見出し画像

長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-8

 背の高いレンには窮屈そうに思えるほど神殿の通路が狭く、細くなっており、参拝客はすれ違うだけでも一苦労なほどだった。通路の石壁には苔がびっしり生えていて、しっとりと湿っている。
 石畳の道は一本だけなので迷うことはない。

 途中、すれ違った女性二人が小声で、
「……ね、あれ、すごかったね……!」
「……そうだね!」
 と話しているのをトレイは聞いた。

 水の流れる音がさっきからずっと聞こえるのだが、だんだんと大きくなってきた。滝のように激しい。

「滑らないように気をつけろよ、特にミント」
「あい」

 ミントは歩きながらいろんな方向を向いていた。
「あ、ピクシーだ」
「お、透明なちょうちょだ」
 などと、トレイには見えない何かを見つけ、手を振っていた。

 ザザザザザ…………
 ドドドドド…………

 ブルードラゴンのにえを祀る神殿の最奥部。ずっと歩いてきた狭い通路から急にひらけた空間が出現し、天井が見えないほど高いその場所に足を踏み入れた瞬間、ミントは口をまんまるとし、トレイは目を見開いた。
 レンだけが無表情だった。

 大きな空間の奥の壁には床から氷の柱がそびえ立っていた。柱というか、一枚の壁画のようだった。その壁には水の粒や小さな魚たち、泡などがいまにも動き出しそうな感じで見えており、中央に長い髪の女性が佇んでいた。

 水色の髪がゆらゆらと波に漂い、ウェーブを描きながら足首よりも長く揺らめいている。が、動くことはない。動き出しそうなのに動かないので、写実絵画のようにも見える。
 目は閉じられて、両手はふんわりと胸の前で合わさっていた。純白のドレス、女性の美しさにトレイは思わず近づいていく。布地が天井からの淡い光に照らされ、煌めく。

 美しかった。

 何も言葉を発することなく(ミントすら)ふらふらとトレイとミントは氷柱の近くへ歩み寄っていった。炎に向かっていく蛾のように。

——髪が、肌が、体が、こうやって薄くなっていくんだな……

 氷柱を睨みつけるレン、腰に手を当てて贄を……ハープを凝視していた。
 ハープが贄となって十年ほど経ったころ、レンは一度迷ったけれどここへ訪れていた。話すこともできないハープを見ることは恐怖だった。見たら、膝からくずれ落ちて二度と立ち上がれないかもしれない、そう思った。

——あのときの髪や体は、もっと鮮明だった……

 強大な魔力をもった四大ドラゴンが贄となる。贄柱、と呼ばれる空間で儀式を行い、いま見ているハープのようにその瞬間の「時間」が止まる。そして、贄の魔力はひたすら人々の支えとして使われ続ける。ハープの魔力の結晶でもある水は、この空間では下から上へと流れていた。氷柱のある壁、それ以外の三方の壁には、絶えず水が天へと延びており、重力を無視した不思議な光景が、贄の圧倒的な偉大さを現していた。

 レンは気づいた。氷柱の壁のすみにいる人影に。
 黒いローブをかぶってうずくまっていた。
 地に膝をついて祈りを捧げているだけなのかもしれない。

——何か情報を仕入れなくては……

 レンが黒いローブの人影に近づいていった……。


   ***


「なぜ、ハープが贄にならなければならないんだ」

 遠いむかし、満天の星空の下、小さな島で二人で肩を寄せ合って話したことがあった。レンもまだ年若いころだった。若いと言ってもドラゴンなので、人間にとってはあり得ない年月を生きてきたわけだが。

「まぁ、レンは反対するの?」

 レンの隣でハープがゆったりと微笑んで問う。ふあふあのまつげに縁取られた濃紺色の瞳は、咎めるというよりレンの発した言葉を楽しんでいるように見えた。

「反対って言うか……。いや、まぁ、ハープがこうと決めたんだったらおれには何も言うことはねぇけど……」
「でしょう? 優しい、レンは。わたしの気もちを尊重してくれる」

 ハープはそう言って、空を見上げた。
 贄の儀式まであとすこし。その日は最後に会える日だった。

 ハープが贄になれば百年はもつ、だが別のブルードラゴンが贄になれば五十年、六十年で次に交代するしかない。石碑には別の誰かの名が刻印される、ただそれだけのことなのだ。

「……きっと、わたしが贄をしません、って言ったら、他の誰かが贄になっている間、ずぅーっと自分を許せなくなってしまいそうになる」
「ハープが自分を責める必要なんてない。……気もちは、分かるが……」
「うん……そう……。『しません』って言うこともできるの……」

 ほんとうは、レンのそばにいたい。
 ほんとうは、レンと空を飛び続けたい。

 その気もちは自分だけのもの。求められているのはそういうことではなく、より人間のため、より多くの幸福のため。ブルードラゴンを崇めてもらうため、種族のこれからのため。

「ねぇ、レン」
「なんだ」
「この世界は、ほんとうに良くなっていくのかしら」

 ハープはいつだって、願う。

『どうか、どうか、皆が心穏やかになりますように』

 世界中の空をハープと旅をした。人間が暮らす町に降り立つことはなかったが、空をのんびりと飛べば、レンたちを見た子供たちは「あーっ! 赤と青のドラゴンがいるぅ!」と目を輝かせたものだ。

「分からん」

 レッドドラゴンの巨体から人間の姿へと変化させ、ミルキーピンクの髪となったレンは、赤鹿のレザーアーマーすら装備することもなく、ハープの隣で砂浜に腰掛けていた。

「分からんが……ハープの願いが叶うよう、これからおれはこの姿で旅を続けようと思う」

 くすくすとハープは小さく笑う。
 笑いながら、ぽっと一粒の涙がこぼれ落ちた。

「……ごめんなさい、レン。一緒に、いれな……」

 最後の言葉は紡げなかった。ほんとうの気もちを口に出すことはできない。真実は最期の一瞬まで隠し通したまま、自分にしかできないことを精一杯頑張るしかない。迷っていてはだめなのだ。

 レンは泣き崩れたハープを優しく抱き寄せる。

 ハープの使命を、世界への願いを、後世に残したい希望を、すべてをまるごと包み込んで、レンは最後の逢瀬を大切に味わう。

 星空は見ていた。
 その星たちもまた、遠い遠いところからの瞬き。
 世界は流転する。

 静かに波打つ砂浜。

 二つの影がひとつに重なった。


(つづく)


次のお話はこちら↓

「3色だんごの子連れ旅」マガジンはこちら↓

#小説 #ファンタジー小説 #連載小説 #長編小説 #ライトノベル #私の作品紹介 #創作 #育児 #家族 #ドラゴン #魔法 #命 #食事 #旅 #おやつ #食物連鎖 #3色だんごの子連れ旅

いいなと思ったら応援しよう!

pekomogu 数ある記事の中からこちらをお読みいただき感謝いたします。サポートいただきましたら他のクリエイター様を応援するために使わせていただきます。そこからさらに嬉しい気持ちが広がってくれたら幸せだと思っております。

この記事が参加している募集