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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-5

 静かな夜だった。
 フクロウの声が時折聞こえる以外は、涼しげな風がさらりと吹き、焚き火もないのでひたすら静寂に包まれていた。

「う〜ん……」

 テントのなかからうめき声と衣擦れが聞こえた。
 レンは、寝返りをうったミントの気配を感じ取り、隣で膝を抱えていたトレイは、うつむいてただ黙っていた。

 昼間、ミントに関する情報が手に入った。
 それはあまりに残酷で、身勝手なものだった。

『戻らず、生きよ。弱い人間のまま、生きて生きて生き延びよ』

 ミントがグリーンドラゴンだということが分かり、そして凶悪な存在から身を隠すため、ミントとおなじグリーンドラゴン一族は結界を張って姿を消し、ミントだけが人間の姿に変えられて野に放たれた。
 たったひとりで、この広大な世界に。
 そして戻ることもかなわない。
 家族に会える見込みもない。

 トレイが膝に顔を埋めて小さく言った。

「……ミントがご家族と会うためには、そのダーク・ウィッチという凶悪な存在をやっつけるしかないのでしょうか……」

 フクロウが鳴く。ホウ、ホウと。
 見上げても木々の茂りによって空は見えない。トレイは続ける。

「……ミント、時々、夜に泣いていることがあるんです。町で、迷子の子供をお母さんのもとに届けた日とか。お祭りで、お母さんやお父さんに手を引かれて楽しそうにしている子供を見た日とか」

 レンはそっと隣のトレイをみつめた。ミントの寝相がひどいので、ひとつのベッドにレンとミントは一緒に寝ることができない。それで、宿ではミントとトレイがひとつのベッド、レンはひとりで寝ることにしていた。

 ひょんな偶然から家族のように旅をしてきたミントとトレイ。いつだってトレイはミントのことを心から大切に接してくれている。

「いっつも腹が減ったとかなんとか言ってるが、まだまだミントは親と一緒にいたいんだろうな」
「ええ、きっとそうだと思います……」
「そうだよな……」

 レンはつまんでいた干した果実を頬張った。甘酸っぱさが口のなかにじんわりと広がる。

 ミントの着ている白いローブ。レンが森ババアと呼んでいた者の話では、『供物のなかで最も誇り高い守護のローブ』と言っていた。そして『これで傷つくことは皆無。最強最高の防具だから』とも。
 たとえ幼子がひとりで野に放たれても。
 守られるから安心。
 でも、心はどうだろうか。
 ミントの心は、ローブでは守られないのではないだろうか。

——やはり、そのダーク・ウィッチという奴をどうにかするしかねぇのか

 レンは己の手を見つめる。黒い手袋で隠されてはいるが、ナックルダスターを仕込んでいるので殴るだけで相当なダメージを与えられる拳。

 森ババアとはむかし一度だけ面識があった。そのころは、あの深き森でグリーンドラゴンが平穏に暮らしていた。人間の姿をしたミルキーピンク色の髪のレン。たくさんの巨体な新緑のドラゴンたちの間を恐れることなく堂々と歩き……そして玉に話しかけ、祠の最深部に入り、当時のグリーンドラゴンの主と話をしたこともあった。

 森ババアは主のドラゴンの側近で、老齢のコボルトだった。

『お主のような乱暴者が此の地に足を踏み入れるなど我慢ならん』

 レッドドラゴンを毛嫌いしている森ババアは、初めから口悪くレンを罵った。それをグリーンドラゴンの主はやんわりとたしなめた。側近の非礼を詫び、人間の姿で訪問したレンの配慮(ドラゴンの姿でここに来れば不要な諍いが起こる可能性もあるため、レンは敢えて人間に変化トランスフォームして訪れていた)を理解し、丁寧に感謝を述べた。

 守りの加護を司るグリーンドラゴンは、諍いや戦い、誰かを傷つけることをひどく嫌う。聖なる森、そしてにえの加護を受けているグリーンドラゴンの聖地は、幾年にわたり穏やかに人々が暮らしてきた土地だった。

 そう、贄がいる限り……。

「トレイ。……おれたち四大ドラゴンには、贄っていう奴がいるんだ」

 レンが言うと、トレイは伏せていた顔を上げ、レンのほうを向いた。

「……贄?」
「……そうだ。ずっとずーっと、むかしから続いていることだ」

 もし興味があれば話すが……聞くか? とレンが尋ねると、トレイは大きくうなずいた。ホウ、とナイスタイミングでフクロウも一声鳴いた。


   ***


 水の都、ここはブルードラゴンを祀っている聖地——マリンリズム。
 都の中央の大きな噴水は絶えず清らかな水をこんこんと流し続けている。
 朝も晩も休みなく湧き出すこの水たちは、どこから来ているのだろうか。

 そこへ、一組の母子がやって来た。

「ママ、見て! 噴水!」
「ほんとうね。まぁ、見てちょうだい。なんて澄んだ水なのかしら!」

 ひとすくいすると冷たさが子供の手のひらと心を清めていく。母親も子供の隣に腰掛けて、水に手を触れる。たちまち頬がゆるみ、顔が明るくなった。旅の疲れ、仕事の疲れ、人間関係の疲れ、あらゆる淀んだ気もちが水に触れるだけでスッとクリアになっていく。

——どうか、どうか、皆が心穏やかになりますように

 水の調べがそっと願う。
 とろとろ、さらさらと流れながら、水たちは願い続ける。
 この都の水たちは意志がある、と言う人たちもいる。

 大きな噴水の正面には、大理石でできたシンプルな石碑があった。

——We remember the deceased as a kind and generous dragon.
  (私達はドラゴンらを親切で寛大な存在として偲びます)

 最下部に記されたドラゴンの名前と思われる箇所には。

——ハープ

 そう、彫られていた。
 名前の前には四桁の年数も彫られてあり、現在はその年数から既に百年は経過していた。

 ずっとずっと、水は湧き続けている。

 水の都の此の地は稲作が盛んだった。豊かな水源、やわらかく稲穂をなでる日当たりの良い平らな土地、その恵みによって育まれたたくさんのたべものたちが、人々の心を豊かにし、旅人たちを優しく受け入れる。

 聖地マリンリズムの名物は海鮮料理とだんご。
 祭の時期が近づいている。
 祭では露店や旗が並び、シェフ自慢の軽食や甘味などが振る舞われる。
 三色団子もたくさん並ぶ。
 ピンク、クリーム、そしてミントのような淡い緑。

——どうか、どうか、皆が心穏やかになりますように

 水たちが
 いつまでも
 そっとつぶやく。


(つづく)


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