長編小説「3色だんごの子連れ旅」 3-02
第二話 キメラと戦う三色だんご
(レン、また、ぼくの巾着に入れたんだ……)
朝起きて、そっと枕元の巾着に触れてトレイは思う。
それはトレイとミントにおそろいで作られたもので、赤い糸で丁寧に刺繍が施されていた。紐付きで首から下げることができる。いつも身に付けられるので、なくす心配もない。
中身はとても軽い。
カツンと小さな音が重なる。
音の正体はドラゴンの鱗たち。
ブルードラゴンの青い鱗、それからレッドドラゴンの赤い鱗。
ドラゴンのなかでも四大ドラゴンと呼ばれる希少種の鱗は、ものすごい値段がつけられているらしい。
(この前、武具屋さんでショーケースに入れられていたな)
厳重も厳重、鍵付きかつ魔法陣も施された盗難対策バッチリのショーケースをトレイは思い出した。そこに恭しく飾られていたのは一枚の鱗だ。レッドドラゴンの鱗らしかったが、レンのより淡い色だった。
値段を見て、目玉が飛び出るかと思った。
ゼロがずらーっと並んでいた。
トレイは、自分がとても幸運だと思っている。四大ドラゴンのうち、レンはレッドドラゴン、現在の贄のマリンバというブルードラゴンとは話もしたし、怪我の治療もしてもらったことがある。一緒に旅をしているミントは、幼いながらも実はグリーンドラゴン。とても珍しいドラゴンたちと、こうして話したり、ごはんをたべたり、笑い合ったりしているのだ。
レンはトレイとミントに鱗をあげてから、その後も時々こっそりと巾着に入れているようだった。振ると音が違うからすぐに気づく。
(鱗って、レンの体は人間みたいでつるつるしてるよね……
なら、どこかでドラゴンになって、鱗を取ったりするんだろうか……)
レンは以前、人間の姿で背中に翼だけ生やして飛んだこともあった。そんな風に一部分だけドラゴンに変えることが、もしかしたらできるのかもしれない。
トレイはそっと巾着を胸に抱きしめる。
レンの気もちを抱きしめる。
鱗が一枚増えるたびに、トレイはちくりと心が痛む。
大丈夫なのに。ぼくは、頑張って強くなるから。
守ってもらわなくてもいいくらい、強くなるから。
(どうか、レンが痛いことをしないでほしい)
トレイの横ではミントが腹を出して寝ていた。
ドラゴンは卵から孵化するという。ミントの腹にはおへそは見えない。
すやすやと眠るミント。
大きく開けた口に、牙がちらりと見え隠れする。
トレイはそっと掛け布団をミントにかけてやった。
***
レンは前足を九十度に曲げ、深く腰を落として集中していた。
トレイも体の前に盆を掲げる。守備力を高く強化している栗の木の盆は、敵の攻撃を防ぐのに重宝する。町に立ち寄るたびに魔法で強くしてもらっているので、燃えないし、腐食もしない。
ミントはぼうっと立っていた。彼女は守りの白いローブを着ているので、もし攻撃などがあれば自発的に光って怪我がないよう守ってくれるのだ。
甲高い声で鳴いたキメラが走った。
頭が獅子、胴体がヤギ、尻尾が蛇という、動物園で展示をすれば子供たちに人気がありそうな見た目のモンスターである。
キメラ、三匹。
ここ最近、何度も乗合馬車を襲うということで懸賞金がかけられていた案件で、報告では五体とのことだったが、二体は既に倒され、レンたちがいま戦っているのが残りの三体だった。
獅子の牙がギラッと光り、果敢にもレンに襲いかかってきた。
ダンッ!
レンがわざと大きく音を立てて、一歩、踏み出した。
その初手で大地が陥没した。レンの質量はレッドドラゴンと同等なのだ。
キメラの胴体は一瞬怯んだ動きを見せたが、頭部は獲物を狩る選択をしたらしい。レンに牙を向いた。
レンの両腕に装備したガントレットにキメラがかぶりつく。
防御力の高いそれはキメラの牙をはじき返す。
まっすぐ前を見据えたレンは、自分の体ほどもあるキメラの頭の付け根に、膝蹴りをぶちかました。
キメラの顎がばくんと上に跳ね、胸元ががら空きになる。
躊躇なくレンは横向きに蹴り込んだ。
ものすごい速さでキメラが吹っ飛んだ。
(すごい……! やっぱり、強いな、レンは……!)
レンの戦いを間近で見学しながら、トレイは盆を構えて注意を払っている。もう一体のキメラの尾……蛇の頭がトレイに襲いかかってきた。
(ど、毒……!)
