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イギリスにおける、ファッションの伝統と改革②(改革編)

前回の記事で、イギリスのファッションの伝統(スーツ)について書いた。

もっとも、イギリスのファッションのポイントは、伝統だけではない。新しい地平を切り開く、改革という要素も併せ持っている。
 
今回の記事は、改革という側面に焦点をあてて書く。特に、ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)は、ロンドンにある有名な店舗を訪れた時の経験も含めて書く。


スインギング・シックスティーズ

歴史を振り返ると、イギリスが世界のファッションに影響を及ぼしてきたことはこれまでに何度もあった。
 
このことは、伝統的な服に限らない。現代のファッションにも、イギリスは多大な影響を及ぼしている。
 
例えば1960年代、ロンドンの繁華街であるSohoのCarnaby Streetを中心として、イギリス文化が世界を席巻した。若者を主体として、ビートルズやポップアートがロンドンから発信された。このムーブメントは、スインギング・ロンドン(またはスインギング・シックスティーズ)と呼ばれている。
 
このムーブメントは、現代の文化にも大きな影響を及ぼしている。
 
例えば、ボブ・ヘアーについて。
 
当時、マリー・クワント(以下、人物名は敬称略)と一緒にイベントを行っていたヴィダル・サスーンが、このヘアースタイルを開発した。新しい時代に伴う、活動的な女性のライフスタイルに合ったヘアースタイルであり、ロングヘアーが一般的であった女性の髪形のイメージを変えた。
 
そして、髪型の変化は、男性にも当てはまる。当時、ビートルズの影響で男性が髪を伸ばすようになり、短髪を中心とした従来の固定的な観念に縛られていた男性の髪型を変えるきっかけになった。
 
髪型の変化について、女性が髪を短く、男性が髪を長くしたことは興味深い。これは男女が、お互いの価値観に接近していった変化と解釈することができるかもしれない。性別の違いにこだわらず、自由な視点から新しい価値観を作り出すことは、素晴らしいと思う。
 
また、髪型の変化と同様に、ファッションも自由になっていった。
 
このことは、クイーンのフレディ・マーキュリーを主人公とした映画作品である「ボヘミアンラプソディー」を見ると、イメージしやすいと思われる。フレディ自身、このムーブメントから強い影響を受けたという(Collins A. Freddy Mercury. Penguin Books: 2020)。
 
このムーブメントと関連する様々な変化は、既成の価値観を打ち破り、新しい時代にふさわしい自由な価値観を創造するうえで、大変有意義だったと思われる。
 
なお、このムーブメントについて知りたい人に、お勧めの映画がある。「My Generation」という、スウィンギング・ロンドンを扱ったドキュメンタリー映画である。
 
筆者は以前、この作品を渋谷の映画館で見て、その華やかで活気があふれる映像に魅了された。こんなにオシャレな流行があったんだと、関心を持った。

パンク・ロックとヴィヴィアン・ウエストウッド

いわゆるパンク・ロックが始まったのはアメリカのニューヨークとされているようだが、パンクのイメージを世界中に知らしめたのはロンドンのパンクだろう。
 
特に、伝説的なパンク・バンドであるピストルズの存在は大きいと思う。今の時代におけるパンク・ロックのイメージに、強力な影響を及ぼしている。
 
パンクについて、技巧に走りがちになっていたハード・ロック等に対抗し、シンプルかつアグレッシブな音楽スタイルを打ち出したことが特徴の一つとして挙げられる。また、政治や社会問題を風刺する、挑発的な歌詞も特徴の一つだと思う。
 
しかし、このムーブメントの特徴は、音楽だけではない。ファッションにも、特徴がある。
 
例えば穴が開いているカットソーや、ダメージ加工された服、安全ピンがたくさんついている服などは、パンクに由来すると考えられる。
 
これらのファッションは、今の時代であればおしゃれと捉えられるかもしれないが、当時のインパクトは凄かったのではないかと思う。
 
こうしたファッションについて影響を及ぼしていたと思われるのが、ヴィヴィアン・ウエストウッドである。ピストルズのメンバーはヴィヴィアンのお店に集まっていた若者たちであり、デザイナーであるヴィヴィアン・ウエストウッドはバンドのファッション関連のイメージに貢献していたと思われる。
 
