見出し画像

長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-6

 ゴブリンの一匹が棍棒を振り落とす。

 鈍い音をたてて地面がえぐれたとき、ピンク色の頭は既にそこにはおらず、ダンッ、という跳躍の音、そして大群の中心の真上にレンがいた。片足を上げ、両手は自然な感じに垂らしたまま、そのまま近くのゴブリンの頭の上へ、とんっ……と着地した。

——まず一匹

 足もとのゴブリンを踏み台にして、レンは再び飛び上がる。今度は両脚をふんばる形に整え、両拳を握りしめる。レンは息を吸う。瞳が燃えている。炎のような光の残像を残しながら、レンは両脚で力いっぱい大地へと着地した。

 ドッゴォォォオオオオン——…………!!

 大地に巨大なクレーターが現れた。衝撃で両足の機能を失ったゴブリン、踏み潰されたゴブリン、揺れのせいで立てなくなり斧や剣を地に突き立てて倒れぬようにするゴブリン。多くのゴブリンたちに、レンの一撃は確実にダメージを与えていた。

——これで数体は役に立たなくなったか

 レンの腰にさしている短剣の出番はない。近くのゴブリンの背後にすっとまわり込み、スコンスコンとレンは手刀で意識を失わせていく。ゴブリンたちはあっけなくその場に倒れていく。
 体勢を立て直したゴブリンが血で汚れた大斧をブンッと振るう。遠心力を伴った恐ろしいその刃先を、しかしレンはガントレットで防いだ。隙ができた相手の腹部めがけ、レンは大きく足を振りさばき、横蹴りをおみまいした。そのゴブリンは吹っ飛びつつ命を失った。

 後列のゴブリンが進み出る。好戦的なゴブリンは、貪欲に、強欲に戦地へと足を運んでいく。レンは目を細めた。切れ長の赤い瞳が悲しい感情をそっと灯した。

 蹴って蹴って蹴って、防いで飛んでかかと落とし。レンは返り血を浴びることもなく、ひたすらに無表情で相手の命を確実に奪っていく。

 ゴブリンの一匹が小さな瓶——栓の代わりにくしゃっとよれた紙が飛び出ている——を手にしているのを見たレンは、三回跳躍しながら後ろへと下がった。
 火炎瓶。ゴブリンは知能が低いと言われているが、こと戦いにおいては武器の扱い、そして投擲道具も作り、使えるまでになっているということだ。レンは目を閉じ、ゆっくり、ゆっくり、深呼吸をした。


「わぁー! おっきな焚き火だぁー!」

 町ではミントがはしゃいでいた。あれだけの大群に若い男ひとりだけを戦いに行かせてよかったのだろうかと、皆が心配で見守っていた。
 ミントは武器屋のおじさんに肩ぐるまをしてもらい、上機嫌だった。
 ゴブリンが凶悪なモンスターであることを分かっているのかも怪しい。

「火柱……?」

 群衆の誰かがつぶやいた。
 肩に乗ったミントのつかまる場所としてぴったりだったのが、武器屋のおじさんの両目だった。ミントの小さな手がぴたっと目を覆ってしまっているので、武器屋は状況がさっぱり分からなかった。

「ものすごい量の炎が出てきました。……魔法、なのでしょうか……」

 真剣な表情でレンのほうを見ている少年も小さく言った。
 瞬きもせず、ずっと見ていた。


 黒煙がもうもうと立ち込めるなか、レンは静かに立っていた。
 襲ってきたら反撃はする。だが、逃げる者がいれば逃がしてやるつもりだった。あの町を襲わないのであれば、それでいい。

 黒い消し炭となったゴブリンたち。
 歩き回るだけで塊も灰となって風に散っていった。
 レンは手の甲で口元をぬぐった。煤で黒くなったが、己には分からない。
 目を閉じ、耳をすましたけれど、なにかが動く気配はなかった。
 だが直感は言っている。まだ戦いは終わってはいないと。

 燃え残った武器を足で蹴りながら、レンは大群のいた場所を歩いた。

「グアァァアア……!」

 威嚇のおたけびをあげながら、一匹の煤で汚れたゴブリンが襲いかかってきた。それをレンはひょいと避け、すこしだけ距離を取った。

「……お前しか、いないみたいだぞ。続けるのか。この、不毛なことを」

「グァァ——ッ!」

 悲しい瞳を伏せ、レンは腰に手をやった。最後ぐらいは短剣で、とも思ったが、やめた。落ち着いた所作で、まるでヨガの山のポーズのようにゆったりと、片足だけ上げてそのまま全身の質量を足の甲に集中させてゴブリンを蹴り飛ばした。

