長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-4
遠くから何やら地響きが聞こえてきた。
ズドドドドドドド…………
その先頭にいたのは、一人の少年。
額に汗の粒を浮かばせながら、一心不乱に走っている。
当て布だらけのズタボロの服の上から、これまた擦り切れたこげ茶色のロングエプロンをつけていた。エプロンにはポケットらしきものが見えるが、穴があいているので意味はなさそうだ。
片手にはナチュラルな淡い色合いの平べったい板。
しかし、ここは草原である。
少年は草原を走り、その後ろには大きなクチバシを持つ鳥型モンスターの姿が見えていた。三匹ほどがギェッ、ギェッ、と甲高い声で鳴きながら追いかけている。
「ううっ……! お腹すいたぁ……! もー、あのお客さん、これだけ追いかけてるのに全然見つからないよ……。次の町にでも行っちゃったんじゃないかなぁ……」
息継ぎの合間にそんなことをつぶやいて、少年は走っていた。
***
「お兄さん! 助かるよ! あとはこの荷物だけでおしまいだ!」
昨夜一泊した町に行商人がやって来た。その恰幅のよい男性が町に到着するなり飛行モンスターに襲われかけてしまったので、成り行きでレンが倒すこととなった。
ミントをおんぶしたミルキーピンクの頭のレンは、両手でミントを支えていて使えなかったため、すらりと長い足で蹴り上げた。
ドゴォッ……!
コウモリに似たモンスター——それは毛むくじゃらだった——はあっさり倒された。レンとしては軽〜く足を上げただけなのだが、その破壊力はすさまじく、コウモリモンスターは口から泡を吹いて伸びてしまった。
足のかぎ爪で掴んでいた行商人の荷物が落下してきたので、レンは再び足を伸ばし、器用に甲の部分に乗せて地に落ちるのを防いだ。見ていた町の人々は拍手喝采だ。まるでサーカスの人みたい、なんだか軽業師みたい、力もあってかっこいい、口々に褒められて、ついでに荷物運搬の仕事も頼まれた。レンは断れなかった。
「レン、何でも屋さん」
「言うな」
荷物運びのお手伝いでリンゴを運んでいるミントが言った。レンは苦笑する。レンの旅の荷物よりもさらに大きな木箱を山ほど抱えて、レンはえっちらおっちら、ミントはテコテコ、行商人はペコペコと恐縮しながら運んでいた。
「お兄さん、強いねぇ。あっしは世界中を行商しながら回っているが、こんなに強い男は見たことねぇや。たったの蹴り一発で、大コウモリを退治しちまうんだもんなぁ」
カッカッカ! と豪快に笑う行商人を前に、レンはふっと微笑んだ。
『お兄さん』
そうなのだろう、とレンは思う。己の姿は湖や町にある噴水、建物の窓ガラスなどでも見ることができる。二十代の若者のような見た目のレン。黒いインナーに赤鹿の皮で作られたレザーアーマーを装備し、黒い手袋と前腕を覆うガントレットをつけている。ファイターの様相をしているが、なぜかロングソードのような武器は所持しておらず、唯一腰に短剣を一匕だけつけている。
何度も丁寧にお礼を言われ、行商人と別れた。
ミントは感謝の気もちとしてリンゴをもらった。嬉々としてミントはさっそくかじりつく。
「わぁぁぁあああぁぁぁ!!!!!」
——今度は、何だ
突然の大声。それはレンでもミントでもなく、そこらを歩いている町民でもなかった。頭上からの叫びだった。
「りぇん! もぐもぐ、ありぇー、なんらー?」
——たべるかしゃべるか、どっちかにしろ!
レンは心のなかでツッコむ。
もぐもぐしながらミントが指をさす。
空から激しい音とともに叫んだのは、一人の少年だった。
レンやミントが羽を回収したときに倒したフォレストバード、わりと大きいそいつの両足に捕まって、少年が空を飛んでいた。というよりも、どうやら捕獲されてモンスターの巣へと連れていかれる道中のように見えた。
「えーと……。だ、大丈夫か……?」
レンが呆れながら尋ねる。
「大丈夫じゃありませぇーん! ……って、あれ?」
バサバサとどこかへ連行されかけている少年は、レンを見下ろし驚いた顔をした。
「あれ? お、お客さん……? あのときのお客さんじゃないですかー」
——あのときの? お客さん?
