長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-6
パリッとした歯ごたえのレタス、干しぶどうのほのかな甘みと香り付けの砕いたナッツ、オイルと塩のみで整えられたシンプル極まりないドレッシングを回しかけたサラダが目の前に。
彩り豊かな野菜は蒸されてふんわりと湯気がたち、緑と白の二種類の岩塩が添えられていた。さらに、温かい野菜のポタージュやコーンの粉で作られた丸いパン、それから穀物と果実たっぷりのココナッツミルクがマグカップに入ってやって来た。
肉や魚、鶏卵のないメニューは、殺生を禁ずるグリーンドラゴンの国ならではの郷土料理だった。
「文句言うなよ、ミント」
出会ったとき既に、生肉を抱えて走っていたミントに向かってレンは忠告した。こういう食生活を送っていたかどうかは分からないが、ミントの出身地がこの森なら、郷土料理をたべることは大切なことなのだと、レンは思っていた。
「………………おにく」
テーブルに並べられたお皿を見たミントが、ぽつりとつぶやいた。
「いろんな食事をたべられてぼくは幸せですぅ」
満面の笑みでトレイはサラダにフォークを突き刺した。
奴隷時代にコボルトと一緒に摂っていた食事を思えば、どんなメニューもトレイには相当魅力的なのだった。
レンはと言うと、量が足りなくて実は辛かった。
文化の違いもあるのだろう。レンの故郷では、肉がメインの香辛料たっぷり激辛料理が多く、旅路でもつい肉をたくさんたべるようになっていた。肉がなくて驚いていたミントも、もちろんトレイも、嬉しそうに葉っぱを頬張っている。どうやらお気に召したようでレンは微笑んだ。
グリーンドラゴンの聖なる森には、唯一の村がある。
この国はほとんどが森で覆われており、人口もすくない。多種多様なモンスターが生命を育んでいるが、毒性や麻痺性のある特別な動植物も多いため、冒険者はあまりこの地を訪れることはなかった。
ひっそりと人間が暮らしている村の、唯一の宿でレンたちは一晩過ごし(今日はミントがグリーンドラゴンだと知った日から数日は経っていた)、肉や魚を使わない食事を摂るのもこれで六度目ほどになっていた。
「やっと森を抜けることができましたね」
トレイがしみじみと言った。
グリーンドラゴンの住む森の奥深くに行くまでに数日、村に帰ってくるまでに数日かかっている。時間がかかってしまったのは、ポージーストーンのような人間を惑わせるモンスターやコンパスがくるくると回ってしまう不思議な森のせいでもあった。
「迷いの森。トレイも、もしこの先こんな感じの場所を歩くことがあったら覚えておくといい。コンパスが使えないときは、どうするんだっけ?」
レンが腕を組みながらトレイに尋ねた。すると元気よくこたえたのは、
「木に目印をつけるっ!」
と言ったミントだった。
地道にすこしずつ、木の幹に人工的な目印を施し一度歩いたかどうかの印を付けながら進む。マッピングをきちんとするのも大事なことだ。マッピングと、途中で休憩兼ミントのためのおやつタイムを取りながら進むので、やけに時間がかかってしまった。
「干しぶどうのクッキー、おいしかったね!」
ミントは、非常事態にと森に入る前に買い込んだ焼菓子を思い出し、よだれを垂らした。かわいい子が泊まってくれて嬉しや嬉しやと、この宿のおかみがせっせとクッキーを焼いてくれたのを、持たせてくれたのだ。
「あ……それなら出発前に、宿のおかみさんにちょっと分けていただけるかどうか、いまぼくが聞いて来ますね」
そう言うとトレイはすっくと立ち上がり、ミントのためのクッキーの交渉をしに部屋を出ていった。
「……優しいな、トレイは」
レンが言った。
「やったー! 干しぶどうのクッキー!」
もらえるかも分からないが、ミントは大喜びした。
ミントがグリーンドラゴンだと言うことは分かったが、家族と会うためにまずレンがすること——ドラゴン族の脅威であるダーク・ウィッチと話をする——旅の目的がまた変わった。
ダーク・ウィッチを倒すのではない。話をするのだ。
レンは争いを好まない。
——奴は、なぜホワイトドラゴンを食ったんだ
ホワイトドラゴンだけではない。奴は世界中のあらゆる人々の噂となっており、スライムやコボルト、お化けキノコなどもたべたらしい。だが最近の傾向としては魔力を持つエルフやピクシー、ニンフと呼ばれる精霊たちを選り好んでたべているとか。
倒すのではなく、たべる。それは何のため?
