[掌編]雨、電話、地図
「物好き」と言われるのは普段からだけれども、自分自身に言うことになるのは珍しいことだ。
僕は今、突然の雨に降られ廃ビルの中に一人、奇妙な古い電話機と一緒にいる。
取り合わせは変だけど、何、説明させてもらえれば何の不思議もない。
P県内の集落Qは他所の地方自治体同様、少子高齢化と過疎化が現在も進行している。
その中で、地域の人々の中で若年世代を中心に打ち出した対策として、Qの区域全体を対象に、公共施設や空き家・空き物件などを利用し、様々な美術家に声がけをして作品展示やパフォーマンスを行う展覧会が企画され開催をされた。
集落ぐるみのエキシビジョンと地域の産業振興を図る取り組みは成功したのか、間隔を開けつつコンスタントに回数を重ね、8回目を数えているようだ。
実行委員会は毎回、眼玉にするアーティストを中心に、有名・無名の作家にも声をかけ、同時に県内の美術系学科のある大学の学生にも創作物を募り、毎回、多数の出展作品が公開されている。
僕自身は「物好き」の呼び名は甘受してるけれど、それほど熱心な鑑賞家ではない。
気になるものがアンテナに飛び込んだらそこに向かうけれども、全てが全て波長が合うとも限らない。
相性の問題もあるだろう、こればかりは仕方ない。
毎回の開催の情報は見聞きしているものの、現地に足を運んだのは今回が初めてだった。
公共交通を乗り継いで、鉄道マニアにとっては贅沢な——そうでなければいささか長く感じる列車旅を経て当地を訪れた。
期間内に設置された「総合案内所」に立ち寄り今回のエキシビジョン関連の配布物を受け取り、手近なカフェで軽食を済ませた。
催事のリーフレットをテーブルに広げ、今回の展示作品が配置された地図と対面した。
初回からの形式だが、エキシビジョンでは展示作品を集中的に配置せず、集落の全体に拡散させての展示をしている。
眼玉になる作家の作品は公共施設などの目抜きの場所に置かれたり、招待作品なども住人のいない空き家を改装して展示をしたりしているものの、学生などの無名の作家になるとランドマークの乏しい、現地でも見つけにくい場所に展示されたりしている。
これは冷遇や粗雑な扱いをされているというよりも、若いなりにどこかに抱いた天邪鬼な気質から来ているものもあるのだろう。
準備期間に現地に入り、展示場所を探して圏内を廻り、各人自分のイメージと合致する場所を定めて制作に入る、という。
駅周りの各所にもすでに小ぶりな作品はいくつも見られた。
同時に地元住民による制作活動発表としての「文化祭」も並行されて行われており、場所によっては賑やかな様相だ。
見に来た者は、リーフレットの地図を参照しながら歩き回り、ポイントを探して終日歩くことになる。
そして「物好き」なのは僕なのか作家だったのか。
大学の美術課の生徒による作品を見に、非常にアクセスの悪い場所まで歩いてきてそこで雨宿りをすることになっている。
地図で見ると集落のほとんど縁に位置し、行き来する道も半分林道になっている場所で、そこに設置され現在は使われていない建物だ。
まだ目立った破損はなさそうだが、これから廃墟に向かう、そんなところだ。
本来、再利用などの目処もなさそうだけど、その学生に目をつけられ展示場所になった。
利用するにあたって、差し迫った危険はないだろうと判断もされているし、展示のために一通りの掃除が行われたようだけれども、塗装なども剥げ落ち経年の痕は露わだ。
肝心の作品は建物の全てが撤去されたコンクリの床の上、中央に置かれた50センチ四方の金属板、その上に古い型のエボナイトの電話機が一つ。
それだけしかなく、あとは作品解説のスタンド・プレートが隣に立てられているだけだった。
作家名「———— ××大学造形科3年」
作品名「ロクス・ソルス」
解説「————……」
『ロクス・ソルス』といえばレイモン・ルーセルの小説のタイトルであり、作中の場所の名前だ。
直訳すれば「孤絶した場所」になる。
僕はまんまと彼の目論んだ「作品」に誘われ、突然の雨の足止めで一人、孤絶した場所にいる。
唯一置かれているのはどこにも通じない電話機一つ。
この青年は多くの人々の通うところではなく、ほとんど訪れる者も少ないだろう場所を選んでこういう作品を置いた。
今、ここにいる僕は、「してやられた」と思うと同時に、彼の考えの中にどこか自分と似たものを感じた。
年若いちょっとひねくれた分身が抱く心の中の何かに、多分、僕は共振しているのだと思った。
そしてこの電話と対になるもう一つの電話にはここで降る雨の音が届いている、そんな空想をしてしまう……。
(2025年(令和07)03月10日(月))
[覚書]
「第8回 私立古賀裕人文学祭」 #古賀コン8 「孤高の天才未満」参加作品。
執筆は2025年(令和07)3月9日(日)23:00~00:00の一時間内に「ワンライ(一時間ライティング)」で行いました。
