってるのが良い。
 中西智佐乃「デーリィサワーメロン味」(すばる)貧乏と暴力がナーフされてるし、こないだの太宰治賞とも被ってて、今のちっさんが書く意味が感じられなかった。
 高瀬隼子「虫のいどころ」(す)高瀬版七分二十四秒めへ。佐伯さんを下に見ていた主人公が油井さん側だったように、読者を不快にさせすぎないラインで、カタルシスが回収できる範囲内で嫌な気持ちにさせるのは部長と一緒なのだ。
 石田夏穂「わたしを庇わないで」(す)今年は冷や悪超えれないでしょと思ったらあっさり超えてきた。実際にアヤの海に対して惑ったところが答え。読者に寄り添うよちよち系小説を庇い組で全部殺してしまった。今から授賞式に向けてめっちゃ太ってきてほしい。
 坂崎かおる「へび」(文學界)二人称で子供を出したら仮面ライダーィコイド川やろがいと右手でファイナル仮面ライドしつつ左手で頁を捲ったら面白かった/那津人形のくだり説明しないんだろうなと思ってたらそのまま終わった。
 三木三奈「わずらい」(學)めっちゃ面白かった。要はアキちゃん2なのだが、みえこの選評の「早く書いてね。」のアンサーとしてぶつけようとしてるのカッケー。レフトランのせいで実は語り手は梅原だったという嘘の説を説く。
 豊永浩平「はくしむるち」(群像)みんな大好き植物少女、ミシキン、みどりいせき級で、もう俺らがしたり顔であれこれ語る必要なくね。ハイハイ令和の村上龍。これを通すか通さないかの確認作業でしかない。そこは鈴村あいりでしょ。
 大前粟生「プレイ・ダイアリー」(小説トリッパー)250ページも小説を読まされて最初の方覚えてない……。要は祈りの日記でもあるんですよとか何とかそれっぽいこと言ってる感を出しておく。
 新胡桃「勝手に自転するための」(ト)惑星ザムザ、孵化日記、うみみたい……脳内に溢れ出した存在しない記憶。愛の不在だけで行けるんかこれと不安になったものの推し、燃ゆの先を書いてて良かった。下妻基樹。みたく自分で名札に句点を書ける人間になりたい。
 芝夏子「纒足とスニーカー」(ト)様々な不全を主人公にしょわせすぎていて何をしたいのか良くわからなかった。結局そんな子ども好きじゃないんだよね? うちの子もハウスRに預けたいです。まあこの作品もね、男性指導員が玲於奈ちゃんを頂いたら逮捕ですから。
 津田美幸「本日ノ亡者 娑婆の縁尽キテ」(ト)当月に二スレッド進行のむるちむるちもう出てくるんかいとビビり散らかしていたが、最後まで読んだところ、え?? 家族千キロしてる?? 家族千キロしてます?? 気づいて?? と溜飲下げる。
 市街地ギャオ「私と放火」(ト)D-DAYに読みながらペタグー食ったら前歯は欠けるしymkはデビューできないしなんなんだよ。本作が楽しめる人は本なんか買わないでリジュラン打ってるのでどうしたらいいのか分からないけど俺はできることをやる。




若手作家育成の課題と出版社の現状  壱とQ


序論:二つのデビューが示す育成モデルの変容

現代日本の出版社は、新人賞を受賞した若手作家を育成する能力を失いつつあるのではないか。この問いを象徴するのが、二人の作家の対照的なキャリアである。一人は、2003年にデビューし、13年後に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香。もう一人は、2022年に同じ賞でデビューしながら、新作の雑誌掲載が白紙になるなど、キャリアの停滞を示唆している平沢逸だ。
本稿の仮説は、この20年間の出版業界における構造的・経済的変化が、出版社のリスク許容度を著しく低下させ、村田に代表されるような、才能の開花に時間を要する作家を長期的に育成するモデルを過去のものにした、という点にある。村田の初期作品はデビュー当初から「クレイジー」「毒がある」と評されており、彼女は凡庸な作家から変貌したのではなく、挑戦的な作風を持つ作家が才能を育む時間を与えられたと見るべきである。この視点から、作家個人の資質ではなく、彼らを取り巻く産業構造の変化に焦点を当てて分析する。