ぐわっと開いた蛇の口。キメラの尾は猛毒を持つ蛇で、口腔内は闇夜のような色をしていた。上顎から生えた二本の長い牙が近づいてくる。
トレイは左目の視力がない。凶悪な魔法使いの攻撃を受け、毒によって目元をやられてしまったからだ。いまは前髪を半分だけおろし、左側を覆うようにしている。光を失った瞳は目の周りがただれていて、目隠しは人と会ったときに気を遣わせないようにとの配慮でもあった。
毒に恐怖心が残ってしまっているのだろう。
トレイの判断が一瞬遅れた。
盆を蛇の前に掲げたが、目を閉じてしまっていた。
「トレイ! ちゃんと見ろ!」
戦いの場では一瞬の油断が怪我につながる。レンは叱咤した。
トレイの盆はきちんと蛇の攻撃を防ぎ、目を瞑ったままエイヤッと前方に押し出した盆がけっこう威力があったようで、蛇は目を回した。
「無理はするな! 下がってていいから!」
レンが、目を回した蛇の首を鮮やかな手刀で二つに分けた。
別にレンはトレイに戦うことを強要はしていない。強くなりたいと体術を教えてくれと頼んだのは、トレイのほうなのだ。
「ミントもぉー、戦うよ!」
「……ほぅ」
テコテコと無謀にもトレイの前に進み出たミントに、レンは半眼になって様子を見た。
【ミントの装備】
武器:なし
防具:白いローブ(守りの加護付き)
——武器、持ってねえ……!
いや、よく見るとミントは細長い草を持っていた。
ペンペン草と呼ばれるアブラナ科の越年草で、葉っぱが小さなハートマークに似た……まぁ、いわゆる雑草だった。
「武器ぃ——!!!」
レンが頭を抱えて叫ぶ。
キメラの攻撃を、ミントの白いローブはほわんと発光したあと、ミントの前に見えない壁があるように光って防いだ。横からの攻撃——キメラの前足は獅子のもので、太い足で蹴るような——も、上部からの攻撃——大きく口を開けて牙で食らいつくような——も、ミントには当たらない。
キメラは慌てふためいているようだった。
ナニコレ、ミエナイ、カベッポイモノ、アルンダケド?
そんな台詞が聞こえてきそうだ。
それでも、諦めることなく何度もミントを攻撃していた。
それを見たトレイが、ミントにしか集中していないキメラの背後にそっと近づき、思いっきり盆を叩きつけた。
ぼぉんっ
盆だけに、情けない音がした。
しかも、その攻撃はあまり効いていなかったようで、キメラがトレイのほうを振り向いた。
オヤ、コッチニモ、ダレカ、イタゾ
注目すべき相手がミントからトレイにロックオン。
トレイは驚きのあまりひゅうっと息を呑む。
「伏せろ! トレイ!」
レンの叫びに、トレイは忠実に従った。
さっと盆を頭に掲げ、地面に伏せた。
レンは跳躍し、真上からキメラの頭部にかかと落としをくらわす。
ゆらりと足元がふらついたところを、ヤギの脊椎めがけて上から掌底を打った。さらに、もう一度肘で脊椎を叩きつけた。
ミントを襲っていた(弾かれていた?)キメラが大きな音を立てて倒れ伏す。ゆっくりと横に倒れ、最後に蛇の尾がぱたりと地に落ちた。
——蛇の首をはねたキメラじゃねぇ!
レンが気づいた瞬間、炎が見えた。
盆を掲げて伏せていたトレイに向けて、背後からもう一体のキメラが火を吹いたのだ。
「…………トレイッ!」
「わぁーっ! トレイィー!」
幸い戦闘地はごつごつした岩肌の平地で、炎が周囲へ燃え広がることはなかった。ミントの位置よりトレイのほうがキメラに近かった。レンはカッと瞳を光らせ、感情のままにキメラを蹴り飛ばした。
「トレイ! ……トレイッ!!」
盆はいろいろ魔力で耐性を付けているため大丈夫でも、トレイは生身の人間である。レンは真っ青になってトレイを抱きかかえた。ミントも――もちろんローブのおかげで無傷だった――急いでトレイの元へ駆け寄った。
「……こほっ。……レン、大丈夫ですよ。炎なら」
レンに抱きかかえられながらトレイは微笑んだ。
胸元にはレンからたくさんもらった鱗がある。巾着に入れられて、あらゆる炎から所持者を守ってくれるから。
「ミントも大丈夫だよぅ」
「お前は特に心配してねぇ」
レンは安堵して息を吐いた。戦いを重ねるたび、ミントの白いローブの防御力の高さにはレンもトレイも感嘆してしまう。人間が祈りを込めて織り上げた至高の逸品。
いくら赤き竜の鱗を渡したところで、レンの不安は消えることはない。
無事を確かめ、レンは二人をぎゅっと抱きしめた。
「……おにく——っ!」
ミントがキメラの失神した姿を見て、たくましい感想を一発かました。
ちなみに、キメラの食用にできそうな部位はおそらくヤギの胴体のみ。低脂肪高タンパクの食用肉としてヤギの肉は価値が高い。
「うん……まぁ、ヤギ……ではないんだがな」
レンは小さくつぶやいた。
尾の蛇に毒が含まれているので、念には念を、たべることは諦めた。
キメラ三体をずるずると町まで引きずって、旅人専用掲示板のある場所にて討伐依頼の完了報告書と納品書というものを作成した。それから懸賞金を受け取り、代わりに領収書を作成した。
レンの人間生活も長い。書類作成などはお手の物だった。
これで旅の路銀にはしばらく困らない。
どんどん人間らしく生きていくレッドドラゴンのレンであった。
(つづく)
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