見出し画像

ヨガの楽しさ、は分からないままで(マガジン3)


第一話から読む人はこちら

次のクラスから始めたけれど、通い続けることの意味も、私にとっては分からないものでした。

***

レッスンでは、言われた通りに体を動かしているだけ。マントラや瞑想も行うクンダリーニヨガだけど、そもそもヨガが初めてなので、こういうことが普通なのかもよくわからない。腕を60度上げろと言われればあげ、下げろと言われば下げる。鼻から息を吸えと言われればそうして、口から吐けと言えばそうする。

クンダリーニヨガでいう「瞑想状態」も、できている気がしない。わかったように目を閉じてみるけど、いろんなことが頭に浮かんできてしまって、気がつくと今日の夕ご飯なにしようかとか、余計なことばかり考えている。

それなのに、みんなは終わった後「楽しかった」「スッキリした」と言っている。

みんな、「何が」楽しいの?

レッスン以外での楽しみとして、人間関係が広がったりするかというと、そんなこともなく。

生徒は、Dさんの夫以外は、Dさんの友人でお互い同士も友達。40代のイギリス人とドイツ人女性は、子どもの学校が一緒らしく顔見知り。それに時々、Dさんの親しい友人らしいフランス人の家族が参加することも。

当時の私は、英語でのコミュニケーションが(今よりもさらに)あまりできなかったし、終わるとおしゃべりをしているみんなを尻目に、自分だけいつもササッと帰るだけ。


「ここはアウェイだな」なんて思うことも、よくあった。

ただ、マレーシアに移住して以来、私は「アウェイ」な寂しさには慣れきっていたから、やめる理由にはならなかったかもしれない。

いつも一人だったし、日本人の友達もいなかったし、外国に住むというのは、そういうものだと思ってたから。

誰からも話しかけられなくても、日常だったから、このヨガクラスに限ったことではないけれど。


やめる理由は、いくらでもある

1)そもそもヨガがやりたかった訳でない 2)居心地もよくない

3)レッスンが楽しい訳でない 4)喋る人もいない

5)痩せたい、友達を作りたい、柔軟性を高めたいなどの目的もない


でも、このヨガクラスにいる「意味」は、本当に何もなかった。何やってるか分からないし。誰も私がいなくても気にしない。


ねえ、私、ここで何をしてるの。



スクリーンショット 2018-12-22 19.25.34


「分からないからやろう」と思って、2ヶ月になろうとしていました。 

一話目から読む人はこちら


※著者の青海エイミーは、現在(2025年)、クンダリーニヨガをオンラインで教えながら、作家としても活動しています。(『ジミー』でデビュー、『夜をめくる星』が3冊目)

クンダリーニヨガレッスンは、無料体験を実施中↓



とうとう、初めてヨガの「経験」をした時のこと、その不思議な感覚については、次の話です ↓


いいなと思ったら応援しよう!

青海エイミー/作家『ジミー』『夜をめくる星』、PURA PURA BOOKS ありがとうございます。