ベトナム・ゲアン省ドールオン(Đô Lương)で何を見る?|歴史・伝統・食・寺院を巡る1日旅

ベトナム・ゲアン省のドールオン(Đô Lương)は、ヴィン市とコンクオンの間にある町です。兵変記念碑、200年以上続く土鍋村、名物の魚の土鍋煮、ホーチミンルート0km地点、寺院、巨大灌漑設備など、歴史・文化・食を一度に楽しめます。
本記事では、ゲアン省ドールオン周辺で実際に訪れた場所をもとに、歴史・文化・食の観点から、この町の魅力を紹介します。
ドールオン中心部|ドー・ルオン兵変記念碑

ドールオン(Đô Lương)の街の中心にあるのがドー・ルオン兵変記念碑(Tượng đài Binh Biến Đô Lương)。銃を掲げた兵士と「1941年3月14日」という日付が象徴的です。兵変って聞き馴染みのない言葉ですが、軍内部の反乱・蜂起を指す歴史用語です。日本で言うと、有名な五一五事件とか二二六事件などが兵変に当たります。
1941年当時、植民地政府側(フランス側)のベトナム軍人が蜂起して、ドー・ルオンの駐屯地を襲撃。その後、ヴィン市方面へ動いて政変の大きな行動につなげようとした事件がありました。しかし、計画が露見して鎮圧され、失敗。指導者のドイ・クン(Đội Cung)らは逮捕されます。ドイ・クンは逮捕後、残虐な拷問を受けたにもかかわらず、最後まで供述を拒み、責任をすべて自分一人で負います。フランス軍は1941年4月24日、ヴィンでドイ・クンと彼の同志10名を処刑。ほかにも、多くの参加者が重労働刑(苦役)を宣告され、流刑地へ送られたようです。
この蜂起は、地元・ゲアンの革命史の中で重要な出来事として扱われていて、ドールオンでは毎年この日付で追悼・記念行事が行われているようです。
200年以上続く土鍋村|ドールオンの伝統工芸

町から10kmほど離れたところにある、土鍋作りの村であるトゥーソン村(Trù Sơn村)にお邪魔しました。200年以上続く伝統的な土鍋作りの村で、今もこうした伝統を守っているのはゲアン省ではこの村だけ。
土鍋の作り方は、原始的かつダイナミック!
手際よく粘土をこねて鍋を形造り乾燥させます。

そして、土を塗り固めた大きな土釜に、乾かした土鍋を300個ほど積み上げ焼き始めます。屋根がないので鍋を焼くのは晴れた日限定。nung lộ thiên(露天焼成)というらしいです。

〆に炉全体に藁(わら)を被せ、炉ごと丸焼きに。
3時間ほど一気に焼き上げ、翌朝まで冷まします。

華やかな模様があるハノイの有名なバッチャン焼きとは対照的に、ここは無地のデザイン。この素朴さなかなかいいですよね。
この土鍋で魚を煮ると絶品だとか。
ドールオン名物の cá kho tộ(魚の土鍋煮)

ドールオンではcá kho tộ(魚の土鍋煮)が名物になっているので立ち寄ったら食べてみてください!正直、かなり美味しいです。
レストラン①Nhà Hàng Lam Nhung
レストラン②Nhà hàng Thành Phượng
土鍋つくり体験を見たい場合
事業者に直接電話(0971283685)するのが一番です。
ただ、ベトナム語オンリーなので、旅行会社に依頼し旅行ツアーに組み込んでもらうか、私に連絡いただければ事業者にお繋ぎします。
ホーチミンルート0km地点とは|ドールオンで学ぶベトナム戦争史

ドールオンの街から北へ15kmほど進むと、ホーチミンルートの起点(0km地点)があります。
ホーチミンルート、みなさんご存知ですか。
ホーチミン・ルート(Trường Sơn/Ho Chi Minh Trail)とは、ベトナム戦争中に北ベトナムが南部の戦場へ人員・武器・食料・医療品などを送り続けるために作った、山岳地帯を通る巨大な補給ネットワークのことです。北側(ハノイ方面)からの物資や人は、中部北側へ運ばれ、そこから山岳地帯へ入っていく必要があったのですが、その“山に入る側の起点”がこのゲアン省タンキーの0km地点です。
ホーチミンルート簡単まとめ📝
①車が通れる道路は約16,700km。
→相当な距離をジャングルに切り開いてます。車が通れる道だけでも、東京〜那覇間を5往復する距離があります。そして凄まじい労力です。
②武器200万トン以上を輸送。人員延べ150万人以上を前線に送り出す。
→私の家の隣に住んでいるお爺さんは元退役軍人で、このホーチミンルートを使ってサイゴン(現ホーチミン市)に行ったと言ってました。
③一方で爆撃や化学剤による被害も甚大で、多くの犠牲者を出した。戦死者2万人以上、負傷者約3万人。
→道路1m²あたり爆弾が5発撃ち込まれた計算になるらしい。壊されては修復&延長を繰り返したようです。
隣接する資料館にはホーチミンルートに関する資料の数々が展示されてます。勉強になります。