経済的逆風:短くなった新人作家の滑走路

新人作家の育成環境が激変した背景には、出版市場の深刻な縮小がある。日本の出版市場は1996年をピークに下降を続け、2020年には販売金額がピーク時の約半分にまで落ち込んだ。特に紙媒体の落ち込みは激しく、書店数は2000年の約22,000店舗から2023年には10,000店舗未満へと半減している。
この市場縮小の中でも、新人作家に最も深刻な影響を与えたのが雑誌セクターの崩壊である。雑誌の売上は1996年のピーク時から約3分の1にまで激減し、2016年には市場規模で書籍に逆転された。かつて、利益率の高い大衆向け雑誌の収益が、利益の薄い文芸誌を支えるというビジネスモデルが存在した。文芸誌は新人作家を発掘し、作品を発表させる「研究開発部門」としての役割を担ってきたが、その活動を支える資金源が枯渇したのである。
これにより、文芸誌は極めて脆弱な経済基盤で運営されるようになった。例えば、2017年時点での「五大文芸誌」の発行部数は、『群像』が6,000部、『すばる』が5,500部といった水準に留まる。このような状況下では、単行本化の際に商業的成功が見込めない作品を長期連載するリスクは極めて大きい。結果として、新人作家が離陸するための「滑走路」は著しく短くなったのである。

育成モデルの比較:2000年代の「忍耐」と2020年代の「即断」

【2000年代の「村田モデル」:多様なキャリアパス】

村田沙耶香がデビューした2000年代初頭、出版業界にはまだ才能の開花を待つ余裕があった。村田自身、デビューから13年という歳月をかけて芥川賞作家へと飛躍したが、その間、出版社は彼女の特異な才能を信じ、長期的にサポートし続けた。
彼女の同世代の作家たちを見ても、多様なキャリアパスが許容されていたことがわかる。2003年には、金原ひとみが『蛇にピアス』でデビュー直後に芥川賞を受賞するという「即時ブレイク」を果たす一方で、羽田圭介は17歳でデビュー後、12年かけて同賞を受賞している。すぐに商業的成功を収めなくとも、将来性のある才能に投資し続けるという選択肢が、システムの中にまだ存在していたのである。

【2020年代の苦境:即時ヒットへの圧力】

対照的に、平沢逸が直面する現実は厳しい。彼が自身のnoteで、一年間かけて改稿し、編集者からも好意的な反応を得ていた新作の雑誌掲載が「白紙に戻った」と記したことは、現代の課題を象徴している。これは単なる作品の質の評価ではなく、商業的リスクが出版社の許容範囲を超えたという経営判断の結果である可能性が高い。編集者の文学的信念だけでは、作品を世に出すことが困難になっているのだ。
平沢の同世代の成功例を見ると、現代の成功モデルが短期的な成果に依存していることがわかる。2021年にデビューした島口大樹や石田夏穂は、デビュー直後から芥川賞などの主要文学賞にノミネートされ、文壇の注目を集めた。彼らは、批評的評価やマーケティングしやすい物語性によって、高速で成功へのフィルターを通過した。
現代の出版システムは、このような即戦力を推進する力は依然として持つものの、村田や羽田のように時間をかけて成長する「遅咲き」の才能を支える「中速ギア」を失ってしまった。出版社の賭けは、次のレースで勝てそうな馬に集中せざるを得なくなっているのである。

【作家と出版社の新たな関係性】

こうした環境の変化は、作家と編集者の関係性にも影響を及ぼしている。編集者は純粋な文学的指導者であると同時に、商業的可能性を判断するプロジェクトマネージャーとしての役割を強く求められるようになった。業界では、かつて3作目までにヒットが出なければ見切りをつけられる「スリーアウト制」だったのが、今やデビュー作の結果がすべてを決める「ワンアウト制」に移行したとさえ言われている。
この圧力に対し、作家側も新たな活路を見出している。「文学フリマ」のようなイベントは、プロ・アマを問わず作家が出版社を介さずに作品を発表し、読者と直接繋がることで、自由な表現と収益化の機会を提供する。これは作家に大きな自律性を与える一方で、執筆活動に加えてマーケティングやブランド管理といった新たな負担を強いる「作家起業家」モデルへの移行を促している。かつて出版社が担っていた労働とリスクが、作家個人に転嫁されつつあるのだ。

結論:不確実性の時代における「育成」の再定義

現代の出版社が、20年前のような忍耐強いモデルで新人作家を育成する力は、経済的制約によって著しく低下した。これは出版社の意欲の問題ではなく、産業構造の変化がもたらした必然的な帰結である。
その結果、2020年代における「育成」は、短期的な投資回収が見込める才能を選択的に支援する、ハイリスク・ハイリターンなパートナーシップへと変貌した。作家自身も、創作に加えて自己プロモーション能力が問われる時代になった。
村田沙耶香と平沢逸の物語は、二つの異なる産業パラダイムを映し出している。新人作家が歩む道はより険しくなったが、新たなプラットフォームの台頭は、文学界がこの新しい現実に適応しようとしている兆候でもある。もはや問われるべきは、旧来の方法で作家を育成できるか否かではない。作家、出版社、そして読者の間で、どのような新しい協力モデルが日本文学の未来を形作っていくのか、ということである。



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