人間なのかモンスターなのかも不明なダーク・ウィッチ。
モンスターの味に興味があるグルメ家なのか。
それとも精神がイカれた猟奇的な変人というだけなのか。
レンはいつも考える。
そうやってずっとひとりで旅を続けていた。
両腕を組み、うんうんと思考にふけっていると……
ダダダダダダダダ……!
わりと大きな足音でトレイが走って戻ってきた。
気遣い屋のトレイはミントと違って歩くのも静かなことが多い。だが今日は何やら様子がいつもと違うようだ。珍しいな、とレンが思った瞬間、バンッ!と勢いよく宿泊している部屋の扉がひらき、息を切らせたトレイが駆け込んできた。
「あ、おかえりー。トレイ」
「どうした?」
ミントとレンが尋ねると、トレイは言った。
「これ! 見てください……! 新聞ですぅ!」
トレイの右手でひらひらさせているのは新聞だった。
紙が高級なこの世界、ざらりとしたやや茶色がかった大判の紙に何やらびっしりと文字が書かれていた。細い線で描かれた絵のようなものもある。ミントがさっそくそれを見て目を輝かせ、ちょうだいーとねだった。
「いいですよ。何に使うんですか?」
にっこり笑ってトレイがミントに新聞を手渡すと、折って飛ばすとのこたえが。紙トンビ、紙ダーツ、羽のあるそういうものをミントはさっそく折りはじめた。
「……ん? ま、待てミント!」
レンが叫ぶと、トレイもミントもキョトンとした。
レンは乱暴にミントから新聞を奪い取ると、まず最初に紙面の上のほうを確認した。それからざっとすべての内容を見て、裏面も目を通し、目頭を押さえた。
ミントもトレイも、レンの不可思議な行動にぽかんと口を開けている。
「……レン? どうしたの?」
「……いや、年号を確認しただけだ」
実はミントもトレイも字が読めない。新聞だと嬉々として持ってきたのは、ただ「紙」というものが珍しくて嬉しかったからなのだ。
「あーっ! ドラゴンの絵が描いてありますっ」
トレイが指をさしたところには、
『ブルードラゴン・ハープを称える祀謝祭、今年も開催』
というタイトルと、ドラゴンをイメージしたであろう絵が。
——いつの間にか百年が……
レンは動揺した。いつも頭の片隅にはハープの存在があるものの、この一年ほどは何だかそれどころじゃなかった気がした。
ものすごく小さな記事に、
『ブルードラゴンの氷柱に亀裂』『専門家が調査を開始』『次の贄についての予想と見解』なども書かれていた。
「……すまん。ミント、ほら、もう折っていいぞ」
いつもより静かな声でレンがミントに新聞を戻した。小首をかしげながらミントは続きに取り掛かる。トレイは尋ねた。
「レン、このドラゴンは何ドラゴンって書いているんですか?」
レンはこたえる。
「ブルードラゴンって書いている」
「そうなんですね……。あとこの絵、なんだかおいしそうです。これって、レンは知っていますか? これはおやつなんでしょうか?」
丸が三個連なって、その下から棒がちょこっとだけ見えている。
「……これは三色だんごだ。その、お祭りを今度やるらしいな。ブルードラゴンの聖地で」
お祭り……! トレイは目を輝かせた。
おだんご……! ミントはよだれをゴクリと飲み込んだ。
——うぇ、こいつら、すっげぇ行きたそうな目をしてる
きらきらと輝く四つの瞳にレンはたじたじだ。そうでなくとも、ホワイトドラゴンとグリーンドラゴンの聖地へは順番に旅をしてきたのだ。四大ドラゴンは残り二つ。レッドドラゴンとブルードラゴン。トレイが、次はブルードラゴンの国に行ってみたい、と言うのは時間の問題だった。
レンはうつむく。行きたい気もちと、見てしまうのが恐ろしい気もちが交錯する。
——ハープ…………
緩やかにウェーブした足首よりも長い水色の髪をしたハープ。何度も大空を共に飛び、二人でいろんな風を浴びながら、たくさん話をしたハープ。
ハープはブルードラゴンだった。
そして、レンの恋人だった。
そして……ハープはブルードラゴンの現在の贄だった。
(つづく)
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