『予想通りに不合理』と飴玉の思い出
Audibleで再読しました。現金で無くなると不正への誘惑に負けてしまうことが印象に残りました。
小学一年生の頃、落ちているものを食べてはいけないことも、小学校にお菓子を持っていかないことも教わっており、ルールを守っていました。けれど、まだ7歳くらいだから、「綺麗な個包装の飴が、小学校の下駄箱に落ちていること」も含むことを考えられず、とくに理由もなく友達に「はい」とあげてしまいました。食べてはいけないものを、あげるな……。
両親揃って本気で膝詰め説教です。
しかし、悪意なくルール違反の自覚なく、間違えたのだから、気がつけないことの再発防止は、両親から教わっている「出来ない約束をするな」と矛盾します。7歳、悩んで固まります。
今回のケースに限定して、似た間違えをするなと言われているだけで、7歳に対して二度と間違うなとは言ってませんね。うちの子、頑固だなぁと、若い両親の説教は長引きました。
この例は、抽象的なルールの運用の間違えとか、コミュニケーションの行き違いなど、幾つも反省点があります。
アスリートは厳しい練習の中で、自分にしか分からないけど「手を抜いた」かどうか分かりますよね。『予想通りに不合理』へ話を戻すと、こうした「自分が見てること」がキーワードになると思うのです。
そして、私の飴の失敗の例のように、全てのケースをルールに盛り込むことは不可能だから、倫理が指針になるはずです。ノブレスオブリージュも重要でしょう。強い力を持つほど、社会的責任も大きくなる。そして、不合理で間違える生き物なのだから、倫理などは目的ではなく手段ですよね。
仮に処罰されなくても、自分が見てるからしないことの積み重ねが、誇りではないでしょうか。時間を置いて、また問題意識が変わった頃に、読み返したい一冊です。
部活動
Substack版
"Rereading Predictably Irrational and Reflecting on Ethics and Pride"
https://open.substack.com/pub/trgrkarasutoragara/p/rereading-predictably-irrational
プロフィールと自著
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