長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-1
【第二章あらすじ】
食いしん坊の少女ミントが何者なのか。レンたち三人はグリーンドラゴンの住む聖なる森へとやってきた。そこで判明したのはミントの真実、そして、ドラゴン族の姿を消した理由が凶悪な存在《ダーク・ウィッチ》のせいであるということ。モンスターを喰らう欲深き暴食者は、なぜ数多の命を奪ってきたのか。命を喰う者と、命を守る者。二つの「食」の在り方がぶつかり合うとき、レンは仲間と共に運命の戦いへ挑む。ドラゴンと人間、贄と祈りの歴史を紐解きながら、レッドドラゴンのレン、ミント、盆を携えたトレイの子連れ旅は続いていく——第二章、開幕。
大ぶりの野菜がごろごろと入った乳白色、とろりとしたほのかに甘いシチューが入れられた木の器は、何層ものドーム型パイに覆われている。その頂点をアカシアの木のスプーンで思いっきり壊す。
サクサクサクッ。
ふぅふぅと熱いシチューを冷ましながらたべる。子供二人の頬は、そろってつやつやしていて、薔薇色だった。
「おぉおいしぃい〜〜〜〜〜」
長い髪のミントがにっこり笑う。頬に手を当てて、口のまわりをべたべたにしながら。感想を述べ、再び目の前の大好物に食らいつく。
「トレイ、気をつけろよ。やけどするぞ」
「あっ、はいっ! 実はもう……やけどしちゃってましたっ」
やけど如きで食欲は失せない。トレイと呼ばれた少年も、スピードを落とすことなくシチューをもりもり頬張っている。
とある町の食事処。子供二人の向かいには、ミルキーピンクの短髪の男がひとり座って、パイ包み焼きシチューではなく茶色のシチューをたべていた。一晩漬け込んでやわらかくした肉でこしらえた、シェフ自慢のビーフシチュー。これも相当に熱いが、男は熱さに強い体質なのか、するするとガツガツと美味そうにたべていた。
ミント。
人間でいうと三、四歳くらいの小さな女の子。繊細な刺繍が施された白いローブを着ており、長いミント色の髪の毛は背中で三つ編みに結われていた。ローブの上にエプロンをしっかり装備しているので、たとえシチューがピャッとはねても安心だ。エプロンを自作した男は、いくらミントがエプロンを汚そうが至極落ち着いていた。
——あとで洗濯だな
しかし、心のなかでは洗濯の必要性をしっかり考えていた。
ミントが、汚れの目立つ茶色いビーフシチューを選ばなくて良かったとも思っていた。
トレイ。
ミントの隣でおなじメニューを美味しそうにたべている。
こちらは人間で、年齢は十代の前半くらいに見える。淡いクリーム色のやわらかな短髪はくせっ毛で、ふわふわしていた。先ほど、やけどをしたと自白していただけあって、シチューと水を交互に口にしていた。
黒いハイネックのシンプルなシャツは、男とおなじだった。そしてこれまたシンプルなグレーのズボン。布の靴。トレイの座っているのはソファ席で、空きスペースになぜかお盆がそっと立てかけられていた。
——年齢が上がれば、こんなにきれいにたべられるんだな
男は感激していた。ミントは食事のたびに介助が必要で——それは野営などのアウトドアな食事ではさほど気にならないことなのだが——店で、宿の食卓で、などあまり汚れてはいけない場所での食事時において、男はミントの肘(すぐに水の入った器を倒す)や胸元(卓の中央にある塩の瓶などをとるときに皿に付着する)に気を配らなくてはならないからだった。
男は目元を抑え、ミントの成長をこっそりと願った。
——今日の飯はシチュー一品のみ。塩や胡椒が必要でもなく、水の器は既に空っぽだ。汚れはエプロンでしっかりと対策をとっている。これでもう心配事は起こらな……
「あぁーっ! 見てっ、トレイ!」
トレイの隣を通った店員さんの盆には、搾りたてのジュースが乗せられていた。それに目ざとく気づいたミントが思いっきり腕を振り上げ、ジュースを指さした。
スプーンを持っているほうの腕を。
「あ」
ミントの汚れたスプーンが手から離れ、トレイのシチューの上を一回バウンドした後、店員さんのエプロンにペッとくっついた。
「すみませんすみませんすみません」
男がいち早く立ち上がり、店員さんに深々と謝罪をした。
男……ミルキーピンクの髪の色をした屈強なファイター風の男性は、名をレンという。これは「レ」ッドドラゴ「ン」から取った名前であり、彼の本来の姿は世界に名だたる四大ドラゴンの赤き竜だった。
赤き竜はびっくりして固まっているトレイに気を配り、ミントにシンプルかつ重要事項だけを端的に叱り——食事中は特に、急に指をささないこと——また、店員さんのエプロンを拭きつつ謝罪した。
「ごめんなさい……トレイ……」
