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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-11

 横に薙ぎ払われた大きな鎌。そこには黒い毛が付着しており、血や土塊にまみれてひどく汚い。その細部までしっかりと視界に入れながら、レンは相手のほうは見もしないで片方のガントレットで鎌を受け止めた。

 鈍い音がして、鎌の威力が失われた。

「ゴフッ!?」

 驚いたような声を聞き、ようやくレンは振り向いた。
 赤い瞳の輝きが増しはじめる。レンがギロリと睨むと、鎌をしかけた相手のオークは、両肩をぶるぶる震わせた。

——本能で、分かれよ。おれに敵うとでも……

 レンは無表情のまま、討伐隊とオークが衝突している戦地のど真ん中で、ゆらりとオークへと近づいた。

「敵うとでも、思っているのか……?」

 鎌を受け止めたガントレットをはめた腕を乱暴に振り下ろす。刺さっていた大鎌がズドンと地に突き刺さり、オークは戸惑いの表情でレンを見た。レンがわざと大きな音で一歩を踏み出すと、オークは一歩、後退りした。

——本能で察知したか。これは理屈じゃねぇ

 レンはただ見つめている。恐怖した先ほどのオークは、やがてレンから背を向けて遠くへと逃げ去っていった。

 火炎瓶が投げ込まれた。ギャアアァッ! と声を上げて、これは人間の……討伐隊の誰かの声だが、あたりは火の海へと変わった。

 足元で倒れている兵のうち、ひとりの腕がピクリと動いたので、レンはさっと駆け寄って抱き起こした。

「大丈夫か」

 兵は兜をかぶっていて顔面が隠れていた。すこしでも息がしやすいようにとレンが兜を取ってやると、おそらく助からないであろう顔が現れた。

「フラ……たいちょ……すみ……せん…………」

 最期の謝罪の言葉をこぼし、ひとりの命が消えていった。
 レンはそっと彼を地におろしてやった。

 火の勢いが消えそうにない。考えられるのは、オークが油を地面にまいたせいだろう。矢を放ち、数名だけ姿を見せ、人間たちに近づかせるまでの時間を稼いだ。討伐隊がやって来るのは知っていたことなのだろうか。あえて大人数で打ち取りに来る機会を待ち、火の力で一網打尽にでもしようとしたのだろうか。

——火の力は……命を奪うためのものじゃねぇ……

 レンの瞳が揺らぐ。体が、内側から熱くなる。その熱はどこまでも強く。
 黒い手袋の拳を握りしめ、レンの双眸は何者かを探そうとする。

「き、君は……! 逃げないのか、この炎のなかで……!」
「なぜ……なぜなんだ……! そのアーマーはなぜ燃えない!?」

 赤鹿で作られた簡易なレザーアーマーをレンは装備していた。

「なぜ? 防具に魔法で耐性効果を付加するのは基本だろ?」

 拳の力を弱め、火の海の外側で怯えている兵を見て、レンは言った。
 実際のところ、フルアーマーは全身を覆っている分、防御力は高いが重いのだ。動きにも制限がでるため、レンは軽くて動きやすい鎧のほうが好みだった。

「そ、そうか……」

 兵たちは赤き鎧の言葉に納得したようだ。

「グルアアアァァァ……!」

 炎をまといながら一匹のオークがレンに襲いかかってきた。ギロリと再び睨みつけるが、今度のオークは怯まない。体毛には火が燃え移っており、やがてこのオークは火だるまになって命を失うだろう。

「馬鹿だよ」

 目を伏せて、レンはつぶやいた。
 オークは両手を上げてレンに突進する。その腰に瓶があるのを見た瞬間、レンは目を見開く。

 思うより先に動いていた。レンはバッとしゃがんで足払いをし、転倒するオークの後ろ首を掴んだままその場で跳躍した。助走もせず、真上へと。

 レンが渾身の力を込めて地を蹴り上げた瞬間、大地は陥没し、レンと捉えられたオークは空高く舞い上がった。空中でレンは掴んでいたオークをさらに天へと投げ飛ばす。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 青空の一部に火炎による黒い煙が立ち上り、ぷかぷかと雲が浮かぶ美しい天上で一匹のオークが爆発した。

 自爆だった。
 腰につけていた瓶には時限式の爆薬が詰められており、レンが空へ放り投げなければ町の、兵の中心で、大爆発が起こっていたはずだった。

 ドッゴォォォン…………!!!!!!

