長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-14
ミントの着ている白いローブ……太陽、星、そして女性の像が、複雑に緻密に編み込まれていたそれは、身につけた者に何かしらの衝撃が与えられる際に淡く発光し、身を守ってくれる。
黒いローブを纏った男はそれを欲した。
いくら防御の陣を攻撃される瞬間に出そうが、魔力を好きなだけ贄の柱から取って食おうが、レンとの戦いではキリがなかった。
——そもそもの攻撃さえ防げたら良いのだ
自動防御、その能力が欲しい。
そうすればあの男すら取り込めるかもしれない。
数多のモンスターを丸呑みにしてきたダーク・ウィッチだが、これほどの長期戦になることはかつてないことだった。八本脚の馬のモンスターや恐るべきスピードを持つ猛禽類を取り込んだ彼でさえ、食おうとしてもひらりとかわされ、打撃も陣で防がねばレンに破砕されてしまうだろう。
ダーク・ウィッチはずるずると這って、レンたちのいる小高い丘へと向かっていた。
手当たり次第に贄の欠片をのみこんだけれど、レンの最後の一打は相当なダメージで、もはや回復が追いつかず地面が濡れていた。鮮血ではない。ドブのようにねっとりとした黒い液体だった。
「残念。アの男は翼ヲ捨テタのか」
こちらへと向かってくるレンを眺め、ダーク・ウィッチは言った。
ダーク・ウィッチは、神殿で翼を生やした姿を見てはじめて、レンがレッドドラゴンだということに気がついた。だがいま見えているレンの姿には翼はなかった。
鮮やかなルビーレッドの翼はミントとトレイを包むために置いてきた。
ちょっと固めの、ブランケット代わりとして。
——奴もたべたい……
ダーク・ウィッチの腹部がパカリと割れ、巨大な黒い「口」が飛び出した。大きく開けた口で地面ごと削り取ってのみ込んでいく。石や岩が口に入っても構わずに。
それはまるで何かに取り憑かれたかのよう……。
ゴリゴリゴゴゴゴゴゴ…………
岩場に生えている植物をものみ込んでいく。
一直線に走ってきたレンはそれを見た。顔がわずかに歪む。
ダーク・ウィッチが叫んだ。
「貴公! 本気を出せ! ソシテ我ト戦い、その強靭な肉体と精神を我の糧トナッて、永遠のものとなるガヨイ……!」
口が二つもあると、たべながらしゃべることができて便利だな、とレンは心のなかでひっそりと思う。馬鹿だな、こんな状況で……とすぐさま考えを切って捨てた。
「お前は、本気で戦いたいのか。おれを、食いたいのか」
レンが問うと、男は嘲笑う。
「ワ、レ、ヲ楽しまセ、ロ」
「……常軌を逸している。……利己的で、乞食だ」
レンの両の瞳が閃光を放った。地を這ってあらゆるものをのみ込んでいたダーク・ウィッチが、ガバッと宙に浮かび上がった。飛びながら、大きな口をレンに向かって振りおろす。レンが避けるたびに地面に大穴ができた。
ダーク・ウィッチはレンを襲いながらすこしずつミントとトレイのいる位置へと移動していた。マリンバはこちらに背を向けて、全神経を集中させて治癒魔法を施していた。決して振り向くことをしないのは、レンの強さを知っているから。
カムイ・オーグルナーブの名は四大ドラゴンのなかで唯一の存在。
神の威厳、カムイ。ブルードラゴンのハープとマリンバには与えられていない第二の名、オーグルナーブすら手にしている、稀少な存在。
レンは地を蹴り跳躍した。
その衝撃で大地は揺れ、振動がマリンバたちのところへも伝わってきた。
ダーク・ウィッチの腹の、開いた口に自ら突っ込んでいった。
レンは低く、うなるような声で最後通告をする。
「ダーク・ウィッチ、身勝手な殺戮をやめろ。どんな理由があれど、罪なき命を搾取するのはやめろ。再三言っている。お前はもう十分生きている。身に余る食い意地は見苦しいだけだ」
