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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-7

 ブルードラゴンは恵みの加護をもたらす。
 聖地マリンリズムは加護によって清らかな水源を持つ豊かな町としても有名だ。治安もよく、辺境に位置するグリーンドラゴンの町と違ってたくさんの人間たちが住み、貿易も盛んで商業施設も多い。

 町の中央には大きな噴水がある。そこは待ち合わせの目印になることも多く、カップルや家族の笑顔でいつも賑やかだ。

 町全体がやわらかな色合いのガーランドで装飾され、夜に照らすためのランプを吊るす木の枝には、旗がくくりつけられ、露店は噴水を囲むようにずらりと連なり、祭が開催されていた。

祀謝祭ししゃさい

 ブルードラゴンのハープがにえとなって今年で百と三年目。これは歴史上初のことであった。通常の贄は六十〜七十年、短くて五十年、特に魔力の高い贄でも百年が限界とされていた。
 それが、百年を越し、ハープの贄はいまや百と三年目。
 前代未聞の新記録だった。
 人間たちは皆ハープの存在を称えた。

 店主こだわりの甘味や軽食は来場者たちの心と腹を満たした。
 笑顔があふれる聖地マリンリズム、噴水の水はこんこんと湧き出ている。
 贄を祀っている神殿は解放され、ちらほらと旅人や参拝者が出入りしているようだった。神殿への途中にある広場に設営された壇上では、木管楽器によるやわらかな調べが人々の癒やしとなっていた。

 その場を、ゆっくりと黒い人が歩いていく。

 人なのか、モンスターなのか。

 足音も立てずに動いているのは、彼の黒い靴がわずかに浮いているからかもしれない。シャン、シャン、と動きに併せて長い金属製の杖の先端が鳴る。天秤を模した杖の装飾には複雑な紋様が彫られている。

 皆がうきうきと楽しそうにしているなか、黒い彼だけが異様だった。

 黒いフードを目深にかぶった彼が足を止める。
 そして、見上げる。神殿を。

「……贄はここか」

 口元に微笑を浮かべて、青白い顔(目元はフードで隠されている)の彼または彼女はつぶやいた。


   ***


「いらっしゃぁぁい! 三色だんご、ありますよぉお!」
「かっこいいピンク頭のお兄さん! パパかな? 子供たちに名物のだんご、いかがですかぁ?」
「かわいいお嬢ちゃん! いらっしゃいませぇー! ほら、おだんご!」

 露店の前を通るたびに受ける、客引きの洗礼。

——もう、だんご、食えねぇ……!

 懐事情の話ではなく、レンのお腹は三色だんごやら甘味やらでパンパンに膨れ、もう限界だった。久しく聖地マリンリズムには立ち寄っていなかったので、大好きな三色だんごをミントやトレイと一緒にたべながら、レン自身もおいしく堪能していた。店によって味も食感も違うので、ついつい何種類も試してしまった。

「おいミント、そろそろやめとけ」
「おふぉ? あんえぇー?」

——たべるかしゃべるか、どっちかにしろ!

「甘いものとしょっぱいもの、交互にたべるとどうしてこんなにたべられるのでしょうか……」

 悟りを開いたような顔でトレイが言った。黒いハイネックのシャツの腹部は、いつものトレイと比べるとややぽってりと膨らんでいるように見える。

「レン、すみません。ぼく、つい調子に乗ってたくさんたべちゃいました」
「お前、調子に乗ったのか」
「はい、乗りました。乗っちゃいました」

 トレイは言いながら、腹をさすった。

「ぼくは働いていないのに、たくさんレンにお金を使わせちゃった……」

「レンはサイフなんだよ」

 しょんぼりとするトレイの隣で、ごっくんしたミントが胸を張った。

——超どうでもいいことばっか覚えやがって……!

