長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-3
藻がびっしりと生えた石畳に、ピチョンと水滴が落ちる。
天井はあまりに遠く、空が小さく円に切り取られていた。
その空、もしくは石壁の隙間にある葉からの露が、こぼれ落ちて玉を濡らす。
誰もいない。
そこにあるのは透明な玉。
玉だけが、ふわふわと浮いている。
誰一人として来ないこの森の奥、さらに足を踏み入れることのない祠の地下空間に、玉が浮いていた。
祠の入口には何重にもかけられた魔法の結界。
人間という生き物が菌を避けるためにマスクをするように。
この地に住む生き物は、マスクのように結界を施す。
誰も寄せ付けない。
それは外からも、内からも。
***
「寒くはねぇか? 二人とも」
出発のために分厚い防寒着を脱いだレンが、ミントとトレイに言った。二人はうなずき、くるまっていたブランケットを丸めた。焚き火をしない野営……しかも、太陽の光のすくない森での夜は暗くて寒い。
でもミントもトレイも文句を言うことはなかった。レンの心遣いを理解していたからだ。
「レンは、この森をとても大切にしているんですね」
微笑みながらトレイが言った。レンはこたえる。
「……まぁな。焚き火をやって火の粉が舞ったりなんかして……。もしもの事態は絶対に避けなくちゃなんねーからな」
絶対に、ということばを強く言うレン。その姿に、トレイはいつも感銘を受ける。口は荒いけど、とても優しいレン。無用な戦いを好まない。モンスターや動物を狩るのも、自分たちの腹を満たす分だけだと決めている。
この一年でいろんな場所を旅してきた。
トレイは思う。いろんな旅人がいるのだと。
お金のためにモンスターを大量にやっつけてしまう人もいれば、人を騙してうまく助けてもらって、いざ手に入れたアイテムを分ける段階になって姿を消してしまう人も、かわいいミントをこっそり人買いに売りつけようとする人もいた。怖い人がたくさんいることをトレイは知った。
トレイは黒いハイネックのシャツを着ている。これは、レンが赤鹿のレザーアーマーの下に着ているものと似たやつで、トレイはすこしでもレンみたいなかっこいい大人になりたいと思うようになっていた。
「早くグリーンドラゴンに会って、そしてまた町に帰って、あったかいもんをたくさん食おうな」
レンはそう言いながら、わしゃわしゃとトレイの頭を撫でた。
トレイはリュックを背負い直し、元気よく返事する。
ピクシー(空を飛ぶ手のひらサイズの妖精)がきらきらと森を舞う。顔があり、頭に双葉が生えたコロポックルも歩いている。小さく、争いを好まないモンスターたち。穏やかに森で暮らす、優しいモンスターたち。
森の奥へ奥へと進むにつれて、モンスターがどんどん小さくなっているようにトレイは感じた。レンはというと、ただまっすぐ前を向いて歩いていた。
「ミント、見覚え、ありそうか?」
レンが尋ねても、
「んー。分かんない」
と、心もとないミントの返事。
薄暗くなってきた。森は深く、木々の茂りが激しくて空が見えない。
ミントの白いローブが淡く発光しはじめた。
「ミントの……服が……なんか、明るいよぉ」
「ほんとうですね。一体、何が……?」
眉根をぎゅっと寄せたミントに、トレイが近づいて言った。レンは周囲の警戒を強める。子供二人の前に進み出て、全神経を集中させた。
すぐ奥には、祠が。
だが結界のおかげでトレイに祠の存在は見えない。
レンには……? そして、ミントには?
「トレイ、ミントの後ろにいて」
そう言うとミントは、いつもレンがしているように短い腕をぴっと伸ばし、トレイをかばうように一歩前に進み出た。
トレイは動揺した。
(この場で、もしかして、ぼくが、もしかして、最弱……?)
低い地響きがし、地面から何かが顔を出してきた。
ゴゴゴゴゴゴ…………
「…………下がっててくれ。ストーンゴーレムだ」
レンが静かに言った。
ゆっくりと姿を現したストーンゴーレム。それは石というより巨大な岩が連なって人型を模した召喚モンスターで、両脚よりも上半身のほうが大きく、逆三角形のような姿をしていた。両腕は長く、頑強な拳が地面に付いている。
あまりに巨体のため動きはにぶそう……とトレイが思った瞬間。
ドゴォォオオンッ……!!!
気づいたら岩でできた拳が振り下ろされており、それを、レンが、両腕に装備しているガントレットでしっかりとストーンゴーレムの一撃を受け止めていた。
(つづく)
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