イギリスにおける、ファッションの伝統と改革①(伝統編)
イギリスとファッション。
この二つは、今の時代も結びついている。
歴史的に、女性モードはフランス、男性モードはイギリスを中心に、大きな影響を及ぼしてきた。
例えばメンズファッションでは、背広の語源とも言われているサヴィル・ロウを中心に、高品質の紳士服の伝統が受け継がれてきた。
そして、伝統的な服のみならず、ポール・スミスやアレキサンダー・マックイーンなど、現代のファッションにおける改革者も英国の出身である。
また、女性ファッションについて、例えばヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)が挙げられる。
1970年代に世界各地に広まった、イギリス発のパンク・ロックについて、その魅力は音楽だけでなく、ファッションにもある。
伝説的なパンク・バンドであるピストルズのメンバーは、ヴィヴィアン・ウエストウッドの店舗に集まっていた若者たちだったという。
他にも、ステラ・マッカートニーなど、多くの女性デザイナーが活躍している。
つまり、男女のどちらのファッションにとっても、イギリスは重要な存在である。バーバリーやアクアスキュータムなど、イギリスと関連するブランドは多い。
イギリスのファッションについて、今回の記事では伝統編としてスーツを中心に、いくつかの内容を記す。なお、イギリスのファッションと関連する、筆者自身の経験も併せて書く。
イギリスのファッション(スーツ)の伝統と、サヴィル・ロウ
現代の紳士服、つまりスーツを基調としたスタイルの元祖は、イギリスである。
このスタイルについて、17世紀におけるチャールズ二世の時代に、その萌芽が見られるという(ハーディ・エイミス著、森秀樹訳. ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服. 大修館書店: 2011)。
スーツと関連した服装について、乗馬服が元になっている。
イギリスの貴族は広大な領土を持ち、馬に乗って移動するために乗馬服を着ていたので(ハーディ・エイミス著、森秀樹訳. ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服. 大修館書店: 2011)、このことが関係しているのかもしれない。
イギリス発祥のこのスタイルは、ヨーロッパで人気を博した。
例えば、ドイツの文豪ゲーテやその友人たちはイギリス風の服を着ており、ゲーテの有名な作品である「若きウェルテルの悩み」の主人公のウェルテルの服装も、イギリス式の服装であることが描かれている(ハーディ・エイミス著、森秀樹訳. ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服. 大修館書店: 2011)。
その後、スーツを基調としたスタイルは、フォーマルな装いの典型として、ヨーロッパ以外の地域にも広まっていった。
今では、日本を含めたアジアでも、多くの人々がこのスタイルに基づく服装をしている。
そして、イギリスのスーツの本場と言えば、サヴィル・ロウ沿いにある、伝統的な服のお店である。
サヴィル・ロウとは、ロンドンの通りの名前である。
この周辺の地域の開発に関わった人物の妻であるレディ・ドロシー・サヴィルにちなんで名づけられた(ハーディ・エイミス著、森秀樹訳. ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服. 大修館書店: 2011)。
サヴィル・ロウは、どこにあるのか。
観光目的でロンドンに来ている、多くの人々が利用する地下鉄の駅として、ピカデリー・サーカスが挙げられる。地上に出てからリージェント・ストリート沿いに西へ少し歩いていき、バーバリーの店舗の角で左の路地に入る。そして、右方向へ曲がる通りに行くと、そこがサヴィル・ロウである。
この地域について、最初は貴族とジェントリー、次いで医師と歯科医が多く住んでいた。そして、19世紀になってから、テーラー(服作りの職人)が住むようになっていった(ハーディ・エイミス著、森秀樹訳. ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服. 大修館書店: 2011)。
サヴィル・ロウには、数々の有名スーツ店が並んでいる。オーダーメイドを意味するbespokeの高級スーツは、この分野におけるトップレベルの存在として、紳士服を愛する世界の多くの国々の人々を魅了してきた。
筆者の個人的な思い出と、伝統の服
筆者は、過去にイギリスの大学院に留学していた。
英国に滞在していたのだから、服が好きであれば、サヴィル・ロウを訪れて最高級のスーツを眺めることはできたはずである。
しかし、昔の筆者は、服にあまり関心を持っていなかった。
ブランド等は関係なく、そもそも服自体にあまり興味を持っていなかった。もっとも、滞在していた街のデパートで服を見たり、ロンドンのキングス・クロス駅にあるハリーポッターの店舗でニットを購入したりすることはあったが、サヴィル・ロウについては名前さえ知らなかった。
なぜ、以前は服に興味を持っていなかったのか。
例えば男性服の場合、デザインの単調さが挙げられる。
若い頃、日本で様々なアパレルショップを訪れてみても、多くの場合、商品の印象は似通っていた。生地のプリント等に多少の違いがあっても、全体のシルエットはほとんど同じ。個人的には面白いと思えなかった。
そんな筆者は、日本に帰国後、あるきっかけから服に興味を持ち始めた(このきっかけは、「改革」編の記事で書く)。そして、服について調べていくうちに、サヴィル・ロウについて知った。
祖父から孫へと、受け継がれていくような服。
ちょっとした手直しをすれば、長期間、着ることができる服。
最高級の品質と、長い伝統を誇る服。
