見出し画像

1950年代の縄、2025年のKindle――子どもが遊び学ぶこと

私の幼い頃を振り返ると75年くらい昔のことになります

都市部で育った夫は幼稚園に通ったそうなのですが
私の村には幼稚園も保育園もありませんでした

子どもたちは小学三年生くらいになると
家の手伝いが出来るようになります
牛のような大型の家畜ではなく
ウサギや山羊の喜ぶ柔らかい草を
家の手伝いとして集めることも仕事でした
たまに手が空くと遊べることもあります

この年齢になるまでは
弟や妹の世話をする子も交えて
学年単位ではなく村の子どもが集まって遊びました

それはドラえもんのジャイアンのように
強い子が何をするか決めるのではなく
ボーッとしていたい子
おままごとをする子
木の枝を拾ってきて地面にマスを描き石蹴りをする子
その石は平べったく地面に吸い付くものが好まれるので
石を探すこと
木の枝でちゃんばらをする男の子達
木の枝で地面に円を描き土俵にして相撲をとる子
色々です

ゆるい集団であり、夕方になったり
「ご飯だよ」と呼ばれて子どもたちは家に帰ります
私もそんな子の一人でした

物がないということ

例えばジュースの缶が道に落ちていることは
現代の日常では無いでしょうか

戦争に金属を供出した後の、戦後の村ですから
1950年代当時は金属が貴重でした
農業用具はあります
でもトラクターなどで機械化される以前です
牛や馬を飼っていれば共に働ける
そんな世界です

例えば浅い川の川底に偶然銅線の切れ端を見つけると
家に持って帰り親が集めておきます
定期的に自転車で金物を買う方が村をまわられるので
そこで売っているようでした
子どもだったので販売価格までは把握していません

それくらい物が無い時代です

故郷の思い出

長野の故郷は盆地です
山々に囲まれるから空は楕円形に見えます
季節は秋
夏と比べて空気が澄んでいて
山々は紅葉で明るく感じられる
そんな冬の手前の季節のこと

蛙も虫も鳴かず、カラスが夕方に鳴く程度で
静けさがあります
空気は肌にひんやりしますが
冬ほどの寒さではありません

お米の収穫が終わり田んぼには
藁積みがあります
この藁積みからひと束ほど藁をもらいます
父の田んぼまで行かなくても
村の子が藁をもらうことは許されていました

藁をなう

五歳にもなれば藁をなうことが出来ます
年上の子達が教えてくれますから
出来るようになります

藁をなうと
縄跳びが出来ます
まだ骨結核を発症していなかったので
私も村の子に混ざって
縄跳びをして遊びました

村と安全

子どもだけで遊んでも安全なのは
村の大人の目があるからです

村の庭で遊べば
農作業をする大人も
お台所仕事をする大人も
子どもたちの様子を見たり聞いたり出来ます

  • 泣いたらそこまで

  • 卑怯なことは許されない

大人がそう介入しなくても
年長の子達が理解していますから
この二つを超えてしまう子はいませんでした

小学校のグラウンドに遊びに行くなら大人に声をかけます
大きな川には近づきません
現在と社会の仕組みは違いますけれど安全はありました

子育てと遊び

本は異なりますが、息子はこうした本をよく開いて眺めていました。

ブロックやプラレールも好んでいました。

色鉛筆で黙々と絵を描いたり塗ったりすることもありました。

ノンタンは、私の子育て時代にもあり、子ども用の本棚におさめた
シリーズの一つです

お話をした通り、物がない世界でも遊びはできました
試行錯誤できたこと
子どもが多いから遊び相手がいたのは
恵まれていました

図書室の貸出はまだ行われていなかったので
図書室で読んで帰るのが当たり前でした

小学五年生の自分に何か一つ現代のサービスを教えるとしたら
本が好きな子なので、Kindle Unlimitedに興味を示すかもしれない
そんなことを思うのでした

縄跳びなら、縄をなえる子ですから


「Kindle Unlimited」の無料トライアルもよろしければどうぞ

いいなと思ったら応援しよう!