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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-9

 目覚めると目のまわりがカピカピしていた。
 レンは、外の空気を思いっきり吸い込み、それから大きく息を吐き出した。雨は止んでいて、朝露を含んだしっとりとした空気が、レンの吐息ですこしだけ揺れた。

 昨夜、トレイのいままでを初めて聞かされた。
 レンのスピネルのような赤い瞳がそっと伏せられる。
 夜ふかしをしていつもより睡眠時間は短いものの、頭が冴えてもう眠れそうになかった。ゆっくりと首を横に振る。

 ミントはというと、よだれを垂らして大の字になって寝ていた。
 淡い緑がかった色の髪が自由に散らばっている。顔の横で握られたグーの拳、だらしない口、しかし安らかな呼吸の音を聞くと、レンは不思議と気もちが穏やかになるように感じた。

 トレイはミントの隣で横を向いて眠っている。ずっと泣いていたし、そもそも町に到着するまでずっと旅を続けていたのだ。お店に着いたらいままでの生活に戻るんだ、その意識で多少辛い道中も我慢をしてきたに違いない。

 それは打ち砕かれてしまったけれど……。

 夜明けがはじまる。
 地平線には森の木々が見え、太陽の頭はまだ見えてこない。
 だが確実に一秒ずつ空は白けてくる。

 どんなことがあっても
 空は
 朝になり、昼になり、夜になる。

 レンは天を仰ぎ、息を吸う。


   ***


 陽がさんさんと輝いて人々が朝食をたべ終わるころ。前日の雨天とは打って変わって今日の天気は清々しい。レンたち三人が焼け崩れた「頑張亭がんばりてい」へやって来ると、トレイとおなじくらいの年齢の少年が駆け寄ってきた。

「あ……! 君は……!」

 トレイが目を丸くした。少年は栗色のちぢれた髪をしており、鼻の上にそばかすがあった。レンがトレイに尋ねると、少年は「頑張亭がんばりてい」の末っ子だという。ひとりだけ買い出しに店を離れていたおかげで命拾いをしたようだ。

「……君が無事でよかったよ」

 少年がトレイのことを「君」と言った。
 この店ではトレイには名前がなかったので仕方がないのだろう。

「……ごめん」
「なんで謝るんだよぉ。無事でよかったって言ってるじゃん」
「……そうだけど、でも、でも……」
「とうちゃんもかあちゃんも、ねえちゃんもにいちゃんも、皆いなくなっちゃったけどさ。でも、この町にはやっぱり『頑張亭がんばりてい』は必要なんだって思うんだ」

 親兄姉が亡くなってはいるが、この数日のうちに少年はどうにか一歩、乗り越えたのだろうとレンは思う。少年の瞳、そこには迷いは見えなかった。

「ぼく、トレイって名前になったよ」
「えっ? そうなのかい? 名前……そういえばずっと聞いてなかったね」

 トレイが新しい名前を言うと、少年は嬉しそうな顔をした。

「ねぇ、トレイ。ぼくさ、店を作り直そうと思うんだ」

 少年とトレイが話している後ろでは、町の人々が協力し合って煤だらけの木材を運んでいた。木造だったらしい旧建物はほとんどが瓦礫となり崩れているのだが、状態がいいものは、表面を削ればまた使うことができそうだ。運ぶ人々は煤で真っ黒になっている。それでも皆一生懸命だった。
 レンはそれをじっと見つめていた。
 少年は言う。

「何年かかるか分からないけど……町の人たちも手伝ってくれるって言ってくれててさ。とうちゃんやかあちゃんみたいなスゲェ店にするのはたぶん大変なんだろうけど……」
「できるよ。君なら、きっと……!」
「ほんとうかい? トレイ、ぼく、頑張るよ……!」

 トレイが少年の肩を優しくポンポンと叩いた。

「あ……。で、トレイなんだけど、ぼくにはもう人を雇うとかはできそうになくて、トレイとも一緒にお店を作り直したいんだけど、お金とか何もあげられそうにないんだ……」

 しゅん……と少年がうなだれた。トレイは首を振り、両手も振った。

「いいんだ。ぼくのことより、君自身のことを一番に考えなよ。立て直すって相当大変だろうし。それにぼくもわけがあって、未払金の回収したお金を君に渡すことができなくて……」

 トレイにちら、と見上げられたレンは肩をすくめた。

——そんな顔をしたって出さねぇぞ
  徴収予定額以上にもりもり食っちまったのはトレイだからな!

 トレイとしては、別にお金を少年に渡してほしいと思っているわけではなかった。優しいレンがいて、そのおかげで自分はここにこれたのだ、という気もちを込めたまなざしで見上げただけだったのだが……。


 瓦礫の撤去作業をしていた町の人が、血相を変えて走ってきた。

「うわぁぁぁ! 大変だッ……! オークが、オークがまた……!」

 レンは顔を上げた。
 数日前にこの町を襲ってきたモンスター——オークという名を聞いて、町の人々はどよめいた。叫び声を上げて家のなかに逃げる人もいる。
 建物が連なっている町では、トレイも遠くまでは見通せなかったようだ。遠く、森に近い建物の影から、ぬらりと毛深いモンスターが姿を現した。

 オーク……非常に好戦的で体躯は大きく、豚のような頭を持つ二足歩行のモンスターである。多種多様な武器を扱い、知力もある程度は身につけており、計画的に集団でターゲットを確実に襲ってくる。
 現れた一匹は、全身が泥に塗れたようにうす汚れていた。

 レンは隣にいたトレイを見た。昨夜の話にも登場したオーク。むかしトレイが過ごしたコボルトたちとの生活に終止符を打つことになったオーク襲撃の出来事。当時の恐怖を思い出してしまうかもしれない、とレンはトレイを案じた。

