長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-10
遠く、数匹のオークがちらちらと見えた。時々、矢が飛んできたりしながら、すこしずつ数が増えていっている。いますぐは町の人々が避難している場所まではやって来ないようだが、それも時間の問題。
いずれ、オークたちは数を増やして一斉に襲いかかってくるだろう。
レンは、オークたちの様子、それから反対側(左斜め後ろあたり)の小高い丘にずらりと現れたフルアーマーの騎馬兵を交互に見て、立っていた。
緊張しているふうではなく、いたって普通に、ゆったりと立っていた。
だがトレイは薄々感じていた。レンは、強い。ぼーっとただ立っているようでも、いざ戦う瞬間になればものすごい速さで動けることを。
この兵たちは、先ほど町の人が言っていた通り、この町を含め統治・管理をしている国の、オーク討伐隊のようだった。低い地鳴りとともに討伐隊が丘を駆け降りてきた。
「これはこれは。ピンク頭の若造ではないか」
ひときわ美しい毛並みの白馬に乗ったファイターらしき人物が、レンに声をかけた。この馬にだけ旗がはためいており、その旗も白地、ファイターの装備も白金のフルアーマーと、全体的に「白」を基調としているようだ。
「あぁ。久しぶりだな、フラウ。オークから町を守りに来たのか?」
フラウ、と呼ばれた人物は、顔全体を覆っている繊細な紋様が描かれた兜の目元を開けた。
「オーク討伐隊。噂ぐらいは耳にしているだろう。数年前から結成されてはいたが、いつもあと一歩で仕留めそこねていたのだ。だがいまこの時……! 我々にとっても、民たちにとっても、願ってもない好機なのだ……! 決して邪魔をするなよ、レン」
フラウの言葉にレンは肩をすくめる。
「戦いを好機と捉えるのは変わらずか。……だがくれぐれも油断はするなよ、オークたちは頭がいいからな」
「馬鹿を言え。所詮はモンスターだ。極めて好戦的というならばそれを逆手に取って片付けてやる。今回の討伐隊の力量は城内でも選りすぐりの精鋭たちだ。半刻もたたずして殲滅することができるだろう」
「殲滅?」
殲滅、と聞いてレンは眉をひそめた。
フラウは近寄ってきた兵に小声で耳打ちし、右手を斜め下方に下げた。それを合図に列が整えられ、騎馬兵の軍勢が町民の盾になるよう——つまりオークの出現場所の目の前——にぞろぞろと立ち並んだ。
「我々にはホワイトドラゴンの加護がある。決してやられはしない」
風でゆったりとなびく白い旗にはドラゴンの紋様が。白地に金の糸で丁寧に刺繍が施されていた。ドラゴンの周囲にも様々なモチーフが描かれており、旗そのものがまるで魔法陣のようにも見えた。
「一匹も残さず、倒すのか」
「当たり前だろう」
目を細めたレンが言い、フラウは嘲笑のある声でこたえた。
「むかし、ある村を襲ったときは間に合わなかったが、オークたちはその後も幾度となく村町を襲い、多くの人間の命を弄んできた。奴らに情状酌量の余地はない。たとえ絶滅したところで我々は満足しないが、せいぜい自らの命でもって償いのひとつとみてもらうほかあるまい」
「…………」
レンが黙ったのを見たフラウは、チッと舌打ちをした。
「なんだ? 不満かな? 若造には殲滅行為は可哀想とでも思うのかね」
「……若造、か。いや、そんな感情論じゃねぇ。フラウは、お前は、ここ周辺のオークを根絶やしにするということがどういうことなのかを、ほんとうに理解しているのか疑問に思っているだけだ」
「理解しているとも!」
ミントとトレイは、だんだんと声が大きくなっている長身二人を不安そうに見つめていた。フラウが白馬に乗っているので、レンはフルアーマーの隊長を見上げて話をしている。
「ハッ! 一匹残してどうなる、二匹残してどうなる。その生き残りが再び繁殖し、群れとなり、時を重ねて再び人々を襲うことは明白ではないか! レン、お前はいつもそうやって高みの見物をしているだけだ。言うだけ言って何もしない。我々兵たちを見下して、別の案を選ばない我々を嘲笑っているのだろう!」
声を張り上げるフラウとは対照的に、レンは静かに言う。
「なら教えてくれ。オークが一匹もいなくなった後のことを。オークが食糧にしていたモンスターたちは、捕食されなくなって数が増える。そしてその下のモンスターや生き物たちが一気に減る。一方、オークを獲物にしていたもっと凶悪なモンスターだっている。そいつらは? 食糧のオークがいなくなれば、こんどはそいつらが人間を襲ってくるかもしれない」
「だからなんだ! ……レン、お前は、オークに命を奪われた人々の気もちが想像できんのかッ!? 大切な人がいなくなって、その人々を前にして、オークを殲滅する我々の行動が間違っているとでも言うつもりかッ!」
