Yesということ、オープンであること。(マガジン5)
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週一回になったDさんのクラスに私は通い続けてた。私以外の人は、よく休んでいたからいつも三人ほど。私一人が生徒の時もあった。
三ヶ月たったある日、レッスンのあと、Dさんが私を呼び止めた。
エイミー、そう言って彼女は手に持った水筒をぷらぷらと揺らした。顔を下に向けたまま、言いにくそうにしていた。
この雰囲気、知ってると思った。外国に暮らしていると、こういう瞬間がくるのだ。
「私たち家族は、ポルトガルに移ることを決めたのよ」
きくと、イギリス系インターナショナルスクールで英語教育を受けてきた娘Hちゃんに、そろそろフランス語で教育を受けさせたいという。フランス人のDさんは、アメリカにも留学経験があり、英語は流暢。以前から「フランス語の方が難しいの。だから、娘にはフランスの教育も受けさせた方がいいと思っているの」と言っていた。ポルトガルには、フランス人のための良い学校があるという。
そうだよね。息を吸って、静かに言った。
「Hちゃんのためによく考えて決めたことだものね。あなたが去るのは残念だけど」
外国に住んでいると、いつもこうで。いつも、人が去っていく。だけど、当たり前だから、慣れないといけない。
「いいと思うよ。あなたのファミリーが、みんながポルトガルでハッピーな暮らしができるよう願ってるわ」
Dさんは、窓の外を見た。ペナンの木、ペナンの空だ。
「そうね、私も、ここを離れるのは寂しい。I will miss this place. 」
Dさんは言葉を切った。
それ以上なんと言っていいか分からなかった。
誰にも、別の人生があって、別の選択があって、そうやって生きてるから。他の人に言えることってない。
少しの沈黙のあと、顔をあげて、Dさんは言った。
「ヨガクラスだけど、、。こんなに早く閉じて、ごめんなさいね」
ううん、と私は笑顔を作った。
誰だって、自分にとって一番いいことをすべきだよ。他の人に責任を感じる必要なんてないんだよ。
でもね、エイミー、とDさんは続けた。
真剣な顔だった。
「あなたには、ヨガをやめないで欲しいの。今回は申し訳ないけど、あなたのように熱心な生徒は続けるべきだと思う」
確かに、Dさんのクラスが続くならこのまま続けるつもりだった。午前中のその時間は、どうせ空いていたし。
だけど、Dさんが考えるような熱心な生徒じゃないからな、と私は思った。
Dさんは、私の腕にそっと手を置いた。
「私の友達のサラは、夜のクラスを教えてるの。そこは、熱心な生徒がたくさんいるのよ」
正直言って、夜のクラスも面倒と思ったし、「熱心な生徒」たちの間に入るのも気がひけると思った。まるきりの初心者ばかりのクラスだったから、運動が苦手な私でも入れたのじゃないかしら。
私の躊躇を感じ取ったのか、Dさんは、私の目をまっすぐ見つめた。
「あなたは、絶対にそこにいくべきと思う」
なんだか分からないけど、Dさんはとても真剣だった。「Definitely」という言葉に、私は思わずうなづいていた。そう決まってるのよ、と言われているようだった。
Dさんのクラスは、それからすぐ閉じた。そして私は、Dさんの言葉通り、サラのクラスに行くことにする。
**
今、思う。
ポルトガルに引っ越したDさんとは、もうほとんど連絡をとっていない。残念だけれど、境遇もあまりにも違っていて、何を喋ればいいのか分からない。何度かメールのやりとりをしただけ。
Dさんが、あの時、「絶対に行くべき」と言い切った理由は分からない。気まぐれかもしれない。申し訳ないという気持ちが言わせたのかもしれない。
Dさんは、今、どうしているだろう。私にそんなことを言ったのも忘れてるだろう。私も、彼女のことを思い出すことはほとんどない。
だけど。
「私のクラスにきてみない?」と言われたあの時、「Yes」と言ってなかったら。初心者ばかりのあのクラスを、やめていたら。
「あなたは、絶対に、クンダリーニヨガ を続けるべきだ」そう言われても、聞かなかったら。
「サラのクラスに行くべきよ」と言われても、行かなかったら。
私は、「Yes」と言って、その可能性を残した。
肯定文の、Yes。
オープンであること。
私は、広げた手のひらをみる。このうえに、幸運が降りてくる。
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※ 著者の青海エイミーは、現在(2025年)、小説を3冊出版し、クンダリーニヨガはオンラインで教え続けています。トライアルご希望の方はご連絡ください。

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