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「AIがあるから語学は要らない」に感じた違和感

こんばんは、ぺくです。

対話やインタビューを通して、
楽しみながら自分を知り、
自分のストーリーを捉え直す
時間を届けています。


今日は
「AI時代に語学を学ぶ意義はない」
と言われたときの違和感から、

自分が積み重ねてきたものの意義や価値は、
他人のものさしではなく、
自分のものさしで見つめたい

そう思った話をします。



「無駄になる」ことの怖さ

AIの進歩が著しく、
友人との何気ない会話のなかでも、
AIに関する話題が増えています。

最近複数の場で出てきて
個人的にも印象的だったのは、
「語学」の話でした。

「いや〜AIもあるし、
 語学はもう本当に意味がないよね」

この手の話は、
友人との会話に限らず、
SNSなどでもときどき見かけます。

じつは、
この話題が出る度に、
どこか居心地の悪いような、
寂しいような気持ちになる自分がいました。


というのも…
私は、幼い頃から語学が大好きでした。

英会話レッスンに通っていた
叔母の影響を受けたのか、
小学生の頃から英語に親しみを感じていたし、
中学校から英語の授業が始まってからは、
英語を学べるのが嬉しくて仕方がなかった…!

その勢いは大人になっても衰えず、
昨年まで英会話レッスンも
欠かさず続けていました。

これまでの人生で
「何に時間とお金を費やしたか」でいうと、
英語学習は断トツで1位かもしれません。

同じように、
母国語だからという理由で
取り組んできた韓国語も、

今は諦めてしまったものの(苦笑)、
「人並み以上に頑張ろう!」と思えていたのは、

「母国語だから」よりも、
ただ「語学が好きだったから」の方が、
大きかった気がします。


なぜ、そんなにも語学が好きなのか。

それは、
語学を学ぶことを通して、
新しい世界が広がっていく感覚や、
「できない」が「できる」に
変わっていくプロセスや成長実感に
ワクワクするものを感じていたからです。


そんな風に
ただただ語学が好きで
続けてきた私ですが、

「好きを仕事にする」に憧れて、
「語学を活かして仕事をする」に
強くこだわっていた時期もあります。

でも、残念ながら、
「海外で働く」に失敗した時点で
その道は「違うな」と思ったのもあって
目指すのをやめてしまいました。

*本筋から逸れてしまうので省略しますが、
 海外就職に失敗した話はこちらへ。


誰に何を言われたわけでもないですが、

いい歳して会社を辞めて
海外にも出たけど、
結局、活かせないなら無駄じゃね?

そんな風に
周りから思われている気がして、
自分自身を苦々しく思っていた時期もあります。


「いや〜AIもあるし、
 語学はもう本当に意味がないよね」

この言葉を聞くと、
当時の苦々しさと同じものを感じます。

だからこそ、
なんとなくの“居心地の悪さ”を
感じてしまうのでしょう。

まるで周りから、

「あなたが積み重ねてきたもの、
 それって無駄じゃない?」

そう言われているような気がして。



“無駄”って誰が決めたの?

そんな私ですが、
つい最近、何かの会話の折に

「AI時代に語学を学ぶ意義はない」
そう言う人もいるけど、
それでも私は語学を学ぶ意義はあると思う!

そう力説している自分に
ハッとした瞬間がありました。


たしかに、
AIの進化は目覚ましく、

一定レベルの翻訳なら
あっという間に
こなしてしまいます。

けっして
AIの翻訳を
盲信しているわけではありませんが、

「語学を仕事に活かす」が
難しくなってきつつあることは、
認めざるをえないと、私は思っています。

では、

仕事に活かせないから
やる意味はないのか?

そう問われると、
「それは違うんじゃない?」
と、私は思うのです。


なぜなら、
語学を学んだからこそ
自分の気持ちを的確に言い表せる
言葉の数が増えるから、です。

たとえば、
英語の「miss you」という言葉。

今は遠く離れた
海外で働いていた頃の
友人や同僚との会話でよく使う言葉で

日本語で端的に表すと、
「会いたいよ〜」でしょうか。

でも、
この「miss you」が持つ
絶妙な懐かしさや切なさを
そのまま日本語に言い換えるのは、
私には至難の業のように感じます。

私にとっては、
「miss you」は「miss you」。

それを他の言語に
どうにか置き換えようとすると、
その語感から伝わる気持ちや感情が
そのままは伝わらない気がするんです。


ひとつ前の記事を書いているときも
同じようなことを感じました。

日本語で書こうとすると、
「好奇心旺盛」が
一番近しい言葉ではありますが、

物事を深く知ろうとする彼の様子を
私の心が感じるままに伝えようとすると、
私にとってぴたりと来る言葉は、
韓国語にしかありませんでした。


もちろん、どちらの話も、

「それはあなたの語彙力のなさね」

と言われたらそれまでですが、

たとえ
私の語彙力が少ないのが事実であっても、

語学を学ぶことで、
その気持ちや状態を
日本語では上手く表せないときも、
他の言語で言語化できる。

つまり、
自分のなかで渦巻く気持ちを
言語化するツールが増える。

そして、
そんな風に、
自分自身を表現する幅が広がるのは、
人生を豊かにすることではないだろうか。

私はそう感じるんです。


他人のものさしで考えていませんか?

「仕事に使えないから意味がない」
「実用的でないものに
 時間とお金を割くのは無駄」
「どうせ、これもAIがやるんだから」


世の中に溢れる声や
身近な人の意見に触れるなかで、
気持ちが揺れ動いてしまうことも
きっとありますよね。

でも、
それは、あくまでひとつの捉え方です。


今日はあくまで
私の最近の体験から
「語学」を例えにしましたが、

語学だけに限らず、
何かを積み重ねてきた過程や
それに取り組みたいと思った背景には、
あなたが感じる意義や価値が
きっとあったはず。


実利や結果が
重視されがちな世の中です。

「それって、何の役に立つの?」
「それに何の意味があったの?」

そう問いたくなる日もあるでしょう。


でも、
そうじゃなくて、

「どうしてこれを始めたんだっけ?」
「これの何が好きだった?」
「どんなところが楽しい?」

そんな風に問いかけることで、
あなた自身のものさしで見る
物事の意義や価値が
きっと浮かび上がってくるはず。


自分の歩いてきた道を
ときどき振り返ってみると、
必ず何かしら今につながっています。

「これって無駄だったんじゃ…」

そう思ってしまうときは、
その意義や価値が
自分のなかで眠ってしまっているだけ。

自分に問いかけてみると、
あなたならではの意義や価値は
きっと見つかります。


とはいえ、
いろんな荒波に揉まれて
元気がないときなどは、

自分で自分に問いかけてみても、
うまく出てこないことも
あるかもしれませんよね。

そんなときは、
あなたオリジナルのものさし、
一緒に思い出しに行きませんか?

ゆっくりとお話しながら、
一緒に紐解いていきましょう。

いつでもお待ちしております。


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