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PMIは教科書通りにいかない─M&A第一号案件の現場で学んだ”対話”の本質


はじめに

 このnoteは実際にPMI(Post Merger Integration)を担当した実体験に基づく内容であり、体系的にPMIを整理した教科書ではありません(体系的な整理はM&Aの教科書に譲ります)。n=1として得た気づきや学びを整理したものです。これからPMIを担当する”現場”のマネージャーやメンバーには教科書と合わせて読んでいただけると嬉しいです。

 「PMIは一筋縄にはいかない」ということは教科書でも語られていますが、実際にその渦中に立つと、想像以上に多くのプロセスで”対話”に左右されることを痛感しました。戦略が合理的で、事業シナジーも明確。それでも、PMIとその後の事業が順調に進むかどうかは全くの別問題でした。


このnoteが役立つ人

  • PMIを担当する”現場”のマネージャー・メンバーの方

  • PMIでなくてもグループ会社への出向を命じられた方

  • M&Aをお考えの企業の経営者の方



自己紹介

 株式会社kubell(旧:Chatwork株式会社)ピープルディビジョン 副ディビジョン長の澤井 翔輝です。

 2023年2月に業務委託をはじめ、2023年4月に正社員として入社し、その後すぐにM&A第一号の株式会社ミナジン(2025年7月に株式会社kubellパートナーに経営統合)に出向、セールス&マーケティング領域のPMIを行い、2023年6月に同社でセールス&マーケティング部長に就任し事業責任者となりました。2025年1月より出向解除に伴ってピープルディビジョンで採用・育成・広報を担当し、2026年1月より副ディビジョン長を担っております。

 ちなみに「入社したての人にPMIやらせるとかkubell正気か?」と疑問に思った方もいらっしゃると思いますが、その理由は文末に説明させていただきます。

 このような経歴のため、私が経験したのはセールス&マーケティング領域のPMIです。そのため、この記事は人事領域のPMIではなくセールス&マーケティング領域のPMIの話をメインで行います。その中でセールスのメンバー・マーケティングのメンバーとどう向き合ったのかという組織や人材マネジメントも出てきますが、人事領域のPMIを期待した方はごめんなさい、今回はセールス&マーケティング領域に絞って書きます。


kubellのBPaaSとM&Aの関連

 そもそもkubellが何故M&Aをしているのかを説明します。kubellでは「BPaaS(Business Process as a Service)事業」に取り組んでおり、この事業の立ち上げ・加速のためにM&Aを行っています。2022年12月期の本決算説明資料にて初めてBPaaSのコンセプトを発表し、そのBPaaS事業のM&A第一号がミナジンでした。BPaaSの詳しい説明についてはCSO桐谷の「BPaaSとは」のnoteをご覧ください。

 読み進めるにあたっての簡易的な説明をしますとBPaaSとは、中小企業領域で顧客の業務プロセスをオンラインで巻き取り、業務オペレーションの構築を行い、AIなどのテクノロジーの活用によって業務が完了した状態を納品することを通じて、顧客の代わりにAIの社会実装を行う概念です。

SaaSと対比したBPaaSの概念説明資料

 kubellはBPaaS事業を行うにあたって、自社開発とM&Aの2つのオプションをほぼ並行して事業開発を行いました。後者のオプションとしてM&Aしたのが人事労務領域に特化した「ミナジン」でした(ちなみに自社開発では領域を区切らない「タクシタ(Chatwork アシスタント)」があります)。

 ミナジンは「すべての企業の人事部を担う」というコンセプトのもと、「人事制度構築」「人事評価システム」「勤怠管理システム」「給与計算アウトソーシング」などの人事労務領域に特化した複数事業を持っていました。

 kubellがM&A第一号でミナジンを選んだ理由は、当時BPaaSにおいて同じ構想を持っていたことが大きな理由で、向かいたい方向が一緒だったことで契約締結まではスムーズでした。必要な手続きを終えてミナジンを2023年1月31日付けで全株式取得し完全子会社化を行い、私がPMI担当者の一人として送り込まれました。

 M&A第一号である以上「うまくいった」だけでは不十分で、再現できるか・次に活かせるかが常に問われていましたが、「向かいたい方向が一緒であれば大丈夫」という認識で、前向きな気持ちでPMIを引き受けました。