なお、ヴィヴィアンの服には、今でもこうした要素が残っている。当時は、こうしたスタイルをもっと先鋭化していたと考えればよいのかもしれない。

筆者の思い出と、ヴィヴィアン・ウエストウッド

前回の記事に書いたように、筆者は服に興味を持っていなかった。特に男性服は、多くのブランドでシルエットが似ていて、面白いとは思えなかったのである。
 
しかし、イギリスから帰国後、かつての思い出を懐かしむように、英国と関連する商品などを扱ったお店を見て回っていた時に、ヴィヴィアン・ウエストウッドの服を見つけた。
 
衝撃的だった。
何という、自由な服なんだろうと思った。
それでいて、とてもオシャレだと思った。
 
その後、筆者はヴィヴィアン・ウエストウッドのお店に時折通うようになった。服はちょっと高価だったので、見るだけの時もあったが、それでも楽しかった。
 
今はYohji Yamamoto(ヨウジヤマモト)にもっとも興味を持っているが、それでもヴィヴィアンの服は筆者にとって思い出深い。
 
そして、前回の記事にも書いたように、大学院の卒業から数年後、筆者は再びイギリスを訪れる機会があった。
 
ヴィヴィアン・ウエストウッドには、有名な店舗がある。ロンドンのキングス・ロード沿いにある、このブランドの一号店で、ピストルズのメンバーが集まっていた店舗である。
 
「あのお店に、行ってみたい」
 
筆者は、ロンドンに滞在中、ヴィヴィアンのお店に行くことにした。
 
この時のロンドン滞在では、アールズ・コート駅から少し歩いたホテルに宿泊していた。キングス・ロードまで、歩いていける距離である。
 
筆者は、地図を時折確認しながら、南に向かって歩いて行った。
 
道沿いには、たくさんのお店が並んでいた。レンガ作りの建築物が並ぶ、落ち着いた雰囲気の地域である。午後の散歩に、ぴったりだと思った。
 
しばらく歩いていると、テムズ川に達した。せっかくだから、キングス・ロードに行く前に、この地域のテムズ川も見ておこうと考えたのである。
 
これまでに何度もテムズ川は見てきたが、例えばビッグベンの近くは少し幅が狭いので、この川についてはずっと、そういう印象を持っていた。
 
しかし、アールズ・コートのテムズ川は広かった。周囲には船がたくさんあったが、その理由が分かるような気がした。筆者は、新鮮な気持ちで、しばらく川を眺めていた。
 
やがて、道を少し引き返してから、キングス・ロードに沿って移動した。
 
すると、道の左手に、写真で見た店舗を発見した。

筆者が是非一度訪れてみたいと思っていた、ヴィヴィアン・ウエストウッドのワールズ・エンドである。
 
「ここが、そうなのか・・・」
 
筆者は、その場に立ち、しばらく店を眺めていた。そして、気合を入れてから、店舗に入っていった。
 
入口付近で、左手にあるケースの中にアクセサリーが並べられていた。商品を見ていると、アジア人風の女性店員から声をかけられた。
 
「いらっしゃいませ」
 
あれ?日本語?
 
話をしてみたところ、日本人だという。日本出身のスタッフが、このお店で働いている。ちょっとしたサプライズだった。
 
もう一人の店員さんは、ヨーロッパ出身と思われる、若い男性だった。こちらは生粋のパンクという感じで、ヴィヴィアンの服に身を包んだ姿は格好良かった。
 
店内の奥の方に進むと、ブランドの服が展示されていた。日本で見かけるヴィヴィアンの商品と共通する部分があるが、その一方で少し異なる感じもあり、サイズも少し大きなものが多いと思った。珍しさを感じながら、筆者は店内を見ていた。
 
筆者は、小物を一つ購入することにした。その小物は、ワールズ・エンドというロゴが記載された袋に入れてくれた。
 
筆者は、嬉しかった。音楽やファッションの歴史と深い関わりを持つこの店舗で、商品を購入することができた。

イギリスは、ファッションの国でもある。
伝統と改革の両方で、優れた業績を残している。
今後も、イギリスのファッションに注目していきたい。
 
 
筆者にとって、服は自己表現の一つであり、流行や「常識」に迎合するものではない。自分の感性を信じて、「良い」と思えるものを追求していく。今後も、素敵な服に出会えるように、努力していきたい。
 
 

*長い記事を、ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


*イギリスと関連する記事は、以下のマガジンにまとめています。
 

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