「人」で回収しないために、「位相」を見る
ここまで「位相」を軸にして、回を重ねてきた。
位相という得体の知れない概念を扱うために、例が分かりやすいように、1on1やふりかえりを用いてきた。今回は、なぜ私がそこまで位相にこだわるのか、その理由をはっきりさせたい。
うまくいかない出来事に出会ったとき、私たちは原因を探す。そしてその原因は、とても簡単に「人」に回収されてしまう。 「あの人がダメ」「この人のこういう理解が足りない」。この説明は分かりやすいが、同時に思考を終わらせる。
「この人がダメ」という結論に辿り着いた瞬間、取れる選択肢はほとんど残らない。人を入れ替えるか、諦めるか。粘り強く人が変わることを求めていくのか。おそらく「この人がダメ」という前提に立った働きかけが上手くいくことはほとんど無いだろう。そうして、状況に対して打てる手が無くなっていく。人で回収してしまうと、人次第になるからだ。この道を選ぶと、そこから先が広がらない。
同じ事象を、別の位相で捉えることもできる。 その人がそう判断せざるを得なかった状況は何だったのか。 そう振る舞う方が合理的になる構造はなかったか。
ここで扱っているのは「誰が悪いか」ではなく、「なぜそうなったのか」という問いだ。 原因の帰属先を、人から状況や構造へと意識的にずらす。これが「位相」を変える、ということだ。そして、変える云々の前に、どういう位相があるのか、誰がどの位相にいるのか、を捉えられるようにしたい。
位相が分かると、問題は修正可能になる。配置(役割やフォーメーション)を変える、前提を変える、相互作用を変える。つまり、行動空間が広がる。「ある特定の人を変える」という発想から離れられる。「特定の人の問題」位相で状況判断を止めてしまうと、まだ打てる手まで見えなくなってしまう。
位相にこだわるのは、正しいあり方を突き詰めるためではない。 「まだ手がある」と思える余地を意図的に残すためなのだ。
