体罰0を目指しても完璧にはなれず――子どもと育つということ
1980年代当時の努力、完璧ではない育児
子育ては親も成長します
私は末っ子なのできょうだいを見て
覚える面があったので
父に叱られる経験は少なかったです
足が悪く家で療養している期間も長いから
いたずらもしませんし
70年以上前のことです
正座をしているから骨結核発症前です
忙しい父が私の目を見て
真剣に話してきかせた瞳を覚えています
父はぶったり声を荒らげない人でした
母になって
トラガラが2歳になる年ですから
まだ1歳後半の頃に神奈川県に越しました
駅もスーパーも図書館も
バギーを押したり幼児のトラガラを
連れて歩ける距離だから
愛着の有る町です
私は父のように言ってきかせる躾けを選びました
親族からは叩かないのはおかしい
子どもはぶって分からせるものだと
言われ困惑した覚えがあります
言えば通じるのですが
一度だけトラガラが大事にしている
超合金の玩具を数体廃棄したことがあります
現代なら一次ボックスなどにしまい
時間を置いて学ばせるのかと思います
1980年代当時は、情報がなくて
第一子でもあり手探りでした
言ってきかせるにしても
まだ想像して分からない時期です
真剣に叱っても、後から出してくれると
学習させてしまうことを心配し
息子とはいえ他人の大事にしているものを
処分することは辛かったですが
駄目と言われたら駄目であるという
ルールがあることを体験を通して
気がついて欲しいと願いました
ヒカリの場合
両親揃って本気で膝詰め説教です。
しかし、悪意なくルール違反の自覚なく、間違えたのだから、気がつけないことの再発防止は、両親から教わっている「出来ない約束をするな」と矛盾します。7歳、悩んで固まります。
今回のケースに限定して、似た間違えをするなと言われているだけで、7歳に対して二度と間違うなとは言ってませんね。うちの子、頑固だなぁと、若い両親の説教は長引きました。
出典: 『予想通りに不合理』と飴玉の思い出|Trgr / カラストラガラ
URL: https://note.com/karasu_toragara/n/n29f0417bfeae
トラガラはこういう子でした
ヒカリは5つ離れているので兄を見て学習しています
私がヒカリを叱ると
瞬時に「ごめんなさい」と答えます
この子、反省したのかしらと不安に思いつつ、謝れば小言は解散です
トラガラは「僕の小さい時と違う」と解せない気持ちでいたようです
夫も私も親として経験を積んでおり
「子どもはこのくらいする」と分かるようになっていました
この時期の私であれば
トラガラの超合金を捨てずに
他の方法で真剣に伝えることが出来たかもしれません
例えば父の瞳のように
ですから、けっして子育てがうまくいったのではなく
子どもと共に成長することは
例えば私にとってこういうことでした
余談
二人の子が片付けを覚えるようカラーボックスを使い
こうしたスペースを作っていました
幼い子のための本棚のように
縦方向に使っていました
上記は図書館のように絵本を並べられますし、傾斜がついているから
中身が見えやすいのがいいですね
例えばこうした市販の商品にも
時代の進歩を感じます