 とんでもない高さまで飛び上がったレンは落下しながら後悔する。

——やっちまった……!

 人間ではありえないほどの跳躍をしてしまった。
 レンは唇を噛む。そして苦しい表情のまま落下する。


「…………レン」

 高台では、ミントとトレイがレンの大ジャンプを見ていた。二人には分かる、レンの気もち。爆発を止めたい、止められないのなら怪我する人を減らしたい、だから遠くに放り投げる。

 トレイは両手を握りしめ、座っていた膝にそっと乗せた。
 フォレストバードに乗ってレンを追いかけた町。ゴブリンの大群に襲われたときにトレイはこの目で見たのだ。

 レンが、
 ゴブリンとの戦いの最中に
 口から炎を吹き出すところを。

 すごくかっこよかった、とトレイは思った。
 それは、爆発の被害を最小限にしようとした、いまも一緒で。
 レンはきっととんでもなく優しい「人間じゃない生き物」なのだ。
 トレイはそう思っていた。
 思うだけではなくて、感じていたといってもいい。

 トレイとミントの後ろで声がした。

「なんだあの……ありえない。ありえないほどのジャンプ力……」

 その驚愕と怯えの混ざった声はひとりやふたりではなかった。

「なんと恐ろしい……。彼は、人間などではなかったんだ……」
「ものすごい爆発……! では、あの若者は一体……」

 

「レン……ありがとう…………」
 トレイがそっとつぶやくと、隣にいたミントがトレイのほうを向いて、
「レン、すごいねぇ。ドーンっていう大爆発だったのに、だぁーれも傷つかなかったよ!」
 と言って、にっこりと微笑んだ。


 そぉっとしたつもりだった、が、レンが両脚で上手に着地をすると、大地の陥没がさらに深くなってしまった。レンは暗澹たる思いでうつむいた。

——まぁ、いいか。どうなったって、おれにはどうしようもない

 戦況はどうなったのだろうか。炎はまだごうごうと燃えさかっており、毒も含まれた辺り一帯の空気を吸い込んだ兵が、ひとり、またひとりと倒れていった。
 まさに地獄絵図だった。
 レンは床に散らばっているいくつかの矢——折れていて、矢羽根をみるとフォレストバードの羽が使われていた——矢じりには、汚れでカモフラージュされた毒だんごが盛られていた。

——だんご、食いてぇ

 やわらかくて、ほんのり甘く、口に入れても溶けずにもっちりとした食感があって……。それを遠いむかしにたべたんだった、とレンは戦地の中央で思い出す。

 三色だんごの優しい色。
 ハープはいつも悩んでいた。
 レンの隣で、いつも「ピンク色、クリーム色、緑色、どれからたべようか迷っちゃうわ」と微笑んで串を眺めていた。どれでもおなじだろ、とレンがぶっきらぼうにこたえれば、ふふふと笑っていつもピンクのだんごを最後にたべていた。

『レンが大好きだから、ピンク色のおだんごは、大事にしたいの』

 神々しいほど美しい、ハープ。
 蒼の吸い込まれそうな瞳、ふあふあのまつげ、足もとまで伸びている豊かな水色の髪は、魔力の高い証なのだそうだ。

『髪が長いほうが、いっぱい魔法の力を持てるんだって』

 そんなに魔力を持ってどうするんだ。むかしのレンは、馬鹿なことを口にしていた。魔力があったから、こんなことになったんだ。魔力なんて、ほどほどでよかったのに。

 目の前の毒のだんごをぼんやりと眺め、レンの右目からつぅと涙がこぼれ落ちた。赤い燃える瞳から、あたたかい水の粒が滴り落ち、それはそっとあごまで軌跡を残してから、ぽっと地に落ちた。

 生き残りの兵を探して歩き回ってみたものの、亡骸しか見えなかった。
 オークの気配は残っている。

「フラウ。……フラウ!」

 レンは一縷の望みをかけてフラウを探した。
 燃え残った瓦礫に挟まれて、彼がいた。レンが急いで駆け寄ると、フラウにはまだ意識が残っていた。

「フラウ!」
「………………レン、か……」

 レンは瓦礫に手をかけ、まるで焼き上げたパイの重なりをはがすように軽々と持ち上げた。ゲホッと下敷きになっていたフラウが咳き込んだ。

「オ、オークは……どうなった……」
「まだ、生き残ったやつはいると思う。気配がする。おれはいま、わざと背を見せている。機会をみて狙ってくるオークがいるかもしれんが……」