そんな服を、是非一度見てみたかった。買うことは難しいかもしれないが、せめて間近で見たかった。
もっとも、筆者は基本的に、スーツがあまり好きではない。何だか、堅苦しいように感じるのである。
しかし、そんな筆者であっても、サヴィル・ロウの歴史ある店舗で作られるスーツは見てみたいと思った。また、筆者が好きなある映画の舞台になったお店があることを知り、そこを訪れたいとも思っていた。
そして、大学院を卒業してから数年後、旅行で再び英国を訪れた筆者は、サヴィル・ロウを訪れることにした。
ターンブル&アッサー
その日、紅茶で有名なフォートナム・メイソンを訪れてから、筆者はまずJermyn Street(ジャーミン・ストリート)へ向かった。
この通りが含まれる地域にも、ファッション関連の有名店がたくさんある。そして、そうした店舗の中でも、シャツで有名なTurnbull & Asser(ターンブル&アッサー)に行ってみたいと考えていた。
この店舗は1885年に創業され、そのシャツは例えば映画の007シリーズの主役俳優たちが着ていたことでも有名であるという。
消耗品ではなく、長く着続けられるシャツを前提に作られており、シャツのオーダーメイドも扱っているらしい。スーツではなく、シャツのオーダーメイドというのは、かなり珍しいのではないかと思う。
白を中心とした外壁と、木材を中心とした厳かな雰囲気。
ターンブル&アッサーの店舗の重厚な雰囲気に圧倒されそうになりながらも、筆者はそっとドアを開けた。
落ち着いた雰囲気の店舗だ。歴史と伝統を感じさせる内装に、シャツやネクタイなどの商品が並んでいる。
「ああ、いかにも英国という雰囲気の、伝統を感じさせる店だ」
こんな風に思いながら店内を見ていると、映画俳優のチャップリンと思われる人物など、こちらの商品を愛した有名人と思われる写真がたくさん貼られていた。
「自分のような一般人が、入ってもよいお店なのだろうか」
一瞬戸惑ったが、それは筆者の思い違いで、実際にはとても居心地が良かった。
お目当てのシャツは、もちろん見た。
美しく、しっかりとした造りのシャツ。試着を申し出る勇気はなかったが、眺めるだけでも満足できた。
ギーブス&ホークス
次に、筆者はサヴィル・ロウに向かった。

そして、Gieves & Hawkes(ギーブス&ホークス)を訪れることにした。
1771年に創業したギーブス&ホークスは、英国でもっとも古いテーラーの一つであるらしい。サヴィル・ロウの入口と言ってよい場所に、店舗がある。
店舗内は、圧巻の雰囲気だった。
ターンブル&アッサーと同様に歴史を感じさせる雰囲気だが、こちらはよりモダンな雰囲気を醸し出していた。
そして、店舗内を歩いていると、マイケル・ジャクソンの写真があった。
恐らくは、こちらのお店の顧客だったのだろう。他にも、英国の軍服のように見える写真もあった。
この店舗でも、その雰囲気に少々気圧されたが、ターンブル&アッサーのお店で少し慣れていたので、ややリラックスして店舗内を見て回ることができた。
背広の、カッティングが美しい。
鋭利で、上品なラインに仕上がっている。
なるほど、世の中に氾濫している様々なスーツとは、格が違うように感じた。
「既製服でも別格の雰囲気を感じるのだから、オーダーメイドで作ったら…」
こんなことを思いながら、店内をゆっくりと眺めていた。
ハンツマン
ギーブス&ホークスを出て、サヴィル・ロウを北に向かって進む。
そして、いよいよ、この日のメインの目的地にたどり着いた。歴史と伝統あるテーラーの店舗である、Huntsman(ハンツマン)だ。

このお店は、是非訪れたいと思っていた。
なぜなら、筆者が好きな映画作品「キングスマン」の舞台の一つだからである。
イギリスと言えば、スパイ映画。
007から続く伝統に、キングスマンが新たなページを書き加えた。
スリルとユーモア、そして感動。これらがバランスよく組み合わされた作品である。
この作品で、スーツは重要な役割を果たしている。
そして、キングスマンの本部があるのは、紳士服の店舗。
ハンツマンの店舗が、撮影に使われているのである。
上記のように、筆者は服が好きだが、スーツにはあまり興味を持っていない。そんな筆者に、スーツへの興味を少し持たせてくれた映画。
ハンツマンの店舗は、是非訪れたいと思っていた。
入り口のドアを開け、そっと中に入っていった。
ハンツマンの店舗は、上記の二つの店舗とは少し異なっていた。
高級感に満ちているが、より家庭的な雰囲気を感じさせた。
おかげで、上記の二店舗よりも、リラックスして店内を見ることができた。
ハンツマンの商品も、上記の各店舗と同様に、とても良かった。
違いを挙げるとしたら、全体としてより滑らかなシルエットになっている。このことが、服に柔らかな印象を与えていると思った。
めくるめく、高級スーツの印象。
筆者の脳内は、服に関する新たなイメージで埋め尽くされていた。
「もう、普通のスーツを見ても、満足できないかも…」
筆者は、このように感じながら、サヴィル・ロウを離れた。
服の持つ力は、凄い。同じ「スーツ」というジャンルであっても、別格の存在がある。服の持つ力を、改めて感じさせられた。
服に限らず、筆者は職人の熟練技で作成された、高品質の物を好む。
そうしたものからは、人間の情熱と可能性が感じられるのである。
このことは、いつの時代になっても変わらない。
世界の一流品を、見るだけではあったが体感できた、素晴らしい機会だった。
イギリスは伝統と改革の国であり、その両者を併せ持つ。
今回の記事は伝統について書いたが、次回の記事は改革について書いた。
宜しければ、是非お読みいただきたい。
*長い記事を、ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
*イギリスと関連する記事は、以下のマガジンにまとめています。
