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共通点が全くない人(マガジン6)


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ポルトガルに去るというDさんのお別れパーティーは、ペナン島にあるリゾートホテルで行われた。全て主催者側の負担するパーティーで、子供たちはプールに入り、大人はビュッフェ形式で好きなものをとった。

私を見つけたDさんが、紹介するわ、と言って私を引っ張った。金髪を緩めにまとめた、細身の女性が立っていた。「エイミー、彼女がクンダリーニヨガの先生でサラよ」と言った。

30代前半だろうか。ノーメイクだから、白い肌にうっすらそばかすが見える。大きな目を見開いて、私をみる。Dさんは「エイミーは、一番熱心な生徒なのよ。あなたのクラスがいいって勧めてるの」私は、曖昧に笑った。サラは、また私の目をじっとみて、よろしくね。と笑顔をみせた。

子どもたちがプールではしゃぐ間、大人たちは、ビールやワインを手に持って、輪になっておしゃべりを始めた。7-8人で軽いおしゃべりが続く。私の反対側には、サラがいた。

マレーシアの印象を話している時に、一人のヨーロピアン女性が、「マレーシアでは、外国人である私は、ジロジロ見られたりすることがある」ということを言った。その表情や言い方に、ネガティブなニュアンスがあった。私はここで差別されるのよ、と暗に言っているようだった。一瞬、変な間があった。

私は、彼女の意見に賛成ではなかった。アジア人である私は、それは差別的な視線とは違うでしょと思った。マレーシアに住んでいると、西洋人と差をつけて扱われることがあったからだ。けれど、何も言わなかった。私の英語力では、みんなの前で自分の意見をいうのは緊張するし、人種や差別は危険な話題だから。

誰も、彼女の言葉を否定はしなかった。みんな、彼女の言葉の裏にある意味を感じたろうけど、私と同じでセンシティブな領域に踏み込みたくないと思ったのだろう。西洋人がほとんどの中、私以外にも数人アジア人がいたのも関係あるかもしれない。

その時、サラが、彼女の方を向いて言った。

「そうなの? 私はそういう経験は一回もないわ」批判するような言い方ではなかった。ただ、そう思っただけ。自分は一回もそう思ったことがない、だから、言っただけ。

サラは、それ以外、ほとんど喋らなかったが、不機嫌にしているという訳ではなかった。

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実際、サラは、社交的な人ではなかった。スウェーデン人だけれど、クンダリーニヨガ をするようになり、アジアでヨガを教えながら暮らしたくなったのだという。動物愛護に熱心で、ヨレヨレした毛の、救助された犬をとても大事にしていた。

イベントの際に訪れたことがあるけれど、一人暮らしのサラの家には、シャワー、台所とトイレ以外、何もなかった。テレビはもちろんなかった。ガランとした床には、キャンドルたてとキャンドルがあった。手を洗うのに台所の流しを使うと、どこかでもらったような野菜がシナっとボールに入っていた。ベジタリアンというだけでなく、スーパーなどにも行っていないようだった。

そして、繊細すぎる人だった。ある日、レッスンに行くとサラが、駐車場に車を入れてから、迷っているようだった。どうしたの、ときくと、「これじゃ、隣の車がでる時困るかしら。もう一回入れなおすわ」そういって、何度も直していた。


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私は、サラのことが苦手だった。というより、どうコミュニケーションをとっていいのかわからなかった。

レストランの話?ビーガンだよね。映画やテレビドラマの話?観てないでしょ。メイクやファッションの話題?いつもノーメイクだし。知っている人の噂話?絶対無理。軽蔑されそう、、。

なんの共通点もなかったし、なんの話題も難しそうだった。

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空気を読んだり、媚びたりしないで、違うと思ったら、すっと自分の思っていることを言えるサラ。動物の気持ちも、人の気持ちも受け止めて考える。謙虚で、物欲もないようだった。クンダリーニヨガ のレッスンでは、皆の前で堂々と、真剣で、その姿は美しかった。

だから、余計難しかった。私はとても俗っぽい人間だから、こういう人といると、何を喋っていいのかわからないし、かと言って黙っているのも気まずい。

自分の俗っぽいところが、軽薄さが、見すかされそうに思えて苦手だった。

私は、挨拶以外、ほとんど、サラとは喋らないでいた。


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だけど、これから数年のち、ティーチャートレーニングが辛くて泣く私が、電話したのは、このサラのところだった。



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