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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-8

 パチパチと火のはぜる音がする。
 トレイの希望で、頑張亭がんばりていの近くで野営をすることになった。
 レンが起こした焚き火で干した肉を軽く炙ってやわらかくし、持参した黒いパンの間に挟み込む、野営サンドイッチスタイル。茶葉を目の細かい袋に入れた状態で湯に落とし、すこしでも温かなのみものを腹に入れてあげようと試みた。野菜が足りん、とレンは思い、乾燥状態の野菜を固めたものを、別の鍋で湯とともに混ぜ溶かし、芋から採った粉でとろみのあるスープに仕立ててみた。

「食え」

 オークが人里を襲うのは決して珍しいことではない。町や里から近い森の奥深くにはモンスターの集落があるのだし、食糧事情などが変わればモンスターは否応なしに人間の住処を襲ってくる。

「おれにはこれしかできん。だから食欲がないかもしれねぇが、食……」
「ごめんなさい。たべます……っ!」

 トレイは慌てて皿に入れられたパンを頬張った。
 もぐ、もぐ、と口を動かしながら、両目からぽたりと涙が流れた。
 ミントすらトレイのいつもと違う様子に口をつぐみ、黙って自分のパンをたべていた。

 うっうっうっ……と嗚咽がはじまり、顔をくしゃりと歪ませて、泣きながらトレイはパンをたべていた。自分を雇ってくれた優しい店主、その人を失った深い悲しみは、本人でない限りほんとうに理解することはできない。

 黙々とたべているうちに、やがてトレイは身のうちをそっと語りだした。


   ***


《トレイのおはなし》

ぼくは、実は、奴隷でした。

……って、レンさん、そんな驚いた顔をしないでください。
小さいころの話です。
ホールスタッフになるまえの。

ぼくのいた村では、奴隷になる人は多いんです。それがぼくたちのやり方だったので、別におかしいことではないんです。

ぼくは、頑張亭がんばりていに入るまえは、ずーっと奴隷として生きてきました。
誰のかって? えっと、コボルトです。
えぇ、モンスターのコボルトです。
犬みたいにふさふさした毛があって、目とか口元もかわいくて……。
性格も温厚なんです。時々、気性の荒いやつもいましたが、それでもコボルトたちは皆穏やかで、のんびりと暮らしていました。

ぼくの村はとんでもなく貧しくて、でもコボルトたちと縁があったんです。

むかーし、別のモンスターに襲われていたところをコボルトたちが助けてくれたことがあって、それで感謝の気もちにと「お手伝いさん」をコボルトの集落に贈ったことがありました。そのうち「お手伝いさん」ではなく「奴隷」という呼び名になりましたが、お互いが奴隷のおかげでにこにこになったんです。
奴隷って言ってもムチで叩かれたり、腐ったお肉を無理に食べさせられたりすることはなくて、手先の器用さのいるお仕事を、コボルトの代わりに人間がやってあげる、そういうことをお願いされてきました。
食事とか、お掃除とか。
たまにコボルトの赤ちゃんを抱っこして子守するのもやりました。
かわいいですよ、コボルトの赤ちゃん。

そう。それで、奴隷として村から離れるのは決まって子供たちでした。
大人を奴隷としてコボルトたちに引き渡すより、子供のほうが食事量がすくないから、というのが理由だと教えられていました。
でもほんとうは、村で子供たちを育てられるだけの、お金がなかったからなんだと思っています。コボルトたちは子供と引き換えに、お金を村に渡していましたから。
親元を離れ、コボルトのもとにやって来た子供たちは、もちろんぼく以外にも何人かいて、助け合って皆で暮らしていました。
ぼくたち奴隷には名前もなくて、特にぼくは手先も器用なほうじゃなかったけれど、赤ちゃんはとっても懐いてくれて……。よく子守をしてあげました。

環境のせいなんでしょうか。
のむ水も、たべものも、あまり豊かではありませんでした。
村にいても貧しかったですが、コボルトと暮らす生活もまた、貧しい。
ぼくと一緒に奴隷になったほかの子供たちは、皆倒れてしまいました。

生き残ったのは、ぼくだけになりました。

コボルトたちは、泣いているぼくを慰め、やさしく寄り添ってくれました。それでまた笑うこともできるようになったんです。

……また、家族をなくしてしまいました。
そうですね、そんなことも言ってしまったかもしれません。

ある日、ぼくのいるコボルトの集落に、オークの群れが襲ってきました。
ぼくは視力がとてもいいので、見張りのお仕事もよくしていました。
一番仲が良かったコボルトと、その子供……赤ちゃんをおんぶして、高い場所で見張りをしていると見えてしまったんです。

オークたちが、川に何かを流しているのを。

川の色はなんだかおかしな色になってしまいました。
毒だ、と気づいたぼくとコボルトの父親は、急いで皆のいる場所に走っていきました。でも、間に合いませんでした。毒か何かで動けなくなったコボルトたちを、オークの集団がどんどん倒していっていたんです。

……。

……ミント、大丈夫ですか?
あまり聞かせないほうがいいのかもしれません。
って、あれ? ミント、もしかして寝てますか?
なら大丈夫ですね。
レンさん、じゃあ、続きを話しますね。

ぼくと一緒にいたそのコボルトの父親は、ぼくに赤ちゃんを託しました。
できるだけ遠くに。逃げろ。この子を頼む、と。
そんなふうに手で示して、ぼくと赤ちゃんが逃げられるようにしました。
自分が囮になったんです。
ぼくは逃げました。走りました。
振り向かないで逃げて、オークが登れないくらい高い木に登り、それで様子を伺いました……が、やはり父親はダメでした。

夜、疲れてしまい、木のうろで丸まって、ぼくたちは眠ってしまいました。
起きたら抱いていた赤ちゃんがいませんでした。
……あぁ、そうです、そうなんです。
レンさんの言う通り、赤ちゃんは戻ったんです。父親のいるほうに。
そして、そして……。
そのまま、帰らぬコボルトとなりました。

ぼくを奴隷として育ててくれたコボルトたちは、皆いなくなりました。

ぼくはそのあと、むかし暮らしていた村にも行ってみました。

もう、レンさんなら、分かるんじゃないでしょうか。
ぼくがいた村。そこも既にオークによって、壊滅させられていました。

それから討伐隊ができたそうですね。
オークの数が、被害が、あまりにも多くなって。

……でもぼくには分からない。
オークの群れを見ました。そこにも、子供らしき小さいオークがいました。

皆、家族がいる。

どんなモンスターにも、家族や暮らしがある。

ぼくにはもう、何もない。

託された赤ちゃんも、守れませんでした。

このお盆も……
せっかくレンさんにつけてもらった名前も……
ぼくには、過ぎた代物です……。

レンさん……。


   ***

 そこまで言うと、トレイはわぁっと号泣してしまった。
 レンも、知らず涙が落ちていた。

 炎は揺らぎ、腹のスープやお茶も温かいはずなのに。


 夜空にぽつんと浮かんだ月だけが、泣いている二人を見つめていた。


(つづく)


次のお話はこちら↓

私の母は厳しい人でした。
ワンオペや孤育てといった言葉もない時代、要領良くできる人もいるけれど、母には過酷な日々でした。余裕がなく、いつも厳しかった。小さな大人であるよう望まれた幼い私の写真には、笑顔がありませんでした。
だからかな、作中の子供たちは朗らかに笑っていてほしいと思うのです。

pekomoguのつぶやき

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