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生きがいを、友に尋ねてまわる【中年の危機脱出のための悪あがき集】

こんにちは、発達凸凹40代高齢出産母さんのパキムラと申します。
ここしばらく、今私の中で熱いトピック「中年の危機」について書いています。

1年ほど前から数ヶ月前まで下記の状態でした。

・未就学男児2名のこだわりとイヤイヤに振り回されて理性で自分がコントロールできずイライラが止まらない精神状態

・出産後、自分がかつて冷めた目で見ていた部署に異動したものの、そこでも役に立たない状況

結果しばらく前まで、持て余した自分のエネルギーがどんどん自己攻撃的になって、体調不良に陥っていました。
今回も、負のエネルギーループで自己崩壊寸前のお荷物社員となった私が、その沼から這い出るために、どのように悪あがきしたかというのを書いてみます。

前回の記事はこちらです。

また、中年の危機関連の記事をこちらでまとめています。

いつ中年の危機を脱出できるのか分からぬまま、この文章を書いていますので、何が効果あったのかなかったのか、現時点での感想となりますが、現在進行形の中年の危機脱出記としてみていただけると幸いです。


悪あがきその⑤ 生きがい探し

いきなりですが、みなさん、生きがい、ありますか。
生きがい、って平安時代にルーツを持つ、日本独特の言葉なんですと。

生きがいというのは、
①そのために生きている、心の張り合いとなる対象(仕事が生きがいなど)
②「生きていてよかった」「今生きているんだ」と感じるその心の動き

両方を指すそうです。

こうやって書くと、日常で感じるささやかな、でも確かな「生きていることを感じられる一瞬」から、もっと広く「生きる意味、目的」まで幅広い意味を感じさせる言葉ですよね。

 紀貫之も歌に詠んだという「生けるかひ」

もともと第一子妊娠中から、「子どもが私のすべて、というのは嫌だなあ。子どもは望んで妊娠しているけど、結局は自立させるために育てるのだから、私は私の人生を生きたい。でも正直自分の人生と呼べるものは今空っぽだ」と思っていました。
「子育てはものすごく忙しいと聞くから、このまま、また20代の時のように、多忙を言い訳にして誤魔化して生きていくのはいたたまれない」とも。

※子どもの幸せに人生を捧げている方を、否定するわけではありません。
ちょっとこの辺り、普通の方と感覚がずれているかも知れません。
自分では、「パキムラって結局のところ自分のことしか考えてない、どうしようもないエゴイストだな」と思ってるのですが、それは一回ここではわきに置いておきます。


生きがいを友達に訊いてみた:映画を観ること


それで、いきなりなんですが、友達に会うたびに「生きがい、ってありますか?」と訊いてみました。友達がそもそも少ないのでサンプル数は少ないのですが、とても興味深かったです。

学生時代に映画を一緒に観に行ったりしていた友人は「映画を観ること」と言っていました。
彼女は学生時代から映画を志し、自主映画制作などを経て映画業界に入り若い時にいろいろ努力したのですが、希望のポジションは難しいと考えて転職し、家庭を持った人です。
夫も子どもたちも大切だけど、自分はやっぱり映画が好き、それだけを強く思って生きてきたから、映画館で映画を観る時間というのは毎月確保して家族に協力してもらっているということでした。

私が「もう映画を作る側に回ることは諦めたけど、観る側として生きていくのが生きがいと定義し直したのか?」という意味のだいぶ失礼な疑問をぶつけてみたのですが、「そりゃ今からノーランみたいな映画を撮りたい!とかはもちろん無理だけど(笑)。今からだって自主映画を撮ろうと思えば出来るし。映画を観て楽しいと思ったり感動したりすることが私の人生のいちばんの楽しみなのは変わらないから」ということでした。
映画が好きでずっと生きてきた、彼女らしい話だなと思って聞きました。

生きがいを友達にきいてみた:家族を大切に、お店を持ちたい


男の人にも聞いてみました。
彼は、もともと私と同じような仕事をしていたのですが、異業種に転職し、私よりももっとブラックな生活で一気に痩せこけて一時心配したのですが、再び転職して飲食店で働きはじめ、パートナーと結婚し、そのお店の常連さんをはじめ、お客さんやお店のつながりのコミュニティで、すごく楽しそうに過ごしています。

「給料は昔に比べたら正直下がってしまったけど、今がいちばん幸せ。
家族を大切にしたい。今は目の前の仕事に集中しているけど、いつか自分のお店が持てたらなと思う」とのことでした。
昔から愛されキャラで友達が多く、いろいろな仲間から声がかかる彼の、紆余曲折を経て落ち着いた今の言葉は重みがありました。

生きがいを先輩にきいてみた:興味をもったことを楽しむこと

当時ちょうど職種を変えたばかりの先輩にも訊いてみました。
「私、昔から『一生懸命やればモノになるのに最後まで真剣にやらない』っていっつも言われてたんだけど、大きなお世話だと思ってたよ〜。私は、一つのものを真面目に突き詰めてやろうなんて、ひとカケラも思ってない。
いろんなことを人生で経験して「あー楽しかった」って思って死にたいから。正直今仕事辞めても、何かしらやって生きていけると思ってるし。いろんなことをヘラヘラ笑って楽しみながら生きていきたい」って言ってました。

仕事する時はめちゃくちゃ真面目で、気が利いて、お客さんにすぐに好かれる人です。えーそうなんだ!!と思いました。

他にもきいた友達はいたのですが、「改めて聞かれると難しいな・・・」と考え込む人もいました。
今思い出してもすごく良い話を聞けたなと思うので、生きがいを他人に聞いてみることは、空気を壊さない程度にやっていきたいと思っています。
本当は親世代など、歳を重ねた人にも聞いてみたいのですが、親族は関係が近すぎて真剣に聞きづらいのが悩みの種ですね。

友達の話をきいてみて考えたこと

「学生の時から好きだった映画を観ること」
「パートナーや仕事関連の仲間との生活。
 いつかお店を持って、そのコミュニティを提供する側に周りたい。」
「興味を持ったことを目一杯楽しんでチャレンジして生きていくこと。」

どれもなるほどと思ったのですが、自分に当てはめてみると何かしっくりこないところはありました。
そのちょっとした違和感を考えてみると、逆に自分がどう言うものを求めているかが見えてきました。

昔から好きだったもの
彼女のように私の人生これ一本!というものがなくて、なんとなくいろいろ首を突っ込んできたところがある。どれもちょっとした趣味レベルなので、ただ追っかけたり鑑賞したり消費するだけだと私にとって生きがいにならないよな・・・。

自分が居心地のよいコミュニティでの交流
家族は大切だし、願わくば自分が安心できるコミュニティと言うものを持ってみたかったけど、彼みたいに、すぐに友達が出来る社交的才能が無さすぎて、人との交わりそのものを生きがいにはできないな・・・。

好奇心の向くまま、遊ぶように生きること
興味を持ったことにチャレンジするのは参考にしたいけど、仕事も趣味も全て中途半端な自分が許せない人間としては、なんか1本筋が通ったものが欲しいよな・・・。

これらを踏まえて急に思いついたのが、中途半端な趣味の中でも一つ続けられそうな習い事をやってみよう!ということ。長くなったので、このあたりで次回「悪あがきその⑥ 習い事をはじめてみる」に続けようと思います!


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