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海外生活15年目の小さな心の病

海外生活も15年になる。

アメリカ、そしてフランス。それなりに現地の生活にも馴染んできた。

けれど、ひとつだけ、ずっとやっていないことがある。
いや、正確には どうしてもできないこと がある。

それは、 「日本人に日本食を振る舞うこと」 だ。

アメリカにいた頃も、フランスに移ってからも、日本人の友達が家に来るときや、日本人コミュニティの集まりに料理を持っていく機会は何度もあった。

でも、そのたびに私は なぜか日本食を避ける

代わりに作るのは、タイカレーやチャプチェ、アドボなど…。

行ったこともない国の料理をせっせと作ることになる。

日本食ではなく、 「なんとなくアジアっぽい何か」 にしてしまうのだ。

あ、もちろんアジアだけじゃなくて、現地の料理もたまに作る。


なぜ、私は"ちょっとズレたアジア飯"を選ぶのか

同じアジア料理でも、ほんの少しだけ国がずれた料理なら気楽に作れる。

調味料は違うけれど、見た目はどこか似ているし、「ちょっと本場とは違うと思うけど」と言いながら出せば、誰も細かいチェックをしない。

その安心感からか、私は日本人の前で 意識的に「ちょっとズレたアジア飯」を選んでいる 気がする。

それなのに——

日本人がほとんどいない場では、私は堂々と巻き寿司やラーメン、お好み焼きを作る。

そして時には教えたりなんかしちゃってる。

フレンチマダム達に教えながら皆んなで作った巻き寿司

お好み焼きなんて、関西出身でもない私には本来ハードルが高すぎる一品のはず。

東北育ちの私は、むしろ「簡単に手を出してはいけないのでは?」とすら思う。

それなのに、外国人の前では 「これが日本人が作る日本料理よ!」 と得意げに振る舞うのだ。

「C'est délicieux!(美味しいね!)」
「Très japonais!(とても日本らしい!)」

そんな言葉を聞くと、安心する。

彼らは、日本の味付けの微妙な違いなんて気にしない。(多分)

自分の料理に対するハードルが下がり、「まぁまぁの味でも許される」という 安心感がある のだ。


この矛盾、なんなんだろう?

我ながら、面倒くさい性格だと思う。

昨日、日本人の友人から「今度うちに遊びに来ない?」と誘われた。
「何か作ってきてよ」と言われ、また考え込んでしまう。

日本人の前で日本食を出すのが 怖い


日本人の前で英語を話したくない心理と同じ?

これは、「日本人同士で英語を話すのが恥ずかしい」という感覚と似ているのかもしれない。

料理も同じで、日本人の前で日本食を作ると、 「本格的であるべき」 という謎のプレッシャーを感じる。

「私の作る肉じゃが、甘すぎないかな…?」
「この味噌汁、ちょっと自己流っぽい?」

誰も気にしていないのに、頭の中で勝手に審査員を作り上げてしまう。

結局、これは 自信のなさからの逃避行動 なのかもしれない。


いつか、日本人の前でも肉じゃがを作れるだろうか?

次の日本人会の集まりでは、勇気を出して だし巻き卵を持って行ってみようか。

それとも、やっぱり無難にタイ風春雨サラダ?

たぶん、また「なんとなくアジアっぽい何か」を作ってしまう気がする。

海外生活15年目の、小さな心の病。

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