一般的なPMI

 PMIは一般的にM&A成立後に、M&Aによって目指す戦略的意図を成果として実現するための統合プロセスです。要するにM&Aの目的をちゃんと実現するための土壌づくりがPMIに求められます。そのためには、PMIにおいて以下の要素3つを満たす活動が必要です。

  • 想定したシナジー・成長・効率化を現実化する仕組みを作ること

  • 短期での人材流出・顧客離脱・業績悪化を防ぐこと

  • ガバナンス・意思決定・リスク管理を機能させること

 と、文字にすると簡単そうですが、いざ実行しようと思うとかなり泥臭い作業で、「想定したシナジーを実現しようと顧客の大量送客を行うと、営業員のリソースが足りずにバーストする」し、「想定した成長を実現しようとプロモーションを強めると、想定していなかった広告宣伝費が必要になる」し、「短期での人材流出を防ごうと思うと、組織変更や配置転換などの大胆な変革を躊躇ってしまう」し、「ガバナンスやリスク管理を機能させようと思うと、押し付けと捉えられてしまう」し、色々な問題が同時並行で起こります。いや本当にしんどかったです。


ミナジンのPMIで難しいけど大切だと気づいたこと

 そのようなしんどいPMIですが、難しいことばかりの中で大切だと気づいて実施したことを振り返ります。ミナジンのPMIは100日間でしたが、その100日の間で以下の4つのことが大切だと思ったので、実施した順番通りに振り返ってまとめました。

①事業計画に具体性を持たせること
②向かいたい方向を揃えること
③組織と個人を繋ぐこと
④不安を解消し希望に変えること

それぞれ振り返ってまとめていきます。

①事業計画に具体性を持たせること

 M&Aの時に想定する事業計画は経営目線で書かれているので、具体的な日々の行動レベルまで落ちたオペレーションにする必要がありました。そこで、事業計画をキャッシュ回収・売上発生・受注・受注単価(初期費用・月額費用)・受注リードタイム・商談実施・商談設定・リード獲得と各プロセス・変数に分解してKPIツリーを作っていきました。

 その際には、既存顧客から算出されるLTVと理論的に投下可能なCAC、実態のリソース・ケイパビリティ、追加で投下するリソースとその投下タイミング、及びケイパビリティの拡大タイミングを変数として組み込み、それを踏まえて回収タイミングと複数サービスのポートフォリオの優先順位を決めることで、事業計画に具体性を持たせました

 さらっと書きましたが、使っているツールや言語が異なる中で意思決定に必要な定量情報を整理することも、これはこれで結構しんどかったです。

2023年3月の分析資料:Marketoのリードデータ・Salesforceの商談データ・freeeの請求データを統合して分析

 結果として、マーケティングの毎月の広告費・チャネルなどの設定を現場レベルで判断できるようになったのと、セールス社員が毎日どのように動くべきかを具体的な行動レベルで迷わないようになりました。ファーストステップとして、”現場”で事業計画を具体化させられたことで達成蓋然性を上げることができました。

②向かいたい方向を揃えること

 事業計画に数字の具体化は不可欠ですが、それだけでは十分ではありません。更にその数字に意味・意義を持たせる必要がありました。セールス社員に「毎日6件商談をやってください」と言っても「はい、わかりました」とはなりません。

 最初、単にKPIを分解してメンバーにお見せした時に、「自分たちは親会社のものでない」という冷ややかな視線を向けられたのが今でも大きな反省です。それを解消するためには、その”6件”に意味・意義を持たせる必要がありました。

 その時に立ち返ったのが当時のミナジンのMVVです(kubellのMVVではありません)。ミナジンのミッションは「未来をまもる」、ビジョンは「新たな日本の労務管理スタンダードを創る」、バリューは「良心・成長・お役立ち」です。ミナジンの社員はこのMVVに共感をし入社をし、かつ日々体現するように働いてきたはずです。このMVVと事業計画をリンクさせながら、事業計画の意味・意義を説明することを徹底しました。

ミナジン社員全員に配られていたミッション・ビジョンの解説が載った「ミナジン理念+フィロソフィBOOK」

 結果として、社員の毎日の行動が何を目指していて、何に基づいて行動するのかが各社員レベルで言語化できるようになりました。セカンドステップとして、”現場”で事業計画に意味・意義を持たせることで「やらされている」ではなく「やっている」という意識を持っていただくことができました。