 最後の一匹が倒された。

 真っ黒な大地にミルキーピンクの髪をした男がひとり。

 レンに宿と食事を施してくれた町は助かった。


   ***


 ぶんぶんと両手を振り、ミントが満面の笑みでレンを出迎えた。

「おかえりー、レンー! ボッコボコにやっつけちゃったねぇー」

 ミントとは対照的に、レンの表情は沈んでいた。
 町の人は口々にお礼と案じる言葉をレンにかけてくれたが、レンはというと、曖昧にうなずくだけだった。

「……こっち側には被害は何もないのか」
「はい! 大丈夫ですっ! レンさんが助けてくれたので!」

 淡いクリーム色の髪の少年も微笑んで出迎えた。レンの名はミントから教えてもらったらしい。レンは少年のエプロンのポケットの穴を見て、それからおもむろに彼の頭をわしゃわしゃとなでた。

——無事でよかった

 レンの心に残るものはそれだけだった。
 戦いの功績も、ゴブリンたちの最期の瞳も、鼻が曲がりそうな臭いも、煤だらけの悲惨な大地も、いずれは時間とともに忘れ去られていく——……。そうやって忘れてきたのだ。ずっとずっと、レンは忘れながら生きてきた。

「……あの、レンさん。……あのぉ」

 少年が頬を染めながら言い淀んだので、レンは片方の眉を上げた。

「どうした」
「……ぼくも、レンさんのようになりたいのですが、なれますか?」
「は?」

 胸の前で両手をもじもじさせている。ちなみに大事にしている栗の木のお盆は脇に挟んで一時も離さない。

「無理だろ。いや、まぁ、強くなるのは頑張ればできるかもしれねぇが」

 前半の言葉に少年はしょんぼりし、後半の言葉にぱっと顔を輝かせた。

頑張亭がんばりていなので! 頑張りますっ! いくらでもぼく、頑張れますからっ」
「おぉ、そうか……」

「めちゃくちゃ頑張って、
 それで、いつか口から火を吹きますっ!
 レンさんみたいに!」

 元気よく少年が言い放ったその言葉に、レンはむせた。

「吹いてねぇ吹いてねぇ吹いてねぇ吹いてねぇ吹いてねぇ吹いてねぇ!」

「え? そうでしたか?」
 少年はキョトンとした。

「……ゴホゴホッ! ……吹いてねぇ。見間違いだ」

 そうかなぁ、と小首をかしげた少年は、聞けば視力が鷹並みだそう。頑張亭がんばりていスタッフたちのモットーは「とにかく頑張ること」だそうだ。名前がなくても、経験がなくても、とにかく頑張れば雇ってくれる。

「ぼく、頑張ります……!」

 少年は、夢見る少女のように指をからませてどこかを見ている。きらきらと輝く瞳にうつるのは、呆れた表情のレンと寝ているミント。ミントは幼いので午睡の時間に入ったようだ。ミントの重みで肩が「だるおも」になっている武器屋のおじさんからミントを受け取り、レンは小脇に抱えて宿へと歩いていった。

 その後ろを、ひょこひょこと少年もついて行く。

「……まぁ、予想はしていたが、お前も来るのか」

 宿代、値上がり。大人一名、子供二名。

 もうすぐ夜になる。今日は朝から行商人に襲いかかったモンスターを倒し、荷物運びを手伝って、攫われかけた少年を助け、飯をおごり、そしてゴブリンの大群をやっつけた。午睡から目覚めればもう一度ミントに飯をあげなくてはならないだろう。それも、ありえないくらいの量を。

 レンははぁとため息をつき、少年の同行を許した。
 断ることができないのだ。
 夜は危険だ。そのへんで勝手に寝るなり店に帰るなりしろ、などとレンはとても言えそうにない。

 町の人とすれ違うたびにありがとうを言われながら、レンと担がれたミント、そして少年は宿を目指した。
 途中、大木に矢が三本ささっているのが見えた。矢の作り方が乱雑で汚れが目立っていることから、それは武器屋に置いてあるものではなくゴブリンが放った矢のようだ。

「……この矢。ゴブリンたち、こんなところまで射ってきやがったのか」

 矢を見てレンが言うと、隣を歩いていた少年がこたえた。

「流れ矢ですね。うっかりぼくに当たってしまうところだったんですよー」

 頭に刺さる瞬間にしたくしゃみのおかげで、少年は事なきを得たらしい。それが、三度。三本の矢は、少年が相当な強運の持ち主だという証拠だった。

「ふーん。ま、よかったな」
「はい。よかったです」

 そんなことをしゃべりながら、三人はふかふかのおふとんが待っている場所に向かう。


(つづく)


次のお話はこちら↓

「3色だんごの子連れ旅」マガジンはこちら↓

#小説 #ファンタジー小説 #連載小説 #長編小説 #ライトノベル #私の作品紹介 #創作 #育児 #家族 #ドラゴン #魔法 #命 #食事 #旅 #おやつ #食物連鎖 #3色だんごの子連れ旅

いいなと思ったら応援しよう!

pekomogu 数ある記事の中からこちらをお読みいただき感謝いたします。サポートいただきましたら他のクリエイター様を応援するために使わせていただきます。そこからさらに嬉しい気持ちが広がってくれたら幸せだと思っております。

この記事が参加している募集