長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-9
レンは驚愕した。
たべていると事実を受け止めるまでに数瞬の時間が必要だった。
目の前の彼、もしくは彼女は、たべていた。
ガリガリ、ボリボリ、硬いものをかじる音。
カッと脳が沸騰し、あとから怒りの感情が襲いかかってきた。
ガツン……ッ!!!
レンの横蹴りが空を切り、黒いローブを纏った相手には当たらず氷柱に当たった。鈍い音がして、レンは慌てて足を戻す。外したと思ったときにレンが力を加減したため、氷柱にはそれほどダメージはなさそうだった。
「……てめぇ! 神聖な贄の柱に、なにしてやがるッ!!」
レンの叫びに、ハープを見ていたトレイとミントが驚いて振り向いた。
黒いローブの相手——仮に男だとする——は、恐ろしく素早い動きで後退し、音を立てずにレンの真後ろまで周り込んだ。
さっ、と黒いローブの男が片手をあげ、反対の手に持っていた杖——先端に天秤を模した装飾のある長い金属製のもの——を下へと振り下ろした。
シャン、シャンッ
軽い音がして、杖から岩が現れた。
わずかに地面から浮いた足元にふわっと円状の魔法陣が浮かび上がり、光り輝きながら煩雑な紋様を描きはじめた。
「我の、食事の時間を、邪魔するな」
黒いローブの男が言った。抑揚のない声がひどく不気味だった。
「……っと」
岩が数個、すごいスピードでレンへと飛んできた。
レンは避けずに両腕のガントレットで岩を受け止める。
それを見た黒いローブの男は「ほぅ」という口をし、ニヤリと笑って後退しつつ、今度は杖から光線を発射した。
光線が石畳の床に当たってジグザグに削り裂いていった。
小さな破片が舞い散る。ミントがとっさにトレイの前に進み出ると、ミントのローブが光り、しっかりと小石から身を守ってくれた。レンも二人をかばうように小石を手で払い除けた。
「食事の時間って、おめぇ、氷柱を食ってただろ! これは食いもんじゃねぇぞっ! ジュースに入った氷みたいにボリボリ食うなっ!」
レンが男に向かって怒鳴った。男は肩をすくめ、
「別に何をたべようが、貴公には関係のないことだ」
と言った。杖からはずっと光線が出ており、レンたちの周りの石床はボロボロと崩れ、砂や石で辺りは霞んでしまっていた。
光線を避けながらレンたちは後ろへと下がっていったが、ついにこの神殿の最奥部の部屋のすみへと移動してしまった。黒いローブの男とはかなり距離が離れてしまっている。
ドドンッ、ドンッ、ドンッ……!
さらに追撃があったので、レンは両脇にそれぞれミントとトレイを抱え、大きく跳躍して攻撃を避けた。
「ハックションッ!」
砂塵で鼻がムズムズのトレイがくしゃみをした。
くしゃみのとき、頭を前方に傾けたおかげで光線に当たらずに済んだ。
「ひっくちゅっ!」
ミントもくしゃみをした。
くしゃみのとき、ミントの白いローブはほんわりと光り、当たる予定の小石が直前に防がれた。
レンは後ろをちらりと振り返ってから、氷柱とは違うほうへと跳躍しつつ移動したのだが、光線は構わず柱の表面をえぐった。氷の欠片が輝きながら空中へと舞い散る。
そこを黒いローブの男の腹部から、とんでもなく大きな「口」が長く伸び、欠片をおいしそうにのみ込んだ。
ガリッ ゴリッ ガリッ
「うわぁぁあ! 氷がぁ!」
トレイが思わず叫んだ。レンはキッと男を睨む。
「…………お前、また……!」
身を翻して光線から距離を取ったレンは、赤い瞳を光らせて怒鳴った。
「……ここはっ! 飲食厳禁だっ!」
抱えられていたトレイはきっぱりと言い切ったレンを見上げた。
(そこ?)
