長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-11
「あわわわ……! ミ、ミント、だめですよ……! ここは飲食厳禁なんですからぁ……!」
できるだけ小さな声でトレイは言った。
ミントは口の周りを貯古齢糖でべったべたにしながらキョトンとトレイを見上げた。だがすぐに、レンと神殿に入る前にお話したことを覚えていたようで、お腹が空いたんだもん……としゅんとなった。
『施設内 飲食厳禁』
『神聖な場での、たべること、のむことを禁じます』
「さっきまで目を回していたのに……。うーん、じゃあほら、ぼくがミントの前に立ちますから。それならレンにはきっと見えないと思う。いまのうちにとりあえず口の周りだけでも拭いちゃってください……!」
トレイはそう言うと、激闘を繰り広げているレンからミントを隠すように立った。
——ミントのやつ、神殿内では食うなって言ったのに……!
トレイの気遣い虚しく、レンにはしっかりと見えていた。
杖さえなければダーク・ウィッチは魔法が使えまい。そう睨んでいたのだが、あと一歩で攻撃が決まる、というところで新たな邪魔が入った。
連続蹴りの途中で、凍えるような冷気がすうっと辺りに漂った。
「こらぁ——ッ! 聖なる贄の場で、戦うなんて言語同断よッ!」
女の怒鳴り声。
一瞬、レンの気が逸れた。
その機を逃さず、黒いローブを纏ったダーク・ウィッチはすばやく移動し、杖をかき抱いた。
「……くそッ…………!」
ダーク・ウィッチの腹部がパカリと割れ、大きな鮫のような口がズルズルと伸び……ハープの氷柱をまたたべるのかと思いきや、その巨体な口もろとも、柱に倒れかかってきた。
ドドォォォオオオン!!!!!
氷柱に亀裂が入った。
ピシ、ピシピシ、と繊細な音がして、やがて亀裂は広がっていく。
「いやぁぁぁ! ハープねえさん……ッ!」
女が叫んだ。
ハープのことを、ねえさん、と呼んだその女は水色の髪をしており、肩の辺りで切り揃えられていた。首から腿までぴっちりと体のラインに沿った濃紺のタイトなワンピース姿で、天井部からすごい速さでレンのいる場所まで移動してきた。その背には深い蒼の翼が生えていた。翼は天使のような柔らかな羽が生えたものではなく、翼竜、あるいはコウモリが持つような、なめらかでつややかな薄い膜があった。
レンはキッとダーク・ウィッチを睨みつけ、叫んだ。
「この……ッ! 罰当たりが……ッ!」
「罰など当たらぬ。我は至高の存在となる者。粉にして、氷菓として、食ってやろう。そのほうが消化も良さそうだ」
「貴様————ッ! ねえさんの、ねえさんの柱を、よくも……ッ!」
ダーク・ウィッチのあまりにも理不尽な言葉に、水色の女が血相を変えて飛びかかっていった。だがそれはあっさりとかわされた。
「おい、お前! 奴はダーク・ウィッチだ! 食われるぞ!」
レンが忠告した。
「何よ! あんたなんかに言われなくたって、奴に食われるようなわたしじゃない! 口出ししないでよねッ!」
「奴は強い。わりと」
「わたしだって、負けないッ!」
どうやら青い翼を持つ女は勝ち気な性格らしい。
蒼い翼をはためかせ、鮮やかなスピードで移動しつつ、氷の棘のようなものを手のひらから出現させてダーク・ウイッチに浴びせている。
レンには女の見当がついていた。
——ハープのことをねえさんと言っていた。……なら、彼女は……
ダーク・ウィッチが杖を振りかざすと、ものすごいスピードで大蛇が現れた。うねりながら大蛇が女に襲いかかってくる。女は身を翻し、避けた。しかし、避けきれずに蛇の顎が女の細い足首を噛んだ。
「ほらみろ」
噛んだ直後、レンが大蛇の首を蹴ってふっ飛ばした。
力を失った蛇の肉体が石床に散った。
ダーク・ウィッチは、今度はレンではなく氷柱を標的にしたようで、杖からあらゆるものを出現させて攻撃を仕掛けてきた。黙々と攻撃を粉砕し、柱を守ろうとするレン。だが、数が多すぎて何回かは柱に当たってしまう。
(あぁ、ハープさんの体が、崩れていってしまう)
トレイは眉をひそめ、どんどん亀裂が入る氷柱を見つめる。
「貴様……ッ! やめなさい……ッ!」
「……くそっ! …………ハープ……ッ!」
泣いているように叫ぶ蒼翼の女とレンの声が神殿内に響き渡る。
「貴女は、この贄を『ねえさん』と呼んでいたな。ならば貴女は……」
ダーク・ウィッチが杖を氷柱のほうへ、体は飛び回る女のほうへと向け、厳かに言った。女は憎しみを込めた眼差しで男を見返す。
「……そうよ! わたしはハープの妹、マリンバッ! ダーク・ウィッチ! このブルードラゴンの神殿での蛮行、絶対に許さないッ!」
マリンバという女が空中でぴたりと静止し、両手を振りかざした。
輝く結晶がまたたく間に集まって、まんまるの白い塊が形を成していき……
「ハッ!」
手が下方へ降ろされると同時に、白い塊は巨大なドラゴンの頭部へと姿を変え、一直線にダーク・ウィッチへと襲いかかった。
神殿の最奥部のこの部屋は見るも無惨な状態だった。石床はいたるところが削られ、崩れている。天井部からの鍾乳石も激しい戦闘による揺れで落ちてきており、地面で砕け散っていた。
翼のあるマリンバと違ってレンは飛べないので、石床の上に立っていた。
飛んでくる瓦礫や石、岩、欠片などをひょいひょいとかわす。
トレイは荷物をかき集めて背中に背負い、ミントの手を引っ張って出入口に近いところへと走った。
「うきゃん!」
ミントが石につまづいて転んだ。
両膝は白いローブの加護によって守られた。
マリンバが召喚したであろう大きな白いドラゴンは、ダーク・ウィッチを丸呑みにしたように見える。一方で、ハープの氷柱の亀裂は止まらない。クモの巣状の亀裂がじわりじわりと広がりを見せている。
レンは上半身をかがめ、膝を折り曲げた。
白いドラゴンの口元から、漆黒の異形なものが姿を現す——……。
レンは跳躍した。ドゴォンッ!と大地が揺れ、レンがいた場所にはクレーターが現れた。
「きゃあ————っ!」
——こいつ、ブルードラゴンの召喚魔法までもを食っちまった……!
「残念。珍味を食す希少なチャンスだったのに」
一撃でダーク・ウィッチを仕留めたと思っていたマリンバだったが。
ハープの妹ということは彼女もまたブルードラゴンということ。
相当の魔力を持つ四大ドラゴンの召喚魔法だったにも関わらず、ハープの欠片をたべたからなのか、あっさりと白いドラゴンごとダーク・ウィッチはのみ込み、あまつさえマリンバも体内に取り込もうとしていた。
さっきまでマリンバのいた場所を、漆黒の——ダーク・ウィッチの腹部にある大きな口が、がぶりと噛みついた。
(つづく)
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