 レンはキッとミントを睨む。
 何しにここへ来たんだっけ、と当初の目的を忘れかけていた。
 だんごが名物とはいえ、ここまでフード業界が発展していたとはレンも知らなかった。種類豊富すぎるが故、三色だんご専門家によるレビュー一覧、というチラシを配布している人もいた。

 噴水のところにやってきたレンたちは石碑を見た。

——We remember the deceased as a kind and generous dragon.
  (私達はドラゴンらを親切で寛大な存在として偲びます)

 ハープの名を見たレンが、そっと刻名を指でなぞる。
 トレイは隣でレンを見上げた。その表情があまりにも悲しそうで、トレイは胸が苦しくなった。もしかするとレンは、ほんとうはここに来たくはなかったんじゃないか……そう思ってしまうほどに。

 太陽は真上にあるらしい。人々の影が小さく短くなり、食事を求める客たちで露店は忙しそうだ。

「ミント、ブルードラゴンに会ってみたい」

 レンと手を繋いでいるミントが言った。
 神殿は解放されている。ブルードラゴンたちがうろうろしていることはないはずだが、子供たちの経験のためにも、一度「贄」を見せたほうがいいのかもしれない、とレンは思った。特にグリーンドラゴンであるミントには関係がある。たとえミント自身が贄にはならなくとも。

「……レン。あの、無理にここに行かなくても……」

 神殿の入口で立ち止まるトレイ。背負ったリュックサックの肩紐をつかみ、やや俯いていた。

「なんだ、トレイは神殿を見てみたくはないのか? ここは無料だぞ」

 お金の心配をされていると勘違いをしたレンは、トレイを安心させるべく頑張った。誰でも神殿を見て構わない、たくさんの人に贄の姿を知ってほしいという理由もあって、祭の期間だけは解放されているようだった。もちろん姿を見せることはダーク・ウィッチに狙われるかもしれない危険性も孕んではいるが……。

「あぁ、ダーク・ウィッチ」

 レンは思い出した。旅の目的を。
 三色だんごたべ歩きですっかり薄れていた記憶が蘇った。

「すまん、トレイ。神殿に行くのが怖いのかもしれないが、贄のいる氷柱の近くに詳しい人がいるかもしれねぇんだ。彼らにダーク・ウィッチのことをすこしでも聞けたら、何か手がかりが掴めるかもしれねぇんだよ」

 レンがもっともな理由を言うと、トレイはキョトンとした。

「氷柱って?」
「あぁ、氷柱ってのは、贄を閉じ込めている巨大な氷だな。ブルードラゴンの場合は氷のなかに贄がいるんだ。レッドドラゴンだと炎のなかにいるから火柱って言ったりするけど……」

 すらすらと豊富な知識を教えてくれるレン。トレイは思う。

(ぼくはまだレンのことも、ドラゴンのことも、全然知らない……)

 ミントに神殿内での注意事項を念入りに伝えているレンを見ながら、トレイはそっと目を伏せた。きっとレンは、遠いむかしに神殿のなかにだって入ったことがあるのだろう。贄というものがどんなものか、トレイは知る由もない。閉じ込められている……でも、贄はドラゴンなのだという。

 レンとおなじ仲間が閉じ込められている。
 その真実を知りながら、神殿へ足を踏み入れようとするレン。

(どんな、気もち、なんだろう……)

 トレイは考えてみる。自分みたいなちっぽけな子供が分かるはずもないくせに、それでもレンが悲しい気もちにならなければいいのに、と願う。

「一応トレイの盆に、守備の性能を爆上げする魔法をぶちこんどいたぞ。後ろからの攻撃には強い。問題は前だ、前。この間の森ですっ転んだみたいにならないようにな」

 トレイに振り向いてレンが言った。
 盆とは、トレイがいつも肌身離さず持っている、木製の板のことである。

(そうだ。ぼくたちはダーク・ウィッチに会って、もう誰かを傷つけることをやめてもらおうって話をしなくちゃいけないんだ)

 トレイは決心する。転んでいる場合じゃない、と。

 賑やかな町の広場とは打って変わって、神殿の近くはひっそりとしていた。建物の周りにはぐるりと細い堀があり、水が流れていた。堀に架けられた小さな橋をわたり、おびただしいほどのツタで覆われた古めかしい神殿へ、三人は足を踏み入れた。

 すぐにひんやりとする。壁は石でできているようだ。
 キケン ナニモ フレルナ、との注意書きが立て看板に記されている。

 コツン、カツン、コツン、カツン

 歩くたびに靴音が建物内に響き渡る。何人かの参拝客とすれ違った。とてもここでおしゃべりを楽しめるような雰囲気ではないので、誰もが口をつぐんでいる。わずかな風と、それからいつの間にかずっと耳奥で知覚している水の流れる音。

 レンは何もしゃべらない。
 ミントすら、いつもと違ってしゃべらない。

 この最奥に、贄が、祀られている。


(つづく)


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