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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-2

「おれが思うに、ミントはドラゴンなんじゃねぇかと思っている」

 そう言うと、レンはごぶりと器の中身をのみ干した。
 中身はぶどう酒……ではなくぶどうジュースだった。この季節の旬でもある新鮮なぶどうは、とても瑞々しい。一時期は酒を嗜んだこともあったが、いまは子連れの旅の道中ゆえ、いつ何があっても最高のパフォーマンスでありたいと思い、素面でいることにレンは決めていた。

「レン、ジュースのんでる。それ、お砂糖? あとで歯磨きする?」

 レンの教え——甘いものをたべたときは歯を磨く——をしっかり守っているミントが指摘した。レンは大きくうなずいた。ドラゴンが歯磨きなどしなくてもよかったのはむかしの話。人間の嗜好品の味を知ってしまっている以上、最近のドラゴンは常に虫歯の危険性があるのだ。

「歯磨きするぞ。毎日な」

 歯磨きをすると歯並びを見ることになる。ミントには、牙がある。
 あーんと開けた小さなお口。前歯に四本、その両隣に立派な牙が上下合わせて全部で四本生えている。

「ミントは自分が人間だなぁって思っているんですか?」

 やんわりとトレイが尋ねると、
「んー。分かんない」
 と、心もとないミントの返事。

 ドラゴンだとすると、どんなドラゴンなのだろうか。

「淡いミント色の髪の毛ですから、グリーンドラゴンでしょうか」

 トレイが言った。

「その線が妥当だな」

 レンも同意する。レッドドラゴンのレンはミルキーピンクの髪色、ミントも何かの色を薄くした髪色……と考えると、何かの色=緑=グリーンだとしてもおかしくはない。
 ふと、レンの脳裏に水色の髪がかすめた。ふわりと水面に揺らめき、月明かりを映した夜の海で泳ぐハープの長い髪を思い出す。

「…………ン。……レン!」

 ぼんやりしていたらしい。見ると、何やらトレイが眉根を寄せていた。

「どうした?」

「ミントがグリーンドラゴンだとして、お家には、帰れるのでしょうか……? ぼく、ミントがこんなに元気になっているんですよって、ご家族に会ってお伝えしたいです」

 トレイがミントの三つ編みをほどいて結び直そうとしている。結ばないでいると、くせっ毛の上に長すぎていつもぐちゃっとなってしまうので、ミントの整髪係トレイは、いつも丁寧にクシで梳いてゆるい縄をこしらえる。

「……行くか」
 レンがつぶやいた。

「……えっ?」

「行くってどこに?」
 トレイは目を丸くして、ミントはベッドの上でひと跳ねして、尋ねた。

 グリーンドラゴンの森、とレンは言った。


   ***


 そう話をしたのが三週間ほど前。いま、レンたち三人はグリーンドラゴンのいる森へとやってきた。

 三週間もかかってしまった、とレンは思った。隣で頑張って歩いているミントの足もとに気をつけながら、小さな手を引き、背には旅の荷物を入れた大きなリュックサックを背負っている。森の木々からだらんと垂れ下がっているツタの先端には毒のあるものもあり、鬱蒼と茂るこの森の空気は清らかで健康には良さそうだが、ツタやら棘やら苔による歩きにくさは、幼いミントにはやや大変な場所であった。

「お馬さん、楽しかったねぇ」

「そうですね! 乗合馬車、ぼくも楽しくって大好きです!」

 ねー、などとお互い思い出話をしながら歩いているミントとトレイ。トレイは背中に自分の荷物と盆をしょっている。ぺし、ぺし、と先ほどから毒性のツタが背に当たっているものの、さすが強化を施した栗の木の盆。しっかりとトレイを守ってくれていた。

 レンにはもうひとつ気がかりなことがあった。
 それは、この森を訪れる前に数ヶ月もの間立ち寄っていたホワイトドラゴンの聖地、白代城しろしろしろのある国のことなのだが、レンたちはホワイトドラゴンに会おうとしていた。ミントについての手がかりを、すこしでも得るために。

 ミントはグリーンドラゴンなのではないか?
 その問いは、彼女の生い立ちや住処、家族を探す重要な手がかりになる。

 レンよりも長生きしているホワイトドラゴンの主。その者と会ってミントを見てもらえたら、きっと何か一歩進めるはずだとレンは考えていた。

 だが、ホワイトドラゴンとは会えなかった。

 レンは嫌な予感がしていた。モンスターと遭遇するよりもずっとずっと悪い予感。この森にやって来たものの、もしかするとグリーンドラゴンにも会えないんじゃないか……。
 乗合馬車での噂話や下車した先の小さな集落で聞いた話……白代城の城下町でも人々が噂していたそれは、ひとりの凶悪な存在の話だった。