 フラウを抱き起こし、腹部を圧迫していた木の柱をレンは取り除いてやった。レンは目をそむけた。フラウの片足が潰れてしまっていた。

「お前の討伐隊はオークたちには敵わないのか……? 精鋭揃いだって、言っていただろうに……」

 レンが言うと、フラウは他の兵たちの末路を悟ったようで、
「無駄死にか……! くそっ! ……加護は届かなかったということか……ッ! なにがホワイトドラゴンだ……! なにが、幸運の加護だ……ッ!」
 と苦しそうに叫び、振り上げた拳をドンドンと何度も地に打ち付けた。

——ドラゴンのせいじゃねぇだろ

 心のなかでレンは思う。
 途方もなく悲しかった。
 これだから人間は、と思ってしまう自分が嫌だった。
 必要なときはドラゴンの魔力を「加護」と崇めるくせに、必要がなくなったときや期待が裏切られたときには「加護がない」と結論づける。


 オークの生き残りを追いかけてまで殲滅する気のなかったレンは、片足を失ったフラウを無言で担ぎ上げ、命ある騎馬兵の馬をなだめながら引き連れて、安全な町の中心部へと集めていった。

——この町には、二度と訪れることはできまい

 あれほどの人間離れをした跳躍を見せてしまった。レンは何者なのか。それを巡って何かが壊れることは、レンにはどうしようもなく苦痛だった。

 そっと近づいてきた男に、フラウのこと、討伐隊のことを告げ、レンは自分がすぐにこの町を発つことを伝えた。男は神妙な顔をしてうなずく。

「レ————ン————!」
「レェ——ン!」

 トレイとミントが駆け寄ってきたのでレンはどきりとした。
 が、その感情は杞憂だったようだ。
 二人は思いっきり走ってきたあと、レンの懐に飛び込んだ。

「ミント、おなか空いたっ! お外でお肉、さばいてたべよっ」
 食欲の魔神、ミントが、町ではなく旅の途中で食事をしようと言った。

「レンさんっ! ぼくも一緒に行きますっ! 力もないし、お金もないし、えっとぉ……お盆しか持ってないですけど……」
 トレイが悲しいことをのたまった。
 レンはぶっと吹き出す。

「力もない、金もない、お盆しか持ってない、か……」
「うわぁ、レンさん……。言ってからすごく悲しくなりました!」
「そうだな。ないないづくしだな」

 優しく二人を抱きしめて、頭をひとしきりなでてから、レンたちは出発することにした。食事のための獲物を仕留めるところからはじめるとなると、子連れ旅のレンたちは時間にゆとりを持つことが大切だ。

 町の人々に被害が出なかったことは幸いだったのかもしれない。
 だが、討伐隊の力が及ばなかったのは、不安の種になるだろう。
 隊長のフラウは、おそらく戦績は与えられるが隊からは退くことになる。
 そしてその先、人間とオークがどうなるのか。
 町の暮らし、モンスターとの諍いは、どうなるのか。

 レンには分からない。


   ***


 ちなみに、レンとミントとトレイは町を発ったあと、オークの住処に立ち寄っていた。そこでレンは二人に見せたのだ。眼光が燃えるように輝き、スピネルの瞳が真っ赤になる様を。
 レンはコホンとひとつ、咳をして。
 口を大きく開けた。
 レンの歯並びは美しく、牙があった。

 生き残りのオークたちがレンに向かって襲いかかろうとしたため、レンは吠えた。火を吹いた。ものすごい轟音と爆炎を口から出し、全身から威嚇の感情を振りまいた。

 その瞬間、オークたちは恐怖におののいた。
 本能で悟る。レンこの相手はとても自分たちに敵うものではないと。


 レッドドラゴンの「レ」と「ン」をくっつけたレンは
 今日も子供ふたりを連れて旅をする。


 子連れ旅ははじまったばかり。


 数年後のおはなしは
 また今度。



(第一章 完)


次のお話はこちら↓ 🍡(次話から第二章となります!)

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