【掌編小説】どちらを選んでも
教室で席について本を読んでいると、廊下から賑やかな音がした。
どすどすと重みのある足音が近づいてくる。
それから、注意と指導の声(これは教師と思われる)。
注意されてもまた駆け出す音……。
「つーきーぃぃぃ!!!」
急いでいたのか、入口のドアに肩を殴打し、奴は呻いた。
蛙の潰れたような声……幼少期に近所の田んぼでゲコゲコ鳴いていたような……濁った声を漏らし、奴――角谷は僕の前にやって来た。
頭が丸い。
つるっとして、陽光を反射している。
まぶしいな、そして、激しいな……。
読んでいるページにスピンを垂らし、僕は文庫本をパタリと閉じた。
角谷が来たらどのみち読書ははかどらない。
「どうした」
「つき!! つき!! 大ニュース!!!!!!」
「音量、三つ下げる」
「……つき! つき! 大ニュース!!!」
若干声が小さくなっただろうか。
角谷は何やら興奮冷めやらぬ様子で、片手に持った一枚の紙を僕に見せてきた。
よく見ると、封筒のようだった。
ひっくり返すと、ハートのかたちをしたシールも貼られていた。
「これって……」
僕が怪訝な顔をすると、角谷は鼻をふくらませた。
「恋文ってやつだぞ!!!!!!!」
左の耳から右の耳まで一直線。ものすごい振動が通り抜けた。
キ――ン……
あぁ、まぁ、角谷の興奮具合も納得だ。これは一大事だろう。
耳が痛い。
開けてくれと頼まれて困惑すると、野球部でがっしりした体躯の角谷でも開ける勇気はないとのこと。そして大事な手紙を奴が開ければ、うっかり力が入りすぎてビリビリにしてしまうかもしれない、という懸念もあるのだとか。
そんなわけで僕は筆箱からペーパーナイフを取り出し、開けた。
「それはなんだ?」
角谷はペーパーナイフを知らなかったらしい。僕は黙殺する。
中身を取り出して渡すと、角谷は両手で目を覆ってくねくねした。
「どうした」
「……だめだ、俺、とても中身を読める気がしない。月、お前読んでくれ」
僕が!?
これが恋文なのだとしたら、他人からの好意を代替人が最初に読んでしまうというのは大いに気が引けた。でも、角谷はずっと体をくねらせている。
仕方なく、読んだ。
もう一度戻って、上から下まで、丁寧に読んだ。
「これはお前個人宛ではないな」
「何だって!?!?」
角谷は蒼白になってうろたえた。
封筒のなかには大小の手紙が二枚。
僕はそれらを丁寧にたたみ直して、机の両端に一枚ずつ置いた。
「角谷よ。手を出してくれ」
角谷に手のひらを差し出すと、予想通り奴は眉根を寄せた。
「俺と……手をつなぎたいのか……?」
「……まぁ、そういうことになるな」
僕の返事に、角谷はぽっと頬を桃色に染めた。
若干震えながら、角谷は僕の手のひらに無骨な手を置いた。
ピッチャーの手。ただし、差し出したのはボールを投げる手ではない。
「僕が勝てば小さな紙、お前が勝てば大きな紙のほうだ」
「はっ?」
「肘をつく」
「はぁっ?」
「よーい…………、レディ・ゴー!」
僕は叫び、問答無用で角谷の手を腕ごと押し倒した。
あとすこしで机に奴の手の甲が着地する……その瞬間、奴も状況を把握したのだろう、反対側への力が加わった。
「月! 熱い展開だな……!」
「親指は巻き付けん! 中に隠す!」
僕の頭のなかに、腕相撲の公式ルールが展開された。
「うおおおぉぉおおおッッ!!」
「うぉぉぉぉぉ!」
僕は全力を腕に込める。
山田 月。趣味、読書。
まぁ、筋トレで腕立てはしているが、野球部である角谷の練習量には到底敵うはずもなく。だがしかし、見切り発車の試合開始(ちょっとずるい)、角谷は恋文の衝撃で精神が不安定、加えて僕の利き手は……左だ!!!