『ダーク・ウィッチ』

 ホワイトドラゴンの一匹が、ダーク・ウィッチにたべられたのだという。

「うわぁ!」

 トレイが大きな石につまづき、前のめりに転んでしまった。

「だいじょーぶ? トレイ!」

「ううう……膝、膝がぁ……」

 背中の防御力は盆のおかげで高いが、正面は貧弱だ。トレイは両膝からダラダラと血を滴らせ、半べそになってしまった。すると、ゴロッと大きな石が動いた。すかさず、レンが長い足で石を蹴っ飛ばす。

「え? な、何が……」

「いまの石ころはモンスターだ。ほら、手が見えるだろ? 今度はあの手で怪我した場所を執拗に狙ってくるっつー小賢しい奴なんだよ」

 目を丸くしたトレイにレンが説明した。石ころモンスターは頭部(?)の石から赤いベロを出して、チッと舌打ちのような音を残して去っていった。
 舌打ちする石ころ。
 たった三秒で性格の悪そうなモンスターだと分かる。

 ミントも自分の着替えを入れたミニサイズのリュックサックを背負っていた。出会ってから一年、その間に防寒仕様の服を買い揃えたり、着替えを調達したりし、そして中古品店で売られていたミントにぴったりの——フタの部分がピンク、本体がグレーのバイカラーで作られた小さなリュックで、うさぎの耳がフタ部分についている——めちゃくちゃかわいいものを買ったのだ。

 ミントがうさぎの耳を引っ張ってフタを開け、中から薬草ペーストを取り出した。

「はいトレイ」

「あぁ……ありがとうございます……」

 レン自家製の薬草ペーストは臭い上に泥の色、だがよく効くことで定評がある(当社比)。トレイはしぶしぶ水で洗った膝にそれをつけた。

 ごろっとまた別の石ころが動いた。
 それを合図に、辺りの大小様々な石ころも動いた。

「…………やっべ」

 荷物を置いて、薬草ペーストを取り出して、消毒して、塗って……などと悠長にやっている場合ではなさそうだった。トレイが処置のために腰掛けていた座りやすそうな平らな石も、ケケっと嘲笑うような声とともに勢いよく動き、可哀想なトレイはその場でしたたかに尻もちをついてしまった。

 盆に守られていないところはめっぽう弱いトレイ。
 レンは迅速かつ適切な判断のもと、ミントとトレイを両側に抱きかかえ、全速力でその場から逃げ出した。

「わぁー! 石がッ! 石ころがッ、追いかけてきますぅー!」

 レンに抱えられながら後ろを振り向いてトレイが叫ぶ。

「石なのに! 速いよぉ! レン、急いでー!」

 レンに抱えられ慣れているミントは、自分からしっかりとレンに掴まりながら叫んだ。


 レンは走る。
 子供二人を抱えて、そして結局いつも全員の荷物を担ぐことになるのだ。

 ケッケッケ……! 石ころたちの猛襲。
 ポージーストーンと呼ばれる彼らの追跡を振り切るのは難しい。

 レンは走る。
 一発、火の息でも吹けばポージーストーンたちも黙るのだろうが、ここはいかんせん森のなか。グリーンドラゴンの住処に火の欠片ひとつ足りとも残したくないレンは、ひたすら逃げ切ろうと頑張った。

 走る走る走る走る。

 息は切れない。レンの体力はわりと無尽蔵なのだ。

「トレイ! 鷹並みの視力で後ろをしっかり見ててくれ!」

「……はいっ!」

「ミント! 飛び出しているツタに絡まねぇよう気をつけて、おれのリュックの上に乗ってくれ!」

「あいあいさー!」

 もう幾度となく交わしたことば、そしてフォーメーションA。
 レンが走り、トレイが後ろを確認、ミントはレンが走りやすいようリュックの上に乗る。
 これが……! レンたちのフォーメーションA……!

 わりと速いスピードで走った結果、見事ポージーストーンたちの追跡をまき、レンたちはよく分からない場所にやって来た。
 ここは一体どこだろう。
 レンはため息をついた。次にとるべき行動が予想できるからだ。

 ぐぅううぅぅ〜〜〜〜
 ぎゅるるぅぅううぅ〜〜〜〜

——はい来た。知っているともおれは……!

 グリーンドラゴンに会う前に、何回野営をすることになるのだろうか。
 一歩ずつ前に、二歩下がって、また一歩。

——あれ。これ、進んでねぇ……!

 とりあえず飯炊きの時間のようだ。
 レンは火を使わないメニューを手際よく準備する。

 この森は神聖な場所。

 家事はやっても、火事は決して起こしてはならない。



(つづく)


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