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主婦を引退、半生記ぶりに個に戻ること

「車椅子を押してもらうなら、もっと小さなお婆さんなら良かったわね」
「いや、180cmで、85kgからリバウンドして130kgあるので、誤差です」

このように、私達親子は価値観が違います。

海老名市で暮らしていた頃、駅から健康な男性の足で、徒歩で20分前後かかるので
娘の予備校や息子の通勤の送り迎えをサニーで行った時期があります

息子が自転車で通勤したこともありますが、文京区の茗荷谷で残業し
池袋・新宿経由で海老名まで帰ってくるので
親として休ませたい気持ちが強かったです。

6時頃、朝の光、町が目を覚ます頃
夕暮れ。西の空です

娘が発症した2003年以降、息子は仕事が面白いだけでなく
仕事を通して研鑽することに貪欲でした。

だから28歳で心臓カテーテル手術を受けた時に
主治医の先生が「なぜ、あんなに頑張るのか分からない」という
趣旨のことを、息子の心臓リハビリに関して仰っしゃられた時に
私と問題意識が近いお医者様だと印象に残りました。

私は「御身ご大切」という父の言葉が好きです。
「怪我と弁当は自分持ち」とも言います。
息子と娘は、「そのブレーキを踏むのが大変なんだ」と
私に教えてくれたものです。
確かに、自分を意図的に痛めつけることを
息子も娘もいたしません。

これも夕暮れです
車椅子が届いた日に、小田急線に乗せて頂きました。不安なことは何もありませんでした

昨年12/17に息子が救急搬送されました。
その際に、ご心配をおかけし、申し訳ございません。
彼は背が高いので、杖では腰痛が耐えられず歩行器を
使う状態になりました。リハビリがてら、地元を歩行器で歩き
「自分は腕力があるから移動できるけれど、女性は車椅子がいいと思う」と
歩行器ではなく車椅子を提案してくれました。

ストレッチャーで運ばれるくらい、車椅子は馴染みが無いので
とても困惑し、大げさではないかと悩み、けれど息子が
私の希望する機能とデザインと予算の車椅子を
Amazonで探してくれたので、思い切って購入しました。

というのは、帯状疱疹後神経痛がまだ続いており
自転車や徒歩の移動が厳しいことは自覚していたからです。

地元の主治医も「押してもらえるなら(自分で車椅子をこがないなら)いいですよ。
ただし、足の筋肉を落とさないように気をつけて」と、ご助言いただきました。
足が悪く、関節を温存することと、筋肉をつけることを両立させようとしています。

町の公園の冬桜があるので、息子と見に行きました

息子の車椅子の支援を受けて、彼が20代に心身を壊して学ぼうとした
ホスピタリティとは何か、実感しました。

  • 車椅子で電車に乗るための調整

  • 私が萎縮せずに済むように周囲の方への挨拶やお礼

  • 車椅子で冷えることを理解し防寒対策で改善を重ねてくれること

  • 段差にしろお手洗いにしろ、頼む前に提案してもらえることが多いこと

  • 稀に怒ってしまっても動じないこと

  • 行き違いがあれば、何がずれたか説明しても押し付けないこと

夫に爪の垢をと私が言いかけたら
息子は「お父さんは学者馬鹿なので、合わないと思うよ、その爪の垢」と
苦笑いしています

彼のホスピタリティは、私の身になって、先回りして気配りをすることに思えます。

これは息子の専門で、経験もスキルもあることだから
安心して任せることが出来ます。
娘が「友人」になる前に昇天しましたが、
私はそろそろ主婦を引退し
個人として息子と接することが出来そうです。

車椅子は移動の自由を拡張するだけでなく
我々家族の関係性も変える力があるようです。

息子は、ここに私が通える環境を用意してくれたかったようです

図書館はコロナ渦以降行けなくなっていたので、2026年になって出来るようになるとは思ってもみませんでした。
老いることは初めての経験だから、試行錯誤を続けます。

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