疲れることはしない主義だが、すこし楽しいと思った。
「ぐわ――ッ! ずるい、ずるいぞぉッ! 月! 俺は利き手じゃねぇ!」
「知っているッ!」
だぁぁん!!!
ゲーム、終了!
結果は、僕の惨敗だった。
勝者の角谷は満面の笑みだ。
はぁはぁと息をついていると、目の前がふっと暗くなった。
「……すごい、白熱試合だったね」
山口さんだった……!
彼女は肩までの黒いボブヘアを揺らし、くすくすと笑っていた。
「楽しいぞぉー! あっ、今度は月と山口さんで腕相撲したら?」
角谷の提案に、僕はぎょっとして目を剥いた。
山口さんのほうを見ると、目が合って心拍数が一気に増加した。
公衆の面前で彼女と手を繋ぐ――たとえそれが公式試合だったとしても――いまの僕には途方もなく難題に思えた。
もう一度山口さんを見れば、彼女も顔面から湯気が出ている。
それでも、そっと手を差し出してきたので、僕は卒倒しそうだった。
「あっ、月はお疲れモードだしな。やっぱ俺と試合しよう! 山口さん!」
ぱっと顔を輝かせて角谷が山口さんの手を掴んだ。
え? え? と山口さんは戸惑うも、ずるい角谷は遠慮なく試合を開始する。
レディー・ゴォォル!
疲れ知らずの角谷の、ダミ声(誤字)が教室に響き渡った。
先程の試合で角谷が勝ったので、これから大きな紙を開こうと思う。
これは角谷個人宛の手紙ではない。
どういう経緯でこれが僕たちに届いたのかは分からないが、
宛名にはこう書かれている。
――「足踏みするかたちたち」への推薦レビュー
ご感想、それから推薦レビューをしたためていただいた乃井 万之介さまへ。心からの感謝を掌編と共に贈らせていただきます。どうか、楽しんで読んでいただけたら幸いです。
……と、書かれているが一体どういうことだろうか。
混乱の極みの僕は、頭痛がし始めてきた。
とにかく、大きい紙、そして小さい紙の順に公開していこうと思う。
山口さんの手は、やわらかくて、心地よい。
彼女の繊細な手をあんな乱暴に机に叩きつけるなんて、どのみち僕にはとてもできそうにないのだ。だから僕と山口さんが腕相撲をしたとしても、どちらが勝つかは決まっている。
未来が分かっている試合は、はたして意味があるのか。
こたえは、いろんなかたちがあるからな。
どちらを選んでも。
(おしまい)
新作「足踏みするかたちたち」の推薦レビュー、ご感想、
そして、あたたかなご紹介記事をいただきました。
推薦レビューの一部をご紹介させていただきます。
朝に知り、おふとんの上で飛び上がって喜んでしまいました…!
全文は こちらから お読みいただけます🙏
色々な形があっていいよね!って思いました
自分のことをうまく言えない人。
相手のことを一生懸命考えてしまう人。
そんな彼らが不器用だけど優しくて、人を好きになることの原点を見たように感じます。
円さんと月くんのじれったい関係はもちろんですが、丸尾くん、角谷くん、球介さん、薫子さん、海之介さん……
周りのクラスメイトや主人公たちを包む大人たちの『好き』の形も素敵でした。
そして思いました。人を好きになるというのは、相手を思いやる気持ちを持つことなんだな……と。
乃井 万之介さまの作品
今、わたしが読み進めているのはこちらの2作品です!
完結はされていないので、リアルタイムで読むワクワク感があります。
感情を色で表現されるなど、美しい描写に大変刺激を受けています。
読了後はキャラクターのイラストも描いてみたいなぁ…
とこっそり思ってたり。
英語に苦手意識があるわたしの、中学校時代にオススメしたかった作品。
読んでいたらもっと楽しく英語を学べたのかもしれません。
挿絵が秀逸で、お腹がよじれるほど笑いながら読んでいます。
続きも楽しみにしております!
乃井 万之介さま
このたびはたくさんの優しさをいただき、
本当にありがとうございました!
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