しょんぼりしてミントが謝ると、
「いえ、上手にバウンドしたので驚きました」
とトレイはこたえた。
——気にするのはそこじゃねぇ
「ミント。帰るときに、ごちそうさまと一緒にちゃんと謝るんだぞ」
レンは心のなかでツッコみ、そして大事なことの念押しも忘れない。
「はぁーい!」
ミントが手を元気よく振り上げて返事をした。
大丈夫、今度はスプーンを持っていないほうの腕を上げていた。
***
【レンの装備】
武器:ナックルダスター(両手に装備)、
短剣(手入れは常に。切れ味バツグン)
防具:赤鹿のレザーアーマー(火属性耐性MAX)
ガントレット(腕に装備)
その他:
キッチンナイフ(調理時に常用。旅の必需品)
大容量リュックサック(サイドポケットに焼菓子多数)
【トレイの装備】
武器:なし
防具:お盆
【ミントの装備】
武器:なし
防具:白いローブ(守りの加護付き)
「トレイの盆、使いやすさはどうだ?」
お腹いっぱいになったレンとトレイ、ミントの三人は、のんびりと町を歩いていた。レンが二人と出会ったころから一年が過ぎていた。だいぶ旅にも慣れてきたとはいえ、モンスターや悪党に襲われることはあるので、レンは時間をみてトレイに稽古をつけていた。
「はい! とっても使いやすいですし、防御力もぐっと増しました!」
「攻撃力はどうだ?」
「あ……えっと、それはまだ、実践したことはないです……」
「そうか」
巨大な荷物を背負ったレンの、少し後ろをトレイが歩く。トレイは背中に盆を背負っていた。トレイのアイデンティティでもある、盆。いろいろな思い出を受け止めてきたこれにトレイは並々ならぬ愛着を抱いているので、レンはあるときから武具屋に立ち寄り、強化魔法を付けるようにしていた。
「だ、誰かぁーッ! 荷物が奪われてしまったのぉーッ!」
てこてこ歩くミントの手を引いていたレンが振り返る。
へたり込んでいる女性、そして散らばった荷物。ひったくりか? とレンが辺りを警戒すると、トレイが言った。
「鳥です。あぁ、フォレストバードですね」
ギェーッ! と甲高い鳴き声を上げる飛行型モンスターが現れた。いつぞやのトレイは、このフォレストバード——大きなクチバシを持つ鳥型モンスター——に捕獲されて巣に運ばれていたこともあったが、いまはもう見慣れたようで冷静に指摘した。
「よしっ! じゃあトレイ。やってみろ」
レンがニヤリと笑ってモンスター討伐をトレイに依頼した。仰天するトレイ。「えぇっ、ひとりでですかぁっ!?」と泣きそうになるが、レンは笑うだけだった。
再度確認する。
【トレイの装備】
武器:なし
防具:お盆
「ま……待ってくださぁーい!」
長めのハード系パンが入った紙袋を咥えたモンスターを追って、ひょこひょこと情けない声のトレイが走っていった……。
女性から丁寧にお礼を言われ、トレイはほっと息をついた。
「トレイ、すごかったね!」
パチパチと拍手をしてミントがねぎらった。
確かに、ある意味すごかった。
レンがすこし飛べば手が届きそうなところを嫌味のように低空飛行しながら移動していたフォレストバードは、トレイが追いかけているのを知り、空から攻撃を仕掛けた。くるりと空中で旋回し、強靭な爪のある両脚でトレイの後頭部を蹴ろうと後ろに回り込んだ。
その瞬間にすっ転んだのだ、トレイが。
わぁーと声を上げ、前のめりになったトレイの背には盆があり、フォレストバードの脚攻撃は盆に防がれた。ゴスッと鈍い音がして、トレイの盆が背からずり落ちてしまったので、トレイは慌てて盆を取ろうとしゃがみこんだ。もう一度攻撃しようとした相手は空振りし、体勢がくずれ、咥えていたパンがポーンと投げ出された。
(たべものを粗末にしてはいけない……!)
レンの教えを必死で守ろうと、トレイは盆でパンをキャッチしようと振りかざした。見事、盆でフォレストバードのクチバシを下から攻撃(アッパーカット)、パンはきちんと盆に乗せられ、無事に終わったのだった。
「おれ、長生きしているほうだけど、盆一枚でモンスターを倒したやつは、初めて見たわ」
レンも褒めちぎった。
トレイの経験値がぐっと上がり、自己肯定感もついでにぐっと上がった。
トレイは嬉々としてレンの隣を再び歩く。
背が、すこし伸びた。
レンに倣って、黒いハイネックシャツも着るようになった。
まだまだ情けない自分だけど、すこぉしだけ、役に立てたらいいと願う。
レンのミルキーピンク、トレイのクリーム、ミントのミント。
三人が並んで横一列に歩く。
まるでそれは、やわらかな三色だんごのようで。
レンの子連れ旅は今日もまた続いていく。
(つづく)
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