ばくんとレンはのみ込まれた。
ダーク・ウィッチはほくそ笑む。
出会ったなかで最強の存在を取り込めたという安堵。
ホワイトドラゴン、ブルードラゴンの欠片はとてつもなく美味だった。
レッドドラゴンの味は一体どのような……。
そう、思った瞬間、腹が急激に熱くなった。
「…………ナニ……?」
目のないダーク・ウィッチは腹に手を当て、杖をかざして自身を魔法陣で包みこんだ。腹部が、尋常ではない熱さでじわじわと痛みを感じている。
「通告は、どうなった」
腹の底から響くレンの声。
「…………我は、食す。貴公サえ、取り込めバ、アの白いローブトテ……」
黒いローブの裾に炎がぽっとついた。
男の袖にも炎がついた。
フードにも、背中にも、いろんな箇所に炎の花が咲いた。
それは瞬く間に燃え広がって、男の腹——漆黒の闇のような口——からもすこしずつ閃光が見え——……。
空が、爆発した。
ダーク・ウィッチは、叫ぶことすらなく、炭となった。
そして灰となる。
煤が舞う。
白、または黒い微粒子が風に吹かれて空へと舞い上がった。
あまりの高熱が一瞬ではあるが発生したせいで、岩肌に生えていた植物は辺り一面枯れ果てた。
爆発のなかにいた影がゆらりと動き——それは腹内で大業火を吹いたレンだったのだが——まっすぐに落下していった。
***
清らかな水でトレイの顔を治癒していたマリンバは感じていた。
恐ろしいほど激しいレンの殺気を。
この場を発つ前にレンが言っていた『これで、ミントとトレイを包んでくれ』のこれ——レッドドラゴンの翼——で、マリンバはきちんと子供二人を包んだ。大業火の威力は距離があるため弱いものの、マリンバたちのいる丘に生えていた植物は、あっという間に燃え尽きて灰となった。
——それでも被害を最小限にしようとしたんだ。あの男は……
マリンバは目を伏せ、掲げていた両手をそっと降ろした。
「……ちょっと、肌が焼けちゃったじゃない。わたしの色白の肌が、さ……」
鮭ときのこの包み焼きの包み紙をそっと開けるように、マリンバは子供たちを包んでいる赤いブランケットを広げた。顔面蒼白だったトレイの顔色は血色が良くなり、頬も唇も桜の花びらのように色づいていた。ダーク・ウィッチの攻撃を受けたのは目のすぐ上だった。視力が残っているかは分からないが、マリンバはできるだけの処置を施した。
もぞ、とミントが動いた。
「あ、マリンバおねいちゃん。治すの、終わったぁ?」
あどけない表情でミントがマリンバを見上げた。ぴったりとトレイにくっついて、自らの体温でトレイを温かくしてやっているような、そんな愛らしい光景にマリンバは見惚れた。
「えぇ、できるだけのことはしたわ」
「ありがとー。あっ、トレイ、元気な顔の色になったぁ」
ミントがトレイに頬ずりをした。
トレイはまだ目を覚まさない。
起きてくれないのが不服なのか、ミントは唇をすぼめてトレイの頬にちゅうっとキスを(タコのような)施した。ちゅう、すぽん。ちゅう、すぽん。
「起きない、トレイ」
手荒な起こし方でも目を開けないトレイにミントは文句を言った。
その、仲睦まじい姉妹のような二人を見て、マリンバはくすりと笑う。
ミントのわりと強い吸引力で花が咲いたトレイの頬。
わずかだがトレイが眉をひそめた。何やら嫌だったのかもしれない。
マリンバが目尻の涙を拭いて、すっと立ち上がると同時に、遠くのほうで落下していたレンが、大地へと叩きつけられた音がした。
再び大きな揺れが起こった。
そして、おなじとき。
ブルードラゴンの贄を祀る神殿で、すべての氷柱が粉々に砕け散った。
ハープが贄となって百年と三年。
その終止符が、いま、この瞬間に、打たれた。
(つづく)
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