料理がつなぐ心の距離
玄関を開けた瞬間、だしの香りがふわりと漂った。
週末、友人のお宅でごはんをごちそうになった。
日仏カップルの家。
テーブルに並ぶ料理を見て、思わず「ここはフランス…?」と驚いた。
まず、手作りの豆腐で冷奴。
やわらかく、するりと口の中に溶ける。
メインは、練り物から仕込んだおでん。
だしがじんわりとしみて、体の芯まであたたかい。
デザートは、あんこも手作りの大福。
「もしかして今回も全部?」と尋ねると、
「うん、全部作ったよ」とさらりと言う。
毎回少し驚く。
フランスでそれを続けていることに、静かな情熱と揺るがない軸のようなものを感じる。
なんとなくだけれど、フランスで出会う日本人のみんなは、料理上手で、食への探求心が深い人が多い気がする。
もちろん、みんながそうというわけではない。
でも少なくとも、私の周りにはそういう人が多い。
手に入りにくい食材を探し、なければ作り、少しずつ自分の味を育てる。
私は正直、料理の腕にはあまり自信がない。
それでも、食を通して会話する時間は大好きだ。
食を通しての会話は自然に弾む。
どうやって作るの?
どこで手に入れたの?
この味、懐かしいね。
関西風のだしは昆布がやわらかく効いている、とか。
東北は味が濃くてしっかりめ、とか。
関東は醤油がきりっと立つ、とか。
白味噌か、赤味噌か。麹味噌か。
隠し味は何か。
「うちはね」と始まる故郷の話。
話しているうちに、子どもの頃の台所、学校給食の記憶になり、母の味になり、帰省したときの食卓の匂いになる。
味は記憶を運んでくる。
そして同じ味にうなずくその瞬間、私たちは少しだけ心を預け合っているのかもしれない。
最近また読み返しているのは、
パリごはん
著者は 雨宮塔子さん。
この本は、本当に食べることが好きな人におすすめだ。
特別に豪華な食材でなくても、日々の食卓の描写が、ただただ美味しそう。
湯気の立ちのぼり方や、何気ない一皿の温度まで伝わってくる。
読んでいるだけで自然に「おいしそう」と唾液が…。
ごちそうとは何か。
豊かさとは何か。
きっとそれは、高価なものや特別なものではなく、誰かと囲む時間の中にあるのだと思う。
異国で暮らしていても、同じ味に笑い、だしの違いを語り合い、それぞれの故郷を少しずつ持ち寄る。
食卓は、離れた場所をそっとつなぐ。