 自然と腕がトレイをかばうように横に伸びた。

「トレイとミントは必ず一緒にいるようにしろ。あと、むやみに背を向けて逃げようとするな。熊とおなじで、オークは走るものを本能的に追いかける習性がある」

「……う、うん。分かった」
「ミントもここにいるよー」

 口をもぐもぐさせたミントが短い腕をぴっと上げた。何をたべているのかと思えば、レンが背負ったリュックサックのサイドポケットに入れていた、ミント(腹具合)緊急事態用の焼菓子だった。

——いまは緊急事態じゃねぇ……いや、ある意味緊急事態かもしれんが……

 そんなことが頭をよぎる。気を取り直してレンはオークの動きに集中した。一番危険そうなのは先ほど大声で注意を呼びかけていた男だな……とレンが思っていると、彼は、あろうことか背を向けて走り出していた。

「も……! もう一匹……いたぞぉー!…………ガァッ!」

 急いでオークの情報を伝えようと思ったのだろう。彼は一瞬仰け反って、どう、と前のめりに倒れた。背には斧が刺さっていた。オークが投げた、あらゆる血や泥で汚れた斧だった。

 男は倒れたままピクリとも動かない。それを見た人々は恐怖におののいた。叫び声をあげながら散り散りとなって逃げていく。レンはドタバタと走り回る人々にぶつからないよう、トレイとミントを抱きしめてその場にうずくまった。「頑張亭がんばりてい」の瓦礫の近く、いまは建物と建物の間の通りにいるのだが、端に寄ったところでオークに背後から襲われたらたまらない。土埃にむせながら、レンたちは身を寄せ合って落ち着くのを待っていた。

 ヒュン……ッ!

 風を切る音がして、レンは身を固くした。
 矢が飛んできたようだ。ストン、とレンたちの近くの地面に一本の矢が突き刺さった。

「ミント、トレイ。おれの後ろに……」

 レンが体勢を立て直そうとする前に、また矢が降ってきた。その矢はゆるく弧を描き、狙い定めたようにミントに向かっていた。

 ミントの着ているローブ——紋様が刻まれた——が光りはじめた。
 じわりと薄い緑色……春に生えはじめる若葉のような優しい色がぼんやりとローブの布地を覆っていき、矢が、刺さる寸前で見えない壁に弾かれたように跳ねて、そのまま落下した。

「うぉっ!」
「うわぁ! ミントの服、すごいですねっ!」
「わー」

 わー、と棒読みで言ったのはミントだ。光が弱まると、あれ?と不思議そうにローブを引っ張ったりペシペシ叩いたりしていた。

「ミントの服、すげぇ防御力だな」
 レンがトレイを自分の背中のほうに移動させながら、言った。
「ミント、すごい!」
 ミントがドヤ顔で胸を張る。
「ミント『の』服『が』すごいって言ったんだ!」

「レンはサイフ」
「いまここで言うワードじゃねぇ!」

 ぎゃあぎゃあとレンとミントが漫才を繰り広げていた。すると、砂埃が舞い上がったので、トレイは目に砂が入らないよう小脇に挟んでいた盆を顔の前へと向けた。

 とすっ

 何やらやわらかい音がして、見ると、トレイの掲げた盆に矢が突き刺さっていた。ビョヨヨヨンと汚れた矢が揺れている。

「わ! 矢が刺さっちゃいました!」

 トレイがびっくりして矢を抜こうとしたので、レンが叫ぶ。

「触んなッ!」

「えっ? なんでですか?」
「……毒だ。矢の先に毒が仕掛けてある。見えにくいがな」

 ミントの大きな深緑の瞳とトレイの透き通った銀色の瞳が、矢の先端を凝視した。眉根を寄せて見たが、ただ汚れているようにしか見えなかった。

「近視か?」

 レンは呆れて言い、その「細長い危険物」を取り上げた。あぁっ、もっと見るぅーというミントは無視し、トレイの盆の刺さった箇所をよく調べた。変色していないところをみると、そこまで毒は盆に残っていなさそうだが、念のためあとで洗ったほうが良さそうだと結論づけた。

「見ろ」

 レンが矢じりを指さして二人に見せた。
 汚れが激しいが、石を削って人為的に三角の形に整えられたそこには、泥だんごのような黒い塊がくっつけられていた。

「これが、毒……?」
「そうだ。全体的な汚れはこのだんごが目立たないようにしているんだろう。オーク自身も汚れているし、武器も汚れているのは当然だ。だがすべてがこの毒を隠すためなのだとしたら……」

 レンはそこまで言うと、言葉を切った。
 とりあえずこのオークたちは頭が良い。おれにとっての優先事項はミントとトレイを無事でいさせることだ、とレンはキッと前を見据える。ちらちらと数体のオークが既に姿を見せていた。

 「頑張亭がんばりてい」の生き残った少年は、大人たちに促されてオークのいる位置からは遠くの建物に避難したようだ。この町の建物は木造で平屋だった。木材を組み合わせて造られた窓から顔だけ出して、人々が様子を伺っているのが見えた。

 オーク数匹と対峙する。
 だが、レンがこの町を助ける理由はない。

 誰かがまた叫んだ。

「あれは……ッ! 白金の甲冑……!」
「討伐隊だ……!」
「オークの討伐隊が来たぞぉ……ッ!」

 町からすこし離れた小高い丘に、純白のフルアーマーで装備を固めた騎馬兵がずらりと並んでいた。


(つづく)


次のお話はこちら↓

(第一章は全部で11話! あと2話で一区切りです😊)

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