レンは小首をかしげた。少年はまだ何やら叫んでいる。あー、よかった、これで追いついた、などとにっこり笑いながら、モンスターに連れていかれている。
レンはとりあえず追いかけた。フォレストバードはどんどん飛んでいってしまう。レンも追いかけないと、少年が何をしゃべっているのかちっとも聞き取れない。
「だぁぁぁ! ミント、おっせぇ! ほら、肩に飛び乗れ!」
「あいあいさー!」
フォレストバードが大きく羽ばたき、より一層スピードを出そうとしたので、レンはミントを抱えて本気モードに移行した。本当なら、別に少年が何を言おうがレンには関係ないはずなのに。助けてほしいとも言われていないので、レンが追いかける必要は全然ないのに。
レンは追った。
フォレストバードは飛んでいく。
少年は笑っている。
そこへ、フォレストバードを狙って、新たなモンスターが現れた。
「わぁあ!」
巨大な鳥はクチバシだけでなく胴も、羽も、両脚もすべてが大きく強靭なモンスターで、獰猛な猛禽類として冒険者界隈では有名だった。フォレストバードは巨大鳥に軽々と息の根をとめられ、少年は、今度は巨大鳥の巣へと連れ去られることとなった。
食物連鎖をまざまざと見せつけられるレンとミント。
とりあえず、レンは巨大鳥が高度を上げるまえに大地を蹴って跳躍し、体をひねりつつフォレストバードの下腹部に回し蹴りをおみまいしてやった。
***
「うわぁー! 助かりましたー! もー、お客さんを追いかけて頑張って走ってきたんですが、お客さんの足が速いのでちっとも追いつかなくて困ってました! そしたら大きな鳥さんがぼくを捕まえて運んでくれたので、あぁ助かった、これで楽ちんに追いかけることができるぞーって思いながら、はるばるここまでやって来たんですー!」
レンが助けなければモンスターの胃のなかに入る予定だった少年——目の前でにこにこと爽やかな笑顔で話している——は、自分はレンを追いかけてきた、と説明した。
少年とレンとミントは、近くの食事処(カフェのような店)に入り、向かい合って円形のテーブルについていた。少年の横には山盛りの皿が重ねられている。どれも空っぽで、中身はつい先ほど少年の胃袋に消えたところだった。
ミントの横にもおなじように空っぽの皿たち。
少年とミントで店の全メニューが制覇された。
「……お客さんっつったって」
呆れ返った表情のレンが言う。呆れているのは皿の数にだ。
「おれ、あんたと面識ねーんだけど……」
「そんなことはないですよぉ。でも、あのときはバタバタしていたので、店長も倒れちゃってましたし、仕方がないんです。ぼくも気にしていません。支払いさえ、きちんとしていただけたら」
淡いクリーム色の短髪の少年はにっこりと笑う。
——支払い?
「ここからだと遠いんでしょうか。ぼくは『頑張亭』のホールスタッフをしておりまして、あの日、レンは店にやってきた悪漢たちをメッタメタに打ちのめしてくださいました。他のお客さんたちも店側も、ご忠告しても聞いていただけない彼らにはほんとうに困っていて……」
「おう」
「ほんとうに、ありがとうございました」
少年が深々とおじぎをした。レンもつられてうなずく。
「でも支払いって……。あぁ、おれ、あのとき金払ってなかったのか」
「そうです!」
少年はズイッと身を乗り出した。
「ですからぼくはお客さんを追いかけてきたんです」
——未払金徴収のために、はるばる……
「お前は取り立て屋か」
レンがまっすぐに少年を見てツッコむと、
「いえ、ぼくはホールスタッフです!」
少年はにっこりと笑い、言い切った。
(つづく)
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