カツンッ……
「ミント、お菓子が落ちましたよ」
「うー。ありがふぉー」
激論を繰り広げているレンの後ろ。どうやらミントが頬張っていた焼菓子の欠片を地面に落としたらしい(まだたべていた!)。それを拾おうと屈んだトレイの頭上を一本の矢が通り過ぎ、後ろの金属板に当たって落ちた。
フラウは兵のほうへ向きを変え、叫ぶ。
「兵たちよッ! いまが出陣のときだッ……! 我々には加護があるッ! 幸運を呼ぶホワイトドラゴンの恩恵を、我々討伐隊は受けているッ! 案ずるな、前進せよッ! 涙を流した人々の想いを胸に刻み、憎しみと怒りの全てを、あのおぞましい魔物らに、ぶつけてやるのだ——ッ!!」
大地が揺れるほどの雄叫びをあげ、前列にいた騎馬兵が駆け出した。
レンたちのいる場所まで飛んでくる矢が多くなり、使い込まれた鎌や斧なども降ってきた。レンはさっと周囲を見回し、ミントとトレイを担いで一番高い建物まで移動した。
木材で四方を囲まれた狭い場所。レンは荷物と二人を降ろして踵を返す。
「レンは……?」
不安そうな顔でミントとトレイがレンの腿を掴んだ。
レンは無表情のまま、両手でそれぞれの頭をわしゃわしゃとなでた。
「おれは、様子を見るだけだ。できれば何もしたくない。……おれが出る幕じゃねぇからな」
レンの声は、穏やかで、悲しそうで、やわらかかった。
「ミントはその服着てっから、たぶん大丈夫そうだな。トレイ、お前は……なんというか、面白いぐらい攻撃を避けまくってんな。トレイにも加護があるんじゃねーか?」
トレイは強運の持ち主なんじゃねーか、と言おうとして、レンはやめた。運がいい、それは、トレイの生き様を肯定的に捉えてしまいそうで嫌だった。奴隷として生きてきたこと、住処が何度もなくなってしまったこと、大切な人たちを失ってしまったこと……。
あと……と、レンは二人の頭をなでながら、口をひらく。
「……さっきは、ごめんな。トレイの大切なコボルトたちや赤ん坊、村の人たちのことを知ってて、おれはオークを殲滅するのはおかしいと言ったから」
あのとき焼菓子を拾っていたトレイが聞いていたのかは分からない。
だが、トレイはにっこり笑った。
「いいえ、レンさんの言ったこと、ぼくは正しいと思います。別にオークが生きてていいとも、オークにだって家族がいるからみんなやっつけるのはおかしいとも、思っていません。誰が悪い、誰が良い、それもぼくなんかには分からないし、決めることもできません」
——人間であるフラウが、兵たちを引き連れてモンスターたちを討伐する。
そのモンスターは凶悪で、残忍非道で。
情状酌量の余地はない、とフラウは断言していた。
だが、それを決めていいのは人間だけなのか?
世界にはいろんな生物が存在し、助け合って共生するものたちもいる。
コボルトはトレイたち人間の子供と共に生きてきた。
ドラゴンの神殿では、ドラゴンと人間が契約を結び暮らしている。
フォレストバードが狩り尽くされないのは、人間の武器や布団の材料になって役に立つからなんじゃないか? 役に立つ、立たないという判断をしていいのは、はたして人間だけなのだろうか?
オークやゴブリンは確かに恐ろしい。
相手の命を奪う、それを『当たり前のように』選んでいる。
だが今回のような殲滅というのは、生態系を壊す行為だ。
「レンさんは、オークや人間だけじゃなくて、オークをたべる生き物のことも、オークにたべられる生き物のことも、全部考えているんですね」
トレイの銀色の瞳が輝いている。
不思議な少年だ、とレンはしみじみ思う。
ぐぅぅ……とトレイのお腹が鳴り、トレイは顔を真っ赤にさせた。
「荷物のサイドポケットにお菓子が入っているはずだ。ミントが全部たべあさっていなければ、の話だが。それをたべて、元気と腹をふくらませとけ。おれはちょっと様子を見に行って、すぐ帰って来る。この高い場所へは、オークたちを絶対に近づけさせねぇから」
こくりと二人がうなずいた。
それを見て安心したレンは、すこし歩いてすぐに振り返る。
「ミント! 食いすぎ、ダメ。トレイの分、残す!」
はーい! と元気よくミントが返事をした。くすくすとトレイが笑う。
二人を残し、レンは地面へと飛び降りた。
軽く着地したのに、クレーターができてしまった。
わりと速く走っていった先には……目を覆いたくなる光景。
「何が選りすぐりの精鋭だよ……」
慢心か、油断か。
白金の討伐隊は、苦戦を強いられていた。
(つづく)
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