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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-3

「ぐわぁぁぁあ…………!」

 ミントに手を伸ばして捕まえようとしていた男が叫び、その場に崩れ落ち、のたうち回った。腕がありえない方向へと曲がっていた。

 ざわめく聴衆の視線の先にはキョトンとした愛らしい少女。ミントはたべかけの赤い果実を胸に抱き、不思議そうな顔でレンを見上げた。

「…………ぶか?」

 レンが何かをつぶやいたが聞こえなかった。
 ミントは目を見開き、小さな短い指でレンの後ろを差し示した。

「クソガキに、クソ野郎ぉッ!」

 悶絶した男とは別の男が、レンに向かって短剣を突き出してきた。
 その手首をすっと掴み、レンは反対の手で、やわらかく男の腕を上からまっすぐに叩いた。
 すとん、と静かに、優しく。
 男はぐるりと回転し、驚いた顔のまま地に叩きつけられる。

 ドゴォンッ……!

 切れ長の赤い瞳が輝きを増した。無表情のまま、レンは倒れた男たちの首裏を手刀ですこんすこんと打ち込み、そのまま気絶させた。軽やかな音とともに男二人は倒れ伏し、残るは長身で黒いメガネをかけている兄貴と呼ばれた人間のみとなった。

「揉めごとは、面倒だ……」

 レンは悲しそうにつぶやいた。詩を詠むような、食事の前に手を合わせるような、静かな声色だった。

「どうする? 続けるのか?」
 レンが尋ねると、兄貴と言われた男は肩をすくめ、
「また、どこかで」
 と言い残し、意識を失った子分二人の首根っこを掴んで、ずるずると連れ去った。


   ***


 この町で唯一の安宿にて、ミントはもぐもぐと赤い果実をたべていた。レンがお代を払ってくれたので(しかも迷惑料だと上乗せして支払ったので、おばちゃんが感激し涙ぐんだ)遠慮なくたべた。

 でも、なんだか最初にたべたときより、おいしくない——……。

 ミントはうつむく。レン、とつぶやくと、レンはミントのほうを向いた。

「どうした」
「……怒ってる?」
「は? なんでだ?」

 怒っているわけではないらしいと判明し、ミントはレンの座っている足の間に割って入った。レンは服の穴を針と糸で繕っていたところだった。

「おじちゃんたち、退治してくれて、ありがとう」

 そう言うと、ミントはレンの胸元に顔をうずめた。レンは小首をかしげ、繕いものをするのは一旦諦めることにした。針がミントに刺さりそうだ。

「怪我はないのか。……お前、本当に運がいいな」

「そうなの?」
「そうだ。運がいいから、モンスターたちに追いかけられても逃げられたんだろ? 転ばずに、追いつかれもせずに」

 なんならおれが助けてやらなくっても良かったんじゃね? とレンが軽口をたたくと、ミントはびっくりした顔をした。

「ミントは、体が強いっておばあちゃんが言ってた。矢が当たっても、刺さらないんだって。痛いやつで刺されても、先っちょが割れるんだって。だからね、ミントは強いんだって」
「んな、まさか」

 レンは目を丸くした。強いのレベルが尋常じゃない。思わずミントの腕を見てみるが、人間の子供のものとそっくりだった。

——ミントは、人間じゃない?

 ローブを着ているせいなのかもしれない。レンは他の案も考えてみる。
 あのローブを誰から渡されたのか、親はどこにいるのか、そういう本当に大切な情報を、身の安全が確保されそうな宿に泊まる今夜にでも、ゆっくり話してみようとレンは思っていた。

 ぐぅううぅぅ〜〜〜〜と鳴り響く音。
 レンはもう動じなかった。フッと片方の口に笑みを浮かべ、果物屋のおばちゃんから追加で購入した果実をベッドの上にずらりと並べた。

「ひょぉ————!!!!!」

 ミントは目を輝かせてたべものを凝視した。

「とりあえず、寝るな。食いながら教えてくれ。まず、お前はどこからやってきた……」

 ぱく、もぐ、ごっくん。
 ぱく、もぐ、ごっくん。

「噛め——っ!」

 さっそく動じた。ミントのたべるスピードを考慮するのを忘れてしまっていたのだ、とレンはギリギリと歯ぎしりをする。これでは質問をする前にたべ終わってしまうのではないか。

 レンは宿に置いてあったざら紙に質問事項を書き出してみた。

「読めん」

 ミントは字が読めなかった!

 レンの苦労は続く。本来のレンは、孤高の旅人。人間との諍いは力の差がありすぎて本気を出すことなく終わるのだが、モンスター……それも難易度がとても高いと評される凶悪なものとの戦闘に至っても、レンは負けることがなかった。今までの旅で、一度も。

 自分が何者で、どこから出発し、どこへと向かっているのか。
 それをしっかりとわきまえて旅というのはするものだ。
 そうでないと見失う。水が上から下へと流れるように、砂時計の砂が無遠慮に落ちていくように、旅人の時間はどんどん過ぎ去っていく。目的もなく彷徨う、そういう旅人にレンはなりつつあった。

——いや、目的は、あるんだ。だっておれは……

 レンはスローペースで質疑応答を繰り返しながら思う。

——おれは、まだ、見つけられていないんだ……

 強くなりたい、でもなく、金持ちになりたい、でもなく。

 ただ知りたい。

 人間というのは、どういう生き物なのだろうか。

 世界とは、どういうもので構成されているのだろうか。

 世の理とは……。
 
 何故なんだ。

 どうして——……。

 レンは切れ長の目をふせ、いつもの出口のない問いの海に己を歩ませる。

——ハープにもう一度会うことができたのなら

 すやすやと幸せそうに眠るミント、一丁あがり。いや、果物だけの晩ごはんじゃ絶対にこいつは足りんだろう、とレンは大きなため息をつく。夜中に起こされるかもしれないと腹をくくる。

 ミントはどうやら遠いところから歩いてきた、らしい。
 家族がいて、でもいまは会えなくて、会いたいと思っている、らしい。
 歯を磨くのを忘れた。
 ミントが人間かどうか、はまだ不明。
 レンはりんごのかじり痕を思い出す。まぁるい赤い実、前歯の両隣りに深い穴がふたつあった。きれいな歯型だなと思うと同時に、深い穴には見覚えがあった。まるで牙のよう。
 歯磨きをすれば、すぐに分かったのに。
 深い眠りに落ちたミント。
 ゆさぶっても、頬をパンパンと叩いても、起きてはくれなかった。

 レンはため息をつく。

——おれは、子連れで旅をしたいわけじゃねぇんだ……

 今日も何かをあきらめ、ひとつだけ前進して、床につく。

——あ、自分の歯を磨いてねぇ

 歯は大事だ。何年経とうが、レンは歯の手入れを怠らない。

 むかし、ハープと一緒にたべた「三色だんご」の味が忘れられなかった。夢にまでみただんご、それには甘味をつける「砂糖」が使われていると知った。だんごをたべる前は気にすることのなかった歯磨きを、レンはだんごを好きになってから気をつけるようになった。

 宿の小窓から見える夜空には、だんごのようにふっくらとまるい、月。

 月は見ている。
 幾年、幾百年のあいだ、ずっと。

 レンは旅をしている。
 それははたして、どれほどの年月なのだろうか。


(つづく)


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