シャン、シャン、と黒いローブの男が杖を振りかざすと、今度は炎の渦が飛び出してきた。レンはトレイとミントを抱えつつ、不思議な壁——清らかな水が下から上へと流れている——から突き出た岩に上手に足を乗せながら、炎を避けて飛んだ。
くるんと空中で一回転して炎から身をかわす。
「うひゃぁああ————!」
「きゃぁ————!」
トレイとミントは目が回った。
ぐるぐると旋回しながらトレイが男を見ると、いつの間にかレンは男に急接近していたらしく、にたりと口角を上げた腹部が眼前に現れて、トレイは息を呑んだ。
男の腹にどうして口があるのかは分からない。
しかもその腹がどうして勝手に動くのかもわからない。
腹の大きな口がパカリと開いた。
トレイやミントが知っていればの話だが、その口にはまるで鮫のような小ぶりで鋭いおびただしい数の牙がずらりと並んでいた。
「わぁあぁああ————!」
さっきからトレイは叫ぶことしかできていない。
これじゃあほんとうに自分はレンのお荷物だ、と涙まで出そうになる。
男が言った。
「飲食、厳禁……? 何ゆえ貴公がそのような定めを口にするのだ」
「神殿の出入口に書いてあっただろうがっ!」
「さぁ、そうだったか」
「書いてある! お前みたいなルールを守んねぇ奴がいるから……」
レンは男の頭を踏みつけて大きく宙に舞った。
そのまま足のかかとに全体重を乗せて叩き込む。
「子供の教育に悪いだろうがぁっ……!!」
男の頭部がなすすべもなく石床に叩きつけられ、地面が大きく陥没した。
トレイは心のなかで思う。
(目の前で思いっきり暴力シーン、見てるよぉー!
レン、これは教育には悪いんじゃないのぉー?)
反対側の脇に抱えられているミントを見ると、目を回してひっくり返っていた。そっと優しく地に降り立ったレンは、そっとトレイたちを降ろした。
「ん? ミント、なんで目を回してんだ?」
トレイはミントを抱きかかえる。背中には自分の荷物と盆を装備しているので、おんぶをすることができない。横抱きにミントをかかえ、レンの邪魔にならないよう大急ぎで壁側に逃げた。
足がふらふらする。
いつもあんな風に身軽に戦っているレンは、ほんとうに強いんだなぁと感嘆しながら走った。
辺りは静寂に包まれた。
緊張感がほっと解けると、さっきまで聞こえなかった水の音が再び聞こえてきた。トレイは頭をぷるぷると振って、砂塵を落とす。
男は一体何者なのだろうか。
レンのかかと落としの一撃はかなりのダメージのはずだった。
大地にできたクレーターの中央に、黒いローブの男がいた。
もぞ、と動いた。
「……生きてるな。お前、もしかして……」
心当たりのありそうなレンが、胸の前で腕を組みながらつぶやいた。
トレイも気づく。
町でたらふく三色だんごをたべ歩く前に聞いた噂を。
『ダーク・ウィッチはヒュドラをたべたらしい』
ヒュドラとは、数種類のブレスを吐く凶悪なモンスターとしても有名だ。
ドラゴンのように巨大な体躯、首が複数に分かれており、首をはねてもすぐに復活するという脅威の再生能力を持つ。電撃や炎、毒のブレスを吐くなど、とにかく手強いモンスターだという。
それをどういうことかたべた。うまいのか? とレンは小首をかしげていたが、トレイはぶるりと身を震わせた。
トレイは先ほど見た、男の腹部の大きな口を思い出す。
自然とミントを抱きしめる手に力がこもった。
(レン、気をつけて……!)
レンと男の激しい戦いによる揺れのせいか、天井から一本、氷のつららが落ちてきた。それはひゅるるると真っすぐに落ち、トレイの背負っていた盆に当たって、氷菓のように粉々となった。
(つづく)
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