③組織と個人を繋ぐこと

 事業計画が納得感のあるものになったとしても、個人の実行フェーズでは別の壁にぶつかります。個人にフォーカスした際には、更にその数字の達成可能性を担保する必要がありました。M&Aによってリソース・ケイパビリティが急に増えることで、否応なくKPIが量的に増えます。

 先ほどの商談の例で示すと、毎日1商談だったものが急に6商談に増えます。意味・意義があることが分かっても今までと段違いなので、できるかどうか不安になります。

 ここでは徹底的に社員一人一人の個人にフォーカスします。すると個々人でそれぞれ性格・特性が異なり、「まずやってみよう」と前向きに捉える方もいれば、そうでない方もいます。またそうでない方の中にも、徐々に慣れる方もいれば、中々時間がかかる方もいます。その違いを理解しながらお互いに助け合うために、個人ごとにKPIに差をつけました。個々人で見ると短期的には不公平に見えるのですが、組織で見ると中期的には向かいたい方向への到達が着実に進みます。

 結果として、時間が経つにつれて不安な方も「自分にもできそう」と思ってくださって、徐々に組織全体の平均が向上していきました。サードステップとして、”現場”の個々人の性格・特性に合わせることで「変化できる」という意識を持っていただくことができました。

 なお、1点補足で注意が必要なのですが、成果を人事評価で報いることは必要です。そうでないとやっている方にとって不公平で、やりがい搾取になってしまいます。一方で不安のある方を「意欲的ではない」という理由で短期間で評価を下げることは完全に悪手です。不信感が広がって組織としての好循環が回りません。初期の時期はネガティブインセンティブではなく、ポジティブインセンティブを徹底した方が良いと考えています。

④不安を解消し希望に変えること

 事業計画が数字的に具体的で、意味・意義を持ち、個々人に合わせたKPIまで分解されることで、社員全員で達成に向けた動きができるようになります。とは言え全く別の会社同士がくっつく訳なので色んな不安がでます。そのため、最後は一人一人と同じ空間でなるべく長い時間を過ごしつつ、時間をかけて信頼関係を築くことを重視しました。

 出向元のkubellの予定より出向先のミナジンの予定を何よりも優先し、会社イベント・ランチ・飲み会も何もかもミナジンの方に合わせてスケジューリングしました。

 親会社の社員としてではなく、元々ミナジンに入社した社員のように時間を過ごすことで、徐々に「なんとなくの不安」や「なんとなくの不信感」がなくなっていき、一緒に未来を目指す仲間として認識してくださったように思います。

 結果として、事業計画を一緒に達成する仲間としてのチームワークを構築できたと思います。そして、そのままミナジンで事業責任者をやることになりました。PMIの不安を解消しつつ、事業達成をするための希望を持つチームを作れたからだと思います。ミナジンで事業責任者をやった話はまたいつか別の機会に書こうと思います。


PMIの本質は、泥臭い”対話”

 ここまでPMIのプロセスを「①事業計画に具体性を持たせること」「②向かいたい方向を揃えること」「③組織と個人を繋ぐこと」「④不安を解消し希望に変えること」という4つのステップで整理してきましたが、これらすべてを貫く、最も重要な要素が”対話”です。

 PMIにおける”対話”とは、単なる情報の共有や進捗確認ではありません。異なる文化や背景を持つ組織同士が、言葉の定義のズレを埋め、目指す景色の意味を同期させるための泥臭いプロセスです。

 ”対話”が大事と言うのは簡単ですが、実態として私がミナジンのPMIで行った”対話”の設計について、具体的なエピソードを交えて触れたいと思います。

隠れた個別事情を一般化する”対話”

 「①事業計画に具体性を持たせること」においては、机上で数字遊びをするのではなく、顧客と日々対峙している社員や顧客との”対話”に注力しました。「顧客が購入を決めるタイミングはいつか?」「競合と比較した際に価格・機能以外で受注・失注する理由は何か?」「営業資料の中で反応の良いページはどこか?」などの記録されていない情報を吸い上げていきました。

 それをn=1の意見として切り捨てず、リードタイム・受注失注の理由・単価や継続期間などのKPI分解の論拠として一般化していくことで、スプレッドシートで計算される数字に具体性を持たせられます。数字に具体性を持たせるためには、”対話”を通じてn=1を確実に拾い上げることで、隠れた個別事情を一般化できます。

一般論を個別事情に重ね合わせる”対話”

