長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-15.5
番外編 2-15.5 The rain teaches me.
ハープの氷柱が粉々に砕け散り、聖地マリンリズムにはブルードラゴンの加護がなくなった。太古より続いてきた四大ドラゴンからいただく加護は、ドラゴンの種族によって異なり、ブルードラゴンのそれは「恵み」だった。
ミントはひとり、宿屋の玄関の外でぼんやりしていた。
いつも一緒のトレイはベッドで寝ている。
目の傷がまだ癒えないからだ。
出会ってからずっと、それこそ四六時中一緒にいたトレイがいない時間はどこか物足りなく、さみしくて、ミントは立ち尽くしていた。枝で土に絵を描こうか、石でも蹴って遊ぼうかという気もちさえ、湧かなかった。
とはいえ、ミントにはたくさんの命がきらきらと瞬くのが見えている。グリーンドラゴンの深緑色の瞳は透き通る宝石のようで、魔力が高いと言われているミントは、ぼんやりしているようにみえて、実はたくさんの「人には見えない存在」を映し出していた。
「悲しいの?」
ミントが尋ねたのは、ほわほわした綿毛のような妖精だった。
また別の妖精も弱々しく瞬きながら飛んでいたので、ミントは
「あなたも、悲しいの?」
と尋ねた。
声が聞こえる。
小さな、優しい、優しい、水の調べのような声。
「だぁれ? ……え? うん、そうだよぉ。ミントはね、グリーンドラゴンなんだって言われているよぉ」
通りを歩いている人はほとんどいない。贄が亡くなり、追悼の雫と呼ばれる雨がさあさあと降り続く期間、わずかな間だけだが、人間たちは贄に感謝の意を捧げるために外出を控えるのだ。
ミントの独り言を聞いているのは、人間ではない存在たち。
「雨さん。いっぱいいるねぇ。すごいすごい。雨さんがみんな、気もちがあって、ここをいっぱい守ってくれているんだねぇ」
白いローブを着たミントは両手を大きく広げ、空に向かって顔を上げた。
「雨さん、お名前があるんだ。……ふぅん、ありがと! 教えてくれてぇ」
ミントの両親は、おそらくグリーンドラゴンの聖なる森のどこかにいる。顔も覚えていない。気がついたとき、ミントは人間の女の子の姿で森に寝っ転がっていて、お腹が空くので木の実や葉っぱ、きのこに花などいろんなものをたべてきたが、それでもお腹はぐうぐう鳴りっぱなし。
「ミントねぇ、レンっていうレッドドラゴンに助けてもらったんだよぅ。お肉を取ったから怒って追いかけてきたモンスターから逃げてたらね、レンがミントを抱っこしてくれて、それでお肉も焼いてくれたんだよぅ」
雨は止まない。意気揚々とミントは話を続ける。
「え? この白い服? うん、そう、ローブって言ってね、優しい人間たちが祈りを込めて作ってくれたものなんだって。ミントを痛くしたり、怖いことしようとする奴にはね、壁を作ってミントに触れないようにしてくれるんだよ!」
雨に説明しながら、ミントはふと気づく。
レンが最初に抱っこしてくれたのは、優しい気もちがあったからなのだと。それに、トレイがミントの手をぎゅっと握ってくれるのも、迷子にならないようにとか、一緒にいようねって言う気もちがあったからなのだと。
着ることにより、相手の本性――正か偽か――が分かる。
生き延びよと願い賜われた偉大なるローブ。
すると、雨はほんのりとミントにささやいた。
――だいじょうぶよ、あなたは守られている……
――いつかきっと、何かを守れる存在になれるわ……
グリーンドラゴンは守りの加護を持つ四大ドラゴン。
「……あのね。ミントはレンみたいにかっこよく戦うことはできないよ。たべて、寝てばっかりで、トレイみたいにレンを助けることも、全然うまくできないんだ」
それでも。ミントは雨の雫たちから受け取った言葉を胸に刻んだ。己にもできること、己にしかできないことがあるから、いつかきっと……。
「ありがとう。ハープさん。いろんなことを教えてくれて! ミントはハープさんみたいに百年かけて悪いものを治すお水を作り続けることはできないけど……。でも守る力はたぶんあるような気がしたよ! だってミント……」
きらきら漂う光の屑たちに囲まれながら、ミントは両手を広げてくるりくるりと舞い踊った。
「絶対に、守りたいひとがいるから!」
ドラゴンと人間は寿命が違う。
いつか来る別れは避けられないけれど。
「だいじょうぶだよ、ハープさん!
ミント、レンのこともトレイのことも、ちゃんと守るもん!」
そう言って、ミントがちらりと二階を見上げると、
『ありがとう――』
という声。そして、雫たちがそっと微笑んだ。
水は
天から降り落ち、地に染みる。
そして生命を育み、
さまざまな生物のからだを通ったり、通らなかったりして、
再び空へと還っていく。
循環する営みの、すべての水が清らかなるものであれば
加護を受けた大地、草花、生命、すべてが
時間をかけてゆっくりと浄化されていく。
いまこの瞬間は変えられなくとも
長い歳月をかけて成し得たいと願うことを
贄は、贄にしかできないのならば
喜んで其の身を差し出しましょう。
太古の民話によると、ドラゴンは寂しかったのだという。
怖がられ、畏れられ、ひとりぼっちだった。
ねぇ、わたしと友達になって?
その代わり、加護をあげましょう。
一緒に、ごはんをたべたり、踊ったり、歌ったりしましょう。
ありがとう、助けてくれて。
ありがとう、一緒にいてくれて。
いつまでも、お友達でいてくれる?
助け合う本性が正か偽か。
それは、誰にも、決めることなどできやしない。

(つづく)
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