ゲアン4大寺院の一つ・クアソン寺院(Đền Quả Sơn)

ラム川のほとりに佇むクアソン寺院(Đền Quả Sơn)。
遡ること11世紀、ゲアンを治めた、リー・ニャット・クアン(Lý Nhật Quang)を祀る廟です。

リー・ニャット・クアンは他の省ではあまり有名ではありませんが、ここゲアンでは超重要人物。
ゲアン省は、夏は暑く冬は寒い。旱魃は起こるし、台風も洪水も多い。そんな自然条件が厳しい地域です。リー・ニャット・クアンは、そんな荒れ果てていたゲアン省を開拓し、農業を広め、外敵から人々を守った英雄として、生前から「聖人」のように慕われていたそうです。
リー・ニャット・クアンが祀られているこの寺院は、歴史も古く、ベトナム国の歴史文化遺跡にも指定されています。

寺院の入り口には、「李室親勲開八葉」、「稟山香炳千秋」の漢文が。
意訳すると、「李朝王族出身で功績を立て、この地を大きく開いた(発展させた)」「この霊地の信仰(香)が絶えず、功徳と名声は永遠に明らかに輝き続ける」という意味らしいです。
余談ですが、ゲアン4大霊験あらたかな神社は、以下の4社。
①コン寺院(Đền Cờn): ベトナムの民間信仰の海の聖母を祀る神社。
②クアソン寺院(Đền Quả Sơn):リー・ニャット・クアンを祀る寺院。
③バクマー寺院(Đền Bạch Mã):黎朝開国の功臣である名将ファン・ダ(Phan Đà)が祀られた寺院。
④チエウチュン寺院(Đền Chiêu Trưng):レ・コイ(Lê Khôi)という、黎朝を作った黎利(レ・ロイ)の甥にあたる人物を祀る寺院。実はこの寺院だけゲアン省の下のハティン省にあります。もともとゲアンとハティンは昔一つの省でした。
それぞれの寺院はまた追って記事にできればと思っています。
ドールオンを一望できるルオンソン寺院(Chùa Lương Sơn)

次は、ルアンソン寺院(Chùa Lương Sơn)。地元民に「あそこの寺院、景色綺麗だから絶対言ったほうがいい」とおすすめされ、言われるがままに訪問。


ゲアン省の平原、平原を悠々と流れるラム川、西(コンクオン方面)に目をやると急峻な山々が連なっています。「僕ってあんな山の中に住んでるんだな」としみじみ。
ドールオンの巨大水路と夕景|ゲアン省を支えるベトナム最大級の灌漑設備

ドールオンには、ラム川の水を広大な田園地帯へと運ぶ、ベトナム最大級の灌漑設備があります。
この施設は、ゲアン省北部の農業を支える重要なインフラで、灌漑面積は29,147ha。これは東京23区の約半分に近い広さで、地域の暮らしと農業を支える巨大な水のシステムです。
もともとは約75年前に整備され、長いあいだ田畑に水を届けてきました。しかし、老朽化によって十分な給水が難しくなっていたため、日本の国際協力機構(JICA)の支援のもと、改修・再整備が進められました。
現在では、農業用水を安定して供給するだけでなく、地域の発展を支える大切な施設としての役割も果たしています。

地元住民からは「夕日がきれいなスポット」として人気のようです。
一度、ドールオンに行かれたら夕日の時間帯に訪問してみてください。
Do Luong Legend Resort|ドールオンの自然体験型リゾート
ドールオン中心部にはビジネスホテルがいくつもありますが、ただ泊まるだけではなく、アクティビティも楽しみたいという方には、Do Luong Legendリゾートがおすすめです。自然体験型リゾート兼グランピング施設で、公式サイトによると総面積100ha超。歩くとかなり広いです。

アーチェリーができる施設があったり、

ヴィラがあったり、

ジップラインがあったり、

近々サバイバルゲーム施設を作る予定もあるらしいです。
今回は立ち寄っただけですが、次は絶対泊まりたいと思います。
お部屋も見させてもらいましたが素晴らしく綺麗でした。

まとめ
いつも通り過ぎるだけだったドールオン(Đô Lương)。
けれど、実際に歩いてみると、革命史の記憶、200年以上受け継がれてきた土鍋作り、土地の食文化がありました。
派手な観光地ではないですが、ベトナムの地方都市の奥深さに触れたい人、ゲアン省をより立体的に知りたい人には、かなり興味深い町だと思います。
ぜひ一度立ち寄ってみてください。
また別の町でも、こうした“通り過ぎていた場所の物語”を探してみたいと思います。
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ゲアン省観光の全体は、こちらのまとめ記事で紹介しています