 続いての「②向かいたい方向を揃えること」「③組織と個人を繋ぐこと」においては、逆のアプローチを取るため、組織の方向性と個人のキャリアを接続する”対話”に注力しました。ミナジンのメンバーの個人との1on1で「ミナジンのMVVのどこに共感できるのか?」「MVV、戦略達成のために自身の活かせる強みと弱みは何か?」「MVV、戦略達成のためにどのような障害を取り除くと良いか?」などを探り当てていきました。

 個人にフォーカスをしながら、MVVや戦略の重ね合わせられるところを個別に言語化していきました。そうすることで「やらされている」ではなく「やっている」、「変化できる」という意識を持っていただくことができます。”対話”を通じてMVVや戦略と個人の意思や感情の重なる部分・納得できる部分を探り当てていくことで、押し付けずに一般論を個別事情に重ね合わせられます。

信頼を築く非言語の”対話”

 最後の「④不安を解消し希望に変えること」において最も効果的だったのは、言葉以上に姿勢を見せる”対話”でした。PMI期間中ミナジンのオフィスに常駐し、彼らと同じ景色を見ることに費やしました。

 「いつでも隣にいて、困りごとにすぐ耳を傾ける」という状態を作ったことで、心理的安全性が生まれ、問題・課題が早期に見つかるようになるとともに、仲間意識を持つことであらゆる変化がスムーズに進むようになります。いつでも”対話”ができる状態を作り、”対話”を受け入れる姿勢を見せることで、非言語的に信頼を築くことができます。

 なぜ、私がここまで”対話”の設計についてこだわったかと言えば、それがPMIの本質だと思うからです。PMIは、そもそもM&Aの目的を実現するための土壌づくりを行うプロセスです。そしてM&Aでは、経営資源の統合が発生します。

 経営資源は、有形のヒト・モノ・カネ、無形の時間・情報・知的財産で構成されます。モノ・カネ・時間・情報・知的財産は意思や感情は持ちません。そのため統合によって目指すべき方向性を反映することは比較的難易度が高くありません。一方でそれらの経営資源を調達し・維持し・活用する側の「ヒト」については意思や感情を持ちます。意思や感情を無視してしまったり、粗雑に扱ってしまうと、そもそもM&Aで想定したシナジー・成長・効率化は達成し得ません。

 そのため、M&Aの目的を実現するためには、M&A先のヒトの意思・感情を最大限考えた”対話”が最重要であり、その”対話”を闇雲に行うのではなく、設計しながら行うことがPMIにとって最も重要です。

 kubellでは今後もロールアップ戦略のもと、M&Aを継続して行う予定です。これからも”対話”の設計を怠らず、実際にお互いのリスペクトを通じてM&Aの目的を実現するため”対話”をし続ける。この泥臭いプロセスこそが、PMIという組織の融合において、再現可能な本質的な学びであると考えています。


おわりに

 このnoteを書いたのは、戦略・事業計画という抽象度ではなく”現場”で役立つM&A、特にPMIの知見を共有したかったためです。M&Aには大きな環境変化が伴います。その環境変化を”現場”としてうまく扱いながら、事業や組織が強くなるように設計し、大きな環境変化の中でも、楽しく創造的に働ける方が生まれることを願っております。

 最後になりましたが、私を暖かく迎え入れてくださり、私を育ててくださったミナジンの皆さん本当にありがとうございます。特に代表取締役CEOの佐藤 栄哲さん、本当にありがとうございました。皆さんとの1日1日はしっかり記憶に残るものばかりです。引き続き同じkubellグループとして、kubellのMVV実現に向かって、一緒に頑張りましょう。

2023年7月:旧ミナジン東京オフィスの閉鎖前最終日

ちょっと宣伝

 さて、ここまで読んで疑問に思った方もいらっしゃると思いますが「入社したての人にPMIやらせるとかkubell正気か?」と。私自身も今冷静に考えるとそう思いますが、この冒険心・スピードは非常にkubellらしいなと思います。kubellには「Playful Challenge(遊び心を持ってチャレンジ)」というバリューがあり、冒険心・スピードが賞賛され、会社としても20-30代の若手に機会を提供して育てるという意識が非常に強いです。

 もし興味を持ってくださった方がいらしたらカジュアル面談で意見交換させてください。採用情報はこちらです。最後に少しだけピープルディビジョンらしい宣伝でした。引き続き皆さまよろしくお願いいたします。


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