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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-5

 町から町へ、野営ばかりの気ままな旅でも構わないが、銭がないと何かと不便だ。レンは町へ訪れる前に、生活の足しにするべくモンスターを一匹仕留めることにしていた。

 多種多様なモンスターたち——人肉の味を知ってしまったゴブリンやオーク、トレントのような大木が動くモンスターなど——を倒し、肩に担いで、必要ならば捌いて、素材と食料とに分別し、町の門をくぐる。
 討伐隊が結成されている掲示を見ればふらっと現場に行ってどうにかするし、倒れ伏した人間がいたら助けてやる。
 レンはそうやって旅を続けてきた。

 「頑張亭がんばりてい」……大きな栗の木でこしらえた看板には店名が彫られており、一歩なかへ入ればワイワイと賑やかな温かい空間がそこにはあった。団らんしている客の表情は皆やわらかくて穏やかだった。いろんな人に親しまれている、そういう店を見ると、レンは心がぽかぽかする。

 レンが食後に大好きなデザートをたべていると、突如、悪漢が数名現れ、傍若無人なふるまいで店と客を困らせていたので、レンはすっと立ち上がって話をした。話が通じなかったので(言語の問題ではなく、倫理観の違いだった)手刀であざやかに気絶させ、店の外に放り投げてやった。


   ***


「……ってなことがあったな。確かに。……思い出したぞおれは」

 レンは腕を組みながらウンウンとうなずいた。

「はい! そうです。その件の支払いがまだでして……」
「いくらだ」
「えっ!」
「いくら、おれは支払う必要があるんだ?」

 淡いクリーム色の髪をした少年は目を輝かせた。これで任務を完了できる、その気もちがそのまま顔に現れている。少年は思い切り片手をエプロンのポケットに突っ込んだ。
 そして驚愕する。

「…………ないっ!」

「は?」
「うわぁ、ポッケに穴がぁー! これじゃあ徴収金額がわからないぃー!」

 少年が涙目になりながらボロボロのエプロンをまさぐった。穴が空いていて端も擦り切れたそれは、大草原を横断したときの苦労を物語っていた。

「ここの、いまお前が食った額じゃ足りねぇのか?」

 レンはそう言うと、少年が平らげた山盛りの皿を指さした。とたん、少年の顔面からさぁっと血の気がひいた。

「……あぁ、お腹が空いてたべてしまったんだった。むしろぼくのほうがあなたにお金を支払わなくちゃいけないよぉ……」

「ミントはたべたけど、サイフはレンなんだよ!」

 しょんぼりとした少年の隣で、ミントがドヤ顔でのたまった。

「くれぐれも『レンはサイフ』と言うことのないように」
 真面目な顔でレンが言う。
 ミントはキョトンとして、それから笑った(←意味は分かっていない)。

「それにしても、よくあの大草原を怪我なく横断できたな」

 言いながら、レンはミントのことを思い出す。守りの加護があるローブのおかげか、ミントもこの少年とおなじように草原を走ってはいたが、怪我はおろか傷ひとつもついていなかった。

「あと、お前の名前は何だ? 差し引いた不足額は初回だから多めに見てやる。このまま店に出戻っても、店主はどうしてお前が何も持っていないのか訝しむだろう? 本来もらうべき金がどうしてどうなったのか、支払い証明書を書いてやる。宛名に必要な名前を教えろ」

 話によると、一睡もせず、何もたべずにずっとレンを追いかけてきたとのこと。フォレストバードから救出後、少年がひっくり返ってしまったので仰天して助けてみたら、空腹でぶっ倒れたらしい。ミント救出劇をいやでも思い出す。

「なまえ…………」

 少年がつぶやいて、遠くを見る目をした。いやな予感しかしない。

「……ぼくには、名前がないんです……。くっ……支払証明書すらいただくこともできないなんて、きっともうぼくはクビですぅ……!」

 口のまわりにたべかすをくっつけたまま、少年がおいおいと泣き出した。

「安心しろ。上様にしといてやる。だからこれでもうおれを追いかけ……」

 レンが言いかけた、そのとき。
 再び平和をぶった切る轟音が鳴り響いた。

 何事かと店内にいたほかの客も立ち上がって様子を伺うと、バタンと大きく扉が開き、ひとりの男が叫んできた。

「大変だッ……! モンスターの大群が町をッ……!」


 ゴブリンの大群が現れた。手に棍棒や弓矢、短剣や斧などを携えて、悪臭を放ちながらどやどやと町にやってきた。その数は三十を超えている。町には警備として門番が町外れに配備されていたものの、これだけの大群相手に戦った経験のある者はおらず、皆、顔面蒼白で狼狽えていた。

 左脇にミントを抱え、右脇に少年を抱えたレンが、ゴブリンたちを眺めていた。少年は走れたのだが、レンはつい思わず二人とも抱えたのだ。

「お前……逃げるときくらいその木の板、置いていけよ」

 少年が両腕で大事そうに抱いているのは栗の木でできた薄い板だった。長方形の四隅がまぁるく加工されており、丸みのあるフォルムが優しい、そんな板。

「これはお店で使っていたお盆です」
「……そうか」
「ぼくの持ち物はこれしかありません。これすらなくしてしまったら、もうほんとうにぼくはクビになるしかありません」
「……そうか」

 一匹、ゴブリンのなかで先頭に立っていた奴が進み出た。
 ゴルァァァアア! と野太い唸り声をあげ、ゴブリンが手にしていた斧を振りかざした。瞬間、それを合図に後方のゴブリン数体が走りだした。

「まずいな。……ミント! お前は町の人の近くにいろ!」

 レンが担いでいたミントを門番にぐいっと押し付けた。

「レン! ミントもおんぶー!」
「するかぁ! ボケェ!」

 幼子を背負ってゴブリンと戦う奴はいない。レンは即刻却下した。

「お前も……! あぁ、名無しか! ミントの近くにいろ!」

 ぼーっとゴブリンたちを眺めていた少年は、レンの大声にびっくりして顔を向けた。盆をぎゅっと胸に抱きしめ直し、こくんとうなずいた。

 レンは走る。この数、所持している武器、モンスターがゴブリンである点から考えると、町の規模と警備力ではまるで歯が立たない。スライムの大群ならまだどうにかなるかもしれないが……。

「お、お兄さん! お、俺たちも加勢を……!」

 武器屋から慌てて出てきたアーチャーらしき人間、もうひとりの槍を持った人間が申し出をしたが、両足が震えていたのを見て、レンは断った。

 なんてことはない。数分でカタをつけられる見込みがあるのだ。

 レンは走る。
 そしてそのまま、先頭のゴブリンを跳躍で飛び越えて、群のど真ん中までやって来た。突如現れたミルキーピンクのレンに、ゴブリンたちは皆驚いていた。

「さて、命の無駄遣いをする奴は、どこのどいつだ」

 ぱん、とナックルダスターを仕込んだ黒い手袋の拳を叩き、手を握って開いてを繰り返した。レンの燃えるような瞳が輝きを増す。深く息を吸い、全神経を集中させる。

 ここは敵陣のど真ん中。
 レンを中心にぐるりと囲んでいる下品な笑いをしたゴブリンたちが、一斉に武器を構